9話「彗星」
非公開にしているので読んでいる人がいるはずがないのですが、もしもこの作品をまだ読んでいる人が居らっしゃるなら、公募用にゼロから書き直す予定なので更新が止まる可能性が極めて高い事だけ、ご承知おきくださいませ。申し訳ないです……
呆然と呟くエリスの視線の先で、煌々とした赤髪を揺らす天才が魔法を構えた。
――対峙する少女は、同じくアンジェラの門下生なのだろうか。真っ黒な長髪を細長い一つ結びで後ろに垂らした、華奢な少女だった。背丈はエリスと殆ど変わらないだろう。恐らく、年齢もエリスのプラスマイナス三年の範疇に収まりそうだ。特徴的なのはその装いで、服装は身体の線や動きが見えないような、ゆったりとした白の襟付き長袖に、黒いロングスカート。手元には楮の貼られた白黒の東洋傘。
そして、数秒後。演習が始まった。
「《彗星》」
電光石火。イヴリンが手を少女に向けて何かを呟く。すると、光った。そう形容するのが妥当な光の線――赤褐色に明滅するエネルギーの塊が光の尾を引きながら音速で少女へ。
すると、少女の東洋傘がそちらに広げ、そこに「《盾》」が貼り付けられる。
彗星は傘に衝突して四散。光の粒子が辺りに飛び散った。
競技魔法は興行を主な目的としているため、当然のように武器や道具の持ち込みが許可されている。尤も、黎明期に魔法も使えないのに拳銃の早打ちだけで勝ち上がる阿呆が居たせいで、攻撃への使用は演習開始の五秒後からという制約は追加されてはいるが。
イヴリンの彗星が傘に衝突して光の粒子を散らす中、既に二人は次の手を打っている。
「《星の瞬き》」
イヴリンは再び何かを呟くと、今度は頭上に星を瞬かせた。それらが、エリスを上回る精度で作り出された無数の《魔法の矢》だと気付くのに、そう時間は要らなかった。基礎的な魔法で何をするつもりだとエリスが目を凝らしていると、直後、通常の《魔法の矢》ではあり得ない軌道で、大量の矢が一斉に飛び出す。一部は稲妻を描くようにジグザグと、一部は大きく弧を描くように少女を追尾して。一部は四方八方あちこちに飛んでフェイントをしながら。
「『制御魔法』だな。魔法の挙動を制御する、専門魔法の基本だ」
当然、東洋傘一本で防ぐのは無理だと判断。すると、少女は東洋傘から鋭く右手を引く。
傘地がスポンと抜け、少女の手には銀色に輝く刀身。
「仕込み傘!」
エリスが膝を打つと、少女は何かを呟く――恐らく肉体強化系の魔法だろう。
「《異常強化》」
直後、目を見張るような人間離れした動きで全ての《魔法の矢》を切り裂く――飛び散り、霧散する魔力の結晶。しかし、行き着く間も与えず、再び《魔法の矢》の雨。そして、先程の彗星の魔法が五発、角度を変えて散らすように飛んでくる。流石に少女の顔色が変わったか――と、そう思った次の瞬間には、更に同時に、頭上からも流星群のような彗星が降り注ぐ。これは決着か、と群衆が息を呑む中、少女はぐっと踏ん張って刀を地面に突き刺す。
次の瞬間、少女を囲むように幾つかの《盾》が同時生成される。
「《剣閃反響》」
攻撃を凌ぐにしては隙間が広く脆そうな盾だと思ったが、次の瞬間。光の刃が何本か虚空から現れ、高速で盾を乱反射して全ての魔法を切り裂いた。
粉雪のように舞う魔力の粒子の中、少女は再び刀を地面に突き刺すと――詠唱。
「《泥の沼》」
直後、その地点から徐々にスタジアムを侵食するように、泥が広がっていった。石畳が腐食するようにずるりと融解して、粘性の高い泥沼が魔の手を広げていく。
イヴリンは冷静な目でそれを見下ろし、危険が無く、止めようもないと悟って受け入れる。
やがて、イヴリンは足下まで広がった泥を踏みつけて感触を確かめる。やけに重たく纏わりつくそれは、魔力でも含んでいるのか、随分と行動を制限しそうな様子だった。
「黒髪の方は肉体強化を軸にした武闘派だな。泥沼の魔法で機動力を削いで、ハイレベルな剣術で敵を捻じ伏せるのが基本の戦闘スタイルと見た」
アルフレッドがそう呟くと、それを待っていたかのように少女が刀を構えて駆け出す。
少女は泥沼の影響を受けていないのか、全く泥の影響を受けない機動力でイヴリンに突撃。イヴリンはそれを躱そうと身体に力を込めるも、泥沼を思い出し、溜息。
そして、右手を前にかざすと――「《盾》」と詠唱。
直後、盾と呼ぶにはあまりにも分厚い半透明の壁が左右を横断した。
当然、少女はそれを切り伏せるべき勢いを乗せた太刀を横薙ぎに振るうが――甲高い悲鳴のような金属音を響かせながら、壁が半ばまで切り裂かれたところで刀が停止。少女がもう一度斬りかからんと刀を抜いたその瞬間、イヴリンの魔法が牙を剥く。
「《射出》」
瞬間、壁が凄まじい勢いで少女に直撃。その体躯が凄まじい勢いで後方へ。
辛うじて受け身を取って刀を構え、次の一手を打とうとする少女は――きっと、エリスとは比べるまでもない実力者なのかもしれない。だが、イヴリンは更にそれを上回る。
粒子を散らしながら消失した壁。その向こう側でイヴリンは右手を少女へ向ける。
「《彗星》」
無数に生み出される、光る星々。それらが赤熱した尾を引きながら少女へと降り注いだ。
少女は歯を食い縛りながらそれらを切り刻んでいくものの、手数は圧倒的にイヴリンが優勢。
「赤髪――イヴリンとやらは、センスの塊だな」
アルフレッドの目には驚き。口元には賛辞を送るような笑み。
数秒後、無数の彗星が少女の身体を突き刺し、焼き尽くし、地面に縫い付ける。それでも今際の際に一矢報いようとする少女だったが、詠唱が終わる前に、その頭が爆炎に飲み込まれる。
「あれは、戦場でも滅多に見ないくらいの怪物だよ。魔法の申し子だ」
結局、イヴリンは試合開始から一歩もその場を動くことはなく、対峙していた少女を消し炭にしたのだった。
演習が終わってしばらくすると、階下がにわかに騒々しくなる。エリスは飲み干したマグカップを揺らしながら先ほどのイヴリンの実力を誇らしく、同時に妬ましく思い出していると、そんな騒々しさに顔を上げ、のんびりと新聞を読んでいたアルフレッドを見る。
彼も騒々しさが気になった様子で、柵からひょいと頭を出して階下を覗いた。
どうやら演習をしていたアンジェラ一門が出てきたらしく――そこには、元世界一位の競技魔法選手、アンジェラ・エルワーズが居た。やや紫紺を帯びた黒のセミロングヘアが印象的な、若々しい中背の女性だ。年齢は三十代のはずだが、二十代前半にしか見えない。
そして、彼女の周りには門下生らしき三名。イヴリン、先程の黒髪の少女、それから――エステラ。「エステラ⁉」とエリスがひっそり声を裏返していると、そんなアンジェラ一門を取り囲むように、ネタに飢えている記者団がざわざわと集まってくる。
そして、通行の邪魔にならない場所でインタビューが始まった。
距離があるせいでどんな問答をしているのかはよく聞こえない。だが、その中にはエリスを門前払いした受付の女性も居たので、何となく気まずくなったエリスはそっと柵の陰に隠れるように身を潜める。すると、そんな挙動不審を視界の端に捉えたイヴリンが顔を上げた。
ギクッと身を震わせると、抵抗虚しく二人の視線が衝突する。
「エリス?」
距離が離れていて聞こえなかったが、確かにイヴリンはそう呟いた。
インタビュー中の唐突な弟子の発言に、受け答えをしていたアンジェラは不思議そうな目をイヴリンへ向ける。そして、その視線を辿ってこちらを見ると――その双眸を丸くした。な、何だろう。エリスが身を強張らせて無数の疑問符を浮かべていると、隣で溜息。
エリスが思わず視線だけをそちらに向けると、アルフレッドは懐かしそうな笑みを。そして、再びアンジェラの方を見ると、彼女の視線がアルフレッドに向いていることに気付く。
「――アルフレッド先生?」
その言葉は、喧騒の中で確かにエリスの耳に届いた。
思わず目を丸くしたエリスは、ポカンと口を開けてアルフレッドを見る。すると、彼は「旧い知り合いだ」と、簡潔に事情を説明した。兵役時代の知り合いということだろうか。
それから――アンジェラは早々にインタビューを切り上げると、門下生と助手を連れて二階のラウンジへやって来る。周囲の不躾な視線を意にも介さない彼女は、空席の目立つラウンジまでやって来ると、微かに息を切らしながら視線を巡らせてエリスとアルフレッドを探す。
そして、こちらを見付けた彼女は足早に歩み寄ってくる。そして、腰を折り曲げた。
「お、お久しぶりです! アルフレッド先生!」




