4・ギャルと侍
一二三が逃げ出すように去った河原では、どうやら異世界転生してきたらしい昭和生まれのギャルと、徳川の世から送られてきた侍が火を挟んでいた。奇妙な光景ではあった。
ただ、いきなりの世界変化に戸惑う二人は、その気持ちをごまかすように、成り行きで会話を始めていた。見知らぬ場所。感じとる違和感。お互いに、会話なしでは越せない夜だった。
「でぇ、バイト居酒屋やってんのね。学校とか年齢とか、意外とユルいから」
「俺も、世が世なら天下を見下す大剣豪だった。徳川が政権を握ってからというもの、侍の刀は飾り物になったがな」
「でさあ、マジヤバいんだけど。そこの店長がMMYで、すごい上から目線で。今日とか無断欠勤してるから、ホント、マジヤバい。クビかも」
「なんでも、禁教令ってのが始まったらしい。まあ、伴天連宣教師に媚びて金銀財宝集めて喜んでいた秀吉公の頃を思えば、ちっとはマシな世の中にはなっていくんだろうがな」
会話は、成り立っていなかった。しかし、世代も時代も越えて出会った二人に、何某かのシンパシーは生まれ始めていた。
「で、嬢ちゃん、どうするんだ。行くとこがないなら俺と同じ身空だ」
「どうするって。とりあえず100均ないとチョー困るんだけど」
「何だ、そのヒャッキンていうのは」
「100円で何でも買えるんだよ? 今度、ツケマ買って目力アップしようとか思ってんだけど。やっぱ可愛くないと、女子やってる意味ないじゃん」
「何だか分からないが、化粧の話か? 女は素顔がいい。やたらめったら塗りたくるのは、遊女だけで充分だ」
侍は着物の懐を探って、ジャラリと小銭を鳴らしている。
「それで、嬢ちゃんの名前は聞いてなかったな。俺は――『巌流』。見たまんま、ただの浪人風情だ」
「何それガンリュウって。ホスト系とかそういうの? サムライ居酒屋とかあるの?」
「おい、お前の名前の話だ」
「名前? えー、どうしよっかなあ。とりあえず『ユルエ』。皆そんな感じで呼んでくれるし? でもまだメアドまでは教えられないかなあ」
河原の木切れを拾っただけの、ほんの小さな炎を挟んで、ギャルと侍の話は夜明けまで続いた――。