3・ギャル
茫然とする一二三は、見渡した光景を目に映して感じ入る。
(ここが異世界……)
しかし実感が伴わない。まるでいつもの、部活帰りの河原にしか見えないのだ。ハッと気がついて、一二三は慌ててスマホを取り出す。が、そこには2025年の8月12日19時41分の表示が見えるのみだ。彼が覚えている限り、まったくの時間跳躍も一変した世界も感じられない。そこへ急に――。
「ねえねえ。ちょっとさ、この辺に100均ない?」
声をかけてきたのは同い年に見える、巻き髪の茶髪を頭のてっぺんでまとめた少女だった。やけに短い制服のスカートで、ダルダルの白いルーズソックスを履いている。少女は腰に手を当てては周囲を見回している。
「あ、あの――今、何年だか分かる?」
恐る恐る一二三が訊ねると、少女は怪訝な顔で、まだ芝生に座り込んだままの彼を見下ろした。
「はあ? もしかしてナンパとか? いきなりチョーキモいんだけど。学校は行ってないけど三年。で、100均探してるんだけどー。『たまごっぴ』の電池切れた感じでえ」
「いや、そうじゃなくて。昭和とか、平成とか、そんな感じの――」
少女はまた、妙な顔を見せる。
「新聞とか読んでない訳? チョージラレナイシン。っていうかヘーセー8年? あれ? 7年だっけ? で、どうでもいいから100均」
一二三は息を飲む。これは確かに転生だ。ただし、まだここが異世界であるという確証はない。ただのタイムスリップかもしれない。取り出したスマホをタップして、母親へ電話を入れた。呼び出し5回で母親が出た。
――『何やってんの。負けたものはしょうがないでしょ。暗いんだから早く帰って来なさい。アンタの試合応援で晩ご飯用意してないから、ピザでも取るから』
「か、帰るけど。で、母さんさ。今って何年何月何日だっけ?」
――『アンタ……三位決定戦で思いっきり頭叩かれたからって、記憶喪失にでもなった? 令和7年、西暦2025年の8月12日。はい、ちゃんと帰ってきてよね。迷子になったら、お巡りさんに聞くこと。以上』
(違う……。転生とかしてない。いつもの毎日だ……)
そこへ、
「何ブツブツ言ってんの? だからさあ100均。さっき車にぶつかったと思ったら、全然知らないとこで困ってんの」
一二三はそこで直感した。ここへ異世界転生してきたのは自分ではないのだと。目の前のギャルなのだと。世界は動いていない。大転生者が語っていたのは、自分のことではなかったのだ。
それを裏付けるように、一二三の前には新たな影が現れる。
「なんだここは。ムサシのヤツめ、どこに消えおった――」
腰に刀を差して頭を掻いているのは、灰色の着物を着た細身の侍だ。なびかせている長い髪は髷ではなかったが、まさしく侍だった。映画やドラマで見る侍にしか見えない。
一二三はもう開き直った気分で、その侍に尋ねてみた。
「あの――。いきなりですみませんが、今は何年だと思いますか?」
侍は、不機嫌に片目をつぶった仕草で答える。
「ん? 慶長17年に決まってるだろう。瓦版は読んでないのか。というか、どこだここは。そういえば妙な格好をしているが、長物を持ってるではないか。お前も剣術の徒か? 流派はどこだ。何なら、俺が稽古つけてやってもいいぞ」
(とりあえず……帰ってピザ食べよう)