2・大転生者
一二三は、長い眠りに落ちていた――という夢を見た。その気分の中で、痛んだわき腹を撫でてみる。傷などなく、芝生の端を引きちぎった右手だけがあった。身体を起こせば、見渡せるのは普段のままの風景だ。
(やっぱり、転生とかじゃないな。何考えてたんだろ、僕。さっさと帰って――)
そう思った矢先、もう紺碧の夜へと向かいそうな空から眩しい光が射した。真っ白な一本の光の筋は大きく空気を震わせながら地上へ落ちると、やがて一二三の目の前で人の形を成した。
「ん……確かに今、ここへ異世界転移した者の気配がしたのだが。ああ、そこなる少年。そなた、もしや転生者か? つい今しがた、その身の死を感じはしなかったか?」
光はすっかり消えて、一二三の目の前には一人の老人の姿があった。雰囲気は、どこか時代がかったエビ茶色の着物に、白く長いあごのヒゲ。そして謎の言葉である。当然、一二三は当惑する。
「あの……。もしかして僕、死んだんですか? これってもしかして?」
老人は納得した顔で、一二三に笑顔を見せる。
「やはり、そなたであったか。私は大転生者『ヤマダ・グラン・キュービック』。異世界転生の理を知るもの」
「そ、それじゃあ。ここって異世界なんですよね?」
「転生者にとっては、そういうことになる」
重厚に答える老人の手には、よく見ると一本の紐が握られていた。一二三は、その紐をゆっくりと目でたどってみる。すると――。
「ワムワム!」
犬だった。瞬間、老人の威厳が消えて、ただの犬の散歩途中の爺さんにしか見えなくなった。ガッカリ感が拭えない。
「それで、僕はこれからどうすればいいんですか? 何か、すごい魔王とか倒す旅に出たり、仲間ができたり」
「うむ。その道を示すのが大転生者の役目でもある。そなたはこれから……ぐはあっ!」
そこで老人が、いきなり血を吐いた。大きく天を見上げると、噴水のように盛大な血を吐いた。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか!?」
老人はしばらく肩で息をしていたが、血まみれの顔を起こすと言った。
「私は幾千の世界を転生してきた大転生者。しかし大転生者といえども、寿命には勝てぬもの……。残念だが、わたしの生はここで潰える。そなたに残せる言葉も、ゲフウッ! しかし心配するでない。そこなる大転生犬『ダックス』が、必ずや、そなたを未来へと導いてくれるであろう。ゲホゲホッ! ではさらばだ少年。そなたの幸運をゲフッ! オエエエッ!」
身勝手な末期の言葉を残すと、大転生者はふたたび光のかたまりとなり、夜空へ消えていった。
「ワムワム!」
犬だけ残して――。