夜の帰路と、異質な気配
侵略者が風に溶けるように消えていくのを、黒瀬と藤堂はじっと見届けていた。
「よしっ、やったな!」
黒瀬がガッツポーズを決めると、藤堂も「うん」と短く頷いた。だが、その表情には浮かない色が滲んでいる。
「どうかしたか?」
黒瀬の問いに、藤堂が静かに言葉を紡いだ。
「最近、敵が強くなってる気がする。今回のヤツだって“クラスB”だったけど、向こうの手数を見れば、Aクラスでもおかしくなかった」
侵略者には“クラス”という強さの指標がある。
クラスCは1対1で対応可能、Bは2対1、Aなら4人がかりでようやく互角とされる。
今回の個体は分類上こそ“B”だが、高速再生に無駄のない連撃、そしてあの図体。
Bの中でも異質で、従来の枠組みでは測れない強さだった。
「……もっと強くならないとな」
黒瀬の言葉に、藤堂は短く「そうだな、陽翔」と返す。
「明日、学校で今日来なかった2人にも伝えよう」
そう言い、藤堂は静かに町の方へ歩き出した。
黒瀬も少し遅れてその背を追う。
しばらくして、藤堂がぽつりと声を上げた。
「なぁ陽翔。……今日の昼間、本当に大丈夫だったか?
転校生を見た瞬間、お前……汗かいてたぞ」
その一言に、黒瀬の表情が引き締まる。
「あいつを見た瞬間……何というか、俺たちの仲間のような“気”を感じた。
でも……違う。訓練で一緒に過ごした誰とも違う。なんか、妙だった」
そう言ってから黒瀬は、はっと目を見開いた。
「まさか……侵略者か?」
「いや、それは考えにくい」
藤堂はすぐに否定した。
「人間に化ける侵略者なんて、今まで一度もいなかった。
第一、言語も通じたことがない。違う……はずだ」
「そう、だよな……。もしかしたら、訳ありな人間かもしれないな」
黒瀬はため息をつきながらも、どこか心に引っかかるものを吐き出すように言った。
(訳あり同士……いつか仲良くなれたらいいな)
そう思いながら、藤堂と別れて家路についた――。
先ほどの激しい戦闘などなかったかのように、潮騒と闇が静かに砂浜を包んでいた。
その漆黒の空間に、ピリリと空間が裂ける音が響く。
空中に走る細い亀裂から、二つの影がゆっくりと姿を現した。
一人は軽やかに、もう一人は無言で。
二人の足が砂に触れる音さえも、波にかき消される。
「すごかったねぇ、さっきの戦い!
あの子たち、わりとやるじゃん!」
海風にはためく髪を手で押さえながら、ショートロングの女がはしゃぐように言う。
隣の青年はその言葉に頷くでもなく、ただ視線を海へと向けた。
「“スクウィッド”を倒すとはな……あの程度の力で」
感情の薄い声が、夜に沈んでいく。
「でも、私たちの相手にはならないよね?」
女がくすりと笑う。
「――ああ。どうせ殺すなら、早いほうがいい」
青年の目が細まり、月のない夜にわずかに光を反射する。
その横顔は、どこかで見たような……だが、記憶にはうまく繋がらない。
女がぴょんと跳ねる。
「明日が楽しみだね、西条くん」
その一言で、夜の空気が張りつめた。
今まで無表情だった西条は、少しだけ口角を上げた。
それを見たルゥは、西条の内側にあるおぞましい殺気を感じ取った。
次の瞬間、二人の姿は再び空間の裂け目に吸い込まれ、闇の中へと消えていった――。