3 “愛人”の正体
ここまで堂々と言われてしまうと、アンドレイをを糾弾することが出来ないようだ。
「それと、わたくしに婚約破棄のことを伝えないのはまだ分かりますが、その後釜に今日までなにも伝えていないというのはいくらなんでも相手に失礼なのではないでしょうか?」
「まあ、それも今では関係ありませんか」と続けて言えば、彼は一瞬で顔を歪めた。
(しかし、王太子がこんな頭がお花畑で埋まっているような人で大丈夫なんでしょうか?)
これらの罪状は調べれば裏を取ることなど造作もないだろう。
それなのに、自分の勘違いで話を進め、誰にも説明をしないままこんな事態を引き起こしたのだからもう同情の余地もない。
それまでずっと大人しく話を聞いていたミランダが不意に口を開いた。
「ジュリー様の仰られていることは全て本当です。これ以上この方に罪を着せないでください!」
「だ、だが、君は私を愛してくれているんだろう?君になにも伝えなかったことは謝るからどうか私と結婚してくれないだろうか……」
この後に及んでもまだ自分はミランダに愛されていると誤解しているらしい。
ここまで潔いと呆れるというか、同情までしてくる。
勿論、こんなバカ息子を持ってしまった陛下と王妃様に。
「なにを勘違いしていらっしゃるのか分かりませんが、私がいつあなたを好きだと言いましたか?」
「………………へ」
彼はそんな返答が返ってくると夢にも思っていなかったらしく、しばし呆然としていた。
「もし、言っていたとしても婚約者を大事にできない人と結婚なんてできません」
「な……っ」
ようやく自分が今まで愛してくれていると思い込んでいた相手に侮辱されたことに気がついて、怒りに震え始める。
そんなアンドレイをミランダはフッと冷笑を浮かべながらさらに続ける。
「それに私には既に心に決めた方がいらっしゃいますので、あなたと結婚など出来ません」
(……………………え?)
彼女の言葉にこの場にいる全員が驚く。
まさか“第二王子の愛人”が別の人に恋をしているという爆弾発言を投げたのだ。無理もないことだった。
「一体誰なんだ……っ! そいつは……っ!!」
ミランダは今にも暴れ出しそうなアンドレイを一瞥したのち、ゆったりとした足取りでわたくしに近づいた。
その足取りは美しかったが、高貴なお方らしい堂々としていて威厳のある歩き方であり、とても“ 男爵令嬢”の歩き方ではない。
「……ジュリー嬢」
(あっ、呼び方変えた……)
なんてどうでもいいことに気づく。
でも、それぐらい落ち着いていられなかった。
「…………なにかしら?」
あくまで平然とする。
気を抜けば今にも顔が火照ってきそう。
さっきから心臓の鼓動がうるさい。
アンドレイに負けないくらい美しいその顔を近づけてくる。
目が離せない…………
「ジュリー・ベルナデッタ嬢。この学園に入学してきた時からずっとお慕いしておりました。
どうか、彼ではなく私と結婚してくれませんか?」
わたくしはゆっくりと深呼吸して答える。
「――謹んでお受けいたします」
言い終わるか終わらないかくらいで、周囲の何人かは黄色の悲鳴を上げる。
が、大半の人は困惑している。
「どういう事だ?!」
「まさかミランダ嬢はそういう……」
「あなた! やめなさい、それ以上言うのは! はしたない!!」
「そういうお前さっきから扇子を広げてばっかりだが?」
勿論それはアンドレイも例外ではなかった。
「こ、こいつらは私を貶めようとしているのだ!!おい!! この王族を愚弄する者達を捕らえよ!!」
「どうしてですか?」
彼の言葉にミランダは言い返す。
「私は別にふざけていません。それにもう婚約者ではないあなたの方が関係ないですよ?」
「なにを……っ!」
「あなたにははっきりと言わないと分からないんですか? これ以上彼女に関わらないでください」
そう言って彼は一切アンドレイのことを一瞥する事なく、わたくしに手を差し出した。
わたくしはもう、迷いなく手を取る。
「ジュ、ジュリー……」
「さようなら、お父様。お元気で」
父はまだわたくしに話があるようだが、もう聞く気はない。
わたくしは微笑みながら“ミランダ”とこの場を退出した。
「ですから、最初から伝えておけば良かったのですよ。そうすれば彼も勘違いを起こすことはなかったでしょうに。……“ オスカル王太子殿下”」
「私もできるならそうしたかったんです。けど、あの状況で伝えられる人がそういるとは思いませんよ」
「まあ、……それもそうでしょうね」
わたくしは悠々と会場をオスカルと出て行く。
彼の本当の名はオスカル・マルティネス・ハーレタリ。
我が国にお忍びでハーレタリ王国から留学してきた彼の国の王太子だ。
「……フフッ」
「……何をそんなに笑うことがあるんですか?」
「色々と。
隣国の王太子を口説いたり、自国で命を狙われていたから、避難も兼ねて女装して他国の学園に留学してきたりするおかしな王族達のことを笑ったのですよ」
「……アイツと一緒にしないでくれますか?」
「フフフッ」
わたくしのからかいに分かりやすく不満を示す彼のことが、なんとなく面白おかしくて、ついつい笑みを深めてしまう。
「しかし、なんだか納得がいきません」
「なにがですか?」
「私たちはあの時初めてお会いしました。その時は、お互い誰だか分かっていなかった状態だったんですよ?
それなのにあなたときたら、正体を一発で見破ったんですよ?
いつかはバレるとは思っていましたけれど、こんなに早くバレるとは思っていませんでしたよ」
あの時とはわたくし達が初めて会った時のことだ。
彼が“ミランダ”として学園に通い始めた頃、声をかけられたのが始まりだった。
「あれほど男爵令嬢とは思えない立ち振る舞いと身のこなしをしていれば、誰とは思い付かなくても、高貴なお方であることは誰でも分かるものでしょう」
「けど、君以外にあんなに早く気づいた人はいませんでした」
「それはみなさんの目が節穴なんですよ。……身分と容姿でしか人を判別できない可哀想な人たちですから……」
「…………」
「……わたくしからもひとつよろしいかしら?」
「……どうぞ」
「……先ほどの言葉は、虚言ではないのですよね?」
わたくしはさっきまで彼に支えられていた手を離し、彼の目を見つめる。
「……嘘はついていません」
「……わたくしより相応しい方はいらっしゃると思いますよ?」
「そんなのはどうでもいい、あなたが欲しいんです」
「……っ」
「あなただけが欲しいんです、他は何もいらない」
嘘なんてついていない。この人は真剣だ。
真剣にわたくしのことを口説きにきている……っ
「あなたは嫌ですか? 私と一緒にいるのが、私と結婚するのが」
「……ずるいですわよ」
わたくしはそっぽを向きながら答える。
「そんなことを言われたら断れませんわよ……っ」
「……ありがとうございます。一生、あなたのことを幸せにします」
そう言って彼はわたくしを強く抱き締める。
そして、優しくわたくしの唇と合わせる。
…………初めての口づけ。
……大好きな人との初めての体験。
今宵、氷の女王の娘は愛人を名乗った“隣国の王太子”と幸せになる。
これで本編は終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
気が向いたら後日談を書く予定です。(オスカルsaidの話も書きたいし……)
『元令嬢の悪役である私が、なぜかヒロインを守る聖騎士に選ばれてしまいました……』という作品も第一章まで連載中ですのでそちらも読んで頂けたら幸いです。
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