1 身に覚えのない罪
わたくしは昔から運が悪い方だと思う……
社交界では氷の女王と呼ばれ、多くの男性たちを虜にしたという母を持ったところまではよかった。
しかし、母が最終的に選んだ夫は温厚だったが優柔不断で頼りない人だった。
そして、病により母が早逝したのち、父が連れてきた後妻はとても気が強く散財ばかりする人で、父はいつの間にか後妻に手綱を握られるようになった。
こんな両親によって育てられた私は決意を固めた。
(絶対にお父様達のようにはならない……っ!)
そう決心してから、わたくしはとにかく頑張った。
苦手な勉強も教養も身につけて公爵令嬢として相応しい女性になるために必死に努力した。
そして、わたくしはついに王太子の婚約者として上り詰めた。
はずだった…………
「ジュリー・ベルナデッタ! お前との婚約を破棄する!!」
ここはハーサル王国にある貴族が通う学園。
学園の卒業パーティーの真っ最中だった。卒業生やその家族が集まって団らんとした空気になっている中、迷惑極まりないほど怒鳴り散らかしている人がいた。彼の一言で、皆が一斉にこちらに顔を向ける。こちらを振り返った人々は皆、好奇の目に満ち溢れていた。
その声は太陽のように神々しい金色の髪に深い青色の瞳をした青年が発していた。
彼はこの国の第二王子、アンドレイ・ウスティノフ・ハーサル。
わたくしの婚約者だ。
ジュリー・ベルナデッタとはわたくしのことだ。
わたくしは手に持っていた扇子をパチンっと閉じ、彼と目を合わせる。
アンドレイのそばには一人の美しい少女がおり、彼は彼女の肩を抱きよせていた。
そんな彼の行動が恥ずかしいのか、その子はずっと下を向いたままだった。
「殿下。わたくしは一体どのような理由で婚約破棄を言い渡されたのかお聞きしても宜しいでしょうか?」
「フンッ! 自分のしたことが分からないとはなんと憐れな女だな!」
(身に覚えがないから聞いているのでしょう……?)
それと……、あなたは気づいてるのだろうか?
今、後ろに座っておられるあなたの母君が、とんでもない形相で睨んでいることを……
あなたの父君が呆れた表情で頭を抱えていることを……
(王妃様……、今にもあなたを刺し殺しそうな顔ですわよ……)
後ろに目がついていない殿下はその視線に気づくことなく、話を続ける。
「いいだろう、特別に教えてやる。お前はここにいる令嬢、“ミランダ・ハーユ”に対して執拗な嫌がらせといじめを行ったそうじゃないか!! 身分を問わないこの学園においていじめなど言語道断!! 然るべき処罰を受けるべきだ!!!!」
ミランダ・ハーユ。
とても綺麗な艶のある黒髪に特徴的な金色の瞳を宿している少女で、この国ではなく隣国ハーレタリ王国からの留学生として、この学園に入学してきた。
彼女の名前を知らぬものなど、この学園では誰もいない。
彼女は男爵という身分でありながら、王子であるアンドレイに気に入られてほとんどの時間を彼と過ごすという生活を送っていたのだ。
その様子は彼の愛人なのではないかと学園中の噂になっていたぐらいだった。
「確かに、わたくしは一度だけこの方にご挨拶をした折に、殿下とお戯れになるのはやめておいた方がいいと咎めたことはありますが、嫌がらせやいじめをした覚えはございません。ましてや、彼女とはそれ以降関わったことはおろか、数えられるぐらいしか話したこともありません」
「自分のしたことを認められないとはなんと愚かなことなんだ……」
「では、わたくしがどのようないじめを行ったとおっしゃるのですか?」
わたくしがそう尋ねると、彼は片方の口角を上げて答えた。
「まあいい。最初はミランダの教科書を破り捨てたり、彼女の私物を隠したそうじゃないか!
そのあとは彼女を噴水に落としたり、階段から突き落とした! それも効果なしと気づいたお前は、彼女を刺客に襲わせた!!」
彼はここまで言って、ビシッと指をわたくしに突き刺す。
「ここまで陰湿なことをやっておきながら、まだ自分の罪を認めないか! 最初のは証拠はないにしても、残り二つは大勢の生徒が見ている中で起きたんだぞ! 言い逃れはできまい!!」
彼がそう言い切ると、会場は一瞬にしてザワッと騒がしくなった。
ここまでの罪状を並べられたら、どちらの言い分が正しいのか言うまでもないっと思っているらしい。人々の反応を見て自分達の勝利を確信したらしいアンドレイは冷笑を浮かべながら吐き捨てる。
「初めて会った時からお前は傲慢な女だと思っていたが、やっぱり見立て通りだったな。
顔はいいのだから愛想良くしていれば、俺に可愛がられていたのかもしれないな」
彼の言葉にわたくしは殺意を抱いた。
(なんでここまでの言われように耐えなければならないの……?)
自分が愛想良くないのはよく分かっている。
昔からとにかく感情の起伏が少なく、笑うことはおろか、泣くことも起こることもほとんどなかったらしい。母も決して愛想が良い人とはあまり言えなかったため、おそらく遺伝だろう。それでも母は社交界の花として知れ渡っていたのだが…………
「すみません、通していただきたい……っ」
そう言って人混みの中を割って出てきた人がいた。
「お父様――」
「殿下。私の娘がそちらのお嬢さんに大変なご無礼を働いたようで大変申し訳ございません!」
父はそう言うと、アンドレイとミランダに対して深々と頭を下げる。
その様子を見て、わたくしは一種の諦めを感じた。
(お父様はわたくしのことを信じてくださらないのですね……)
「ジュリーの処分につきましてはおいおい話すとして、我々は一旦この場を辞させていただきたく思います」
「早急な対応に感謝するぞ、ベルナデッタ公爵。
このような者には爵位剥奪して国外追放くらいが丁度いいのではないか?」
「ええ、おっしゃる通りでございます……」
父はアンドレイに対して必死に胡麻を擦っている。
最近では特に見かけることが多くなったその光景を遠い目で眺めていた。
(国外追放されてもね……)
むしろこっちからしてみれば、婚約破棄されて好きでもない人と結婚せずに済むし、家を追い出されて両親に代わりに領地経営をしなくて済むし願ったり叶ったりだ。
(これで王妃教育からも解放される……)
仲の良い王妃様とは会えなくなるのは残念だが、決して悪い案ではないような気がした。
自分の評判を下げられたことを除けば……
そんなことを考えていると、わたくしがまだこの場から退場していないというのに、聞いていて呆れるような告白の声が聞こえた。
「ミランダ。……私は君に真実の愛を感じたんだ。君以上に魅力的な人はいないんだ。どうか私と――」
「お断りいたします」