5回目の選択 ― 未来に託す
【エピローグ】
静寂に包まれた病室。
カーテン越しに射し込む朝の光が、白いリネンの上で淡く揺れていた。
点滴の雫が一定のリズムで落ちる音だけが、時を刻むように響いている。
ユウトは深い眠りの中にいた。
医師たちは、もう長く目覚めることはないだろうと口を揃えていた。
けれどその日、彼の右手がほんのわずかに——けれど確かに、指先を動かした。
ベッドサイドのテーブルには、一冊の本が静かに置かれていた。
深い青の装丁に、銀の文字が浮かび上がる。
タイトルは――
『リセット・ライフ:5回目の選択』
その下には、こう記されていた。
著者:神林リュウ
兄が歩んだ5つの人生を、弟が綴った物語。
それは過去を悔やむためではなく、未来へ想いを託すための書だった。
ページをめくるたびに立ち上る、選択の重み。
夢、愛、家族、正しさ、そして“真実”。
幾度の失敗と喪失の果てに、それでも前を向こうとした一人の人間の記録。
そして、最後のページにはこう記されていた。
――
人生は、やり直せない。
でも、託すことはできる。
それが、僕たちが生きる意味なのかもしれない。
――
微かに風が吹き、ページが一枚、そっとめくれた。
そのとき、ユウトのまぶたがわずかに震えた気がした。
それは、長い眠りの果てに、彼が見た“もうひとつの目覚め”だったのかもしれない。
― 完 ―