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再訪④【華をたずさえた忘られ人】


 春のまた来る日を祝い、この善き日に感謝をささげる。


 領主様の祝辞が代理によって読みあげられ、武技大会は賑々(にぎにぎ)しく幕を開けた。

 各所にカラフルな色の、背の低い天幕(テント)がたちならぶなか、集客を見込んで出店なども軒を連ねる。天幕の冠にはいずれの家の出資かを示すちいさな三角旗(ペナント)、またはまれに四角旗(スクエア)がゆるやかな風に翻っている。


 会場となっているのは、普段は閉鎖されている領主様専用の広大な御狩場だ。春節祭の数日間だけは領民にも開放されている。

 今日この場だけは貴族も良民も上下の垣根を取り払い、同じものを見、同じものを愉しみ、労働の辛さから一時はなれ、神に許された余暇を味わい尽くすのだ。


 祝辞に代理を頼むほどだから領主様は来ていないのかと思ったが、意外とそうでもないらしいと聞いた。

 どうも夫妻ともどもに神出鬼没なようで、お忍びで気に入りとともに遊び回っている、などという噂もあるとは、クーベル嬢の談だ。


「さすがだねぇ、活気がある」


 まとまってテント群を抜けるうちにも、ロプサーヌは落ち着きなく周囲を見回している。


「?なんかさ、 みんな似たような飾りつけてない?」


マイシャが目敏く、いき過ぎる人たちの胸へついた飾りに気づいて言った。

 なるほど、たしかに誰もかもが、似たような飾りを付けている。

 貴族と思しき人達はきらめく宝石をあしらったもの。平民は平べったい石とか、木型に漆喰かなにかで色をつけたものを衣に飾る。たしか卵の形を模していたはずだ。


「春節の印章ね。巡りくる春の復活をかたどって、卵の形の飾りをつけるんです。春卵って呼ばれてて、親しくしたい人たちへ贈りあう習わしがあるんですよ」


 クーベル嬢が丁寧に解説してくれる。


「へえ〜、知ってりゃ付けてきたのになぁ。どっか出店で売ってないかねえ」


 こんな会話が交わされる横でも、ロプスはどこか上の空で、周囲へ好奇の視線を走らせていた。

 べつに春卵の露店をさがしている訳でないことは明らかだ。ユオルはそっと苦笑する。


 ま、ソワソワするのも仕方ないか。なんたって領主様さえお忍びで出歩くほどだ。

 春節の復活祭。それも武技大会ともなればそこは騎士の華場。雰囲気にも自然と血が昂ってくるのだろう。

 戦が絶えて百余年。騎士として、戦士としての腕をしめす場所はこんな折に限られて久しい。


「知ってる? 武技大会は強者が稼ぐ場でもあるんだよ」


 こちらの視線に気づいて、ロプスが照れを隠すようにいった。

 きいた話では、今回もふくめ、この街での催しでは、賞金の類いなどは特別のはからいでもないかぎり出ないらしい。

 が、そこにひとつ、貴族ならではの暗黙の(ルール)がある、と彼女はいう。


 大戦時、貴き身分であった貴族、騎士は、たとえ敵に囚われるという恥辱をうけても、すぐに殺されることは少なかった。むしろ人質として丁重に(もてな)されさえした。

 その理由が、その身を賄う黄金──つまり身代金だ。身内の者がこれを届ければ無事に解放されることがほとんどだったのだそうだ。

 ロプスのいうには、そんな風習にのっとった暗黙の掟が現代にまでも生きているという。


 武辺の騎士はこれを承知していて闘場にのぼる。

 それでよしんば名誉の決闘に敗れたとしても、身代金さえ出せればその名誉は守られるのだし、むしろ家の財力をしめす結果につながるのだ。

 なんとも乱暴な話だが、聴くうちに話にはさらに上手まで登場した。

 一年をとおしてこれらの大会を渡りあるき、大勢の騎士を打ち倒してついには巨万の富を築きあげた豪傑もいた、と伝説になっているのだそうな。


「姫様? お遊び程度の競技(もの)ならば目をつむりますが、お怪我をともなう類いはご自重くださいませ」


アスタミオが忘れずに釘を刺す。


「わかってるよぉ」


 口惜しいが仕方ない。今日はユオルの試験ということで、機会は譲るといちおう納得はしているのだ。



「······うーん。こっちには、そういう人達はいないかな」


「え、そうなの??」


 得意気に披露したのだが、親友の苦笑交じりの否定の言葉に、ロプスは逆に驚きをしめした。


「もう······はじめに習ったでしょ? ディルソムはどちらかといえば歩兵職が主流だよ。この大会だって、趣旨は民への武芸奨励の一環だからね」


 だから模擬戦争のような集団戦も、馬上槍試合のような決闘まがいの競技も、貴族の出場する部類にかぎってはいまは絶えたとのことだった。

 まあ、まかり間違って平民に遅れとっては事だしな。

 ということは、いまもって団長のいう風習が遺っているのはサヴェリウスだけということになるのか。

 サヴェリウス、つくづく野蛮である。


「でも、各競技に通じた猛者はいるよ? 毎年このために鍛えている人だってね」


ちょっと判る、とこれにはユオルも無言で得心する。

 こうみえても下町の生まれ。賞金なんて二の次、毎年この競技だけでは一番でいたい、優勝者と讃えられたいという大人はけっこういた。ただ自分の満足のために名誉を欲するのは、なにも騎士様だけに限ったことではない。


「たしかさぁ、ユオルが出場する競技ってどっちも午後からだったよね〜。じゃあそれまで食べ回りしようよ」


 マイシャはマイシャで、呑気にそんな提案をしている。あまりのお気楽さにちょっとだけやっかみをこめて、誘いを投げてやる。


「······気楽そうでいいな。なんならアンタも出場したらどうだろう。たしかさっき、弓の競技もあるって聞いたが」


「はぁ? ()だよ。ヘンに注目されちゃったらメンドーじゃん」


 そうだね。悪目立ちしちゃったら公園でこっそり野鳥を調達できなくなるもんね。


 ロプスが、秘された理由に納得していることは誰も気付かない。

 ニコラもやんわりと言う。


「騎士団のためには良いと思いますがね。宣伝にもなって」


「パ〜ス。そういうのはユオルが頑張れ〜」


 結局そうなる訳だ。まあ人頼みもよくはあるまい。これはますます無様を晒せなくなった。

 ユオルがひとり緊張感に苛まれていると、


「わっ、ごめんなさい」


 一行が、たまたま横合いから折れてきた集団と鉢合わせしてしまった。先頭にいたロプスが反射的にたち止まり詫びを口にする。

 距離が詰まったことで一瞬全員が密着する形になった。げっ、と横合いから聞こえたいまの声は、まさかクーベル嬢の口から発せられたものなのか。



「おやおや、これはクーベル・レイベン嬢ではないか」



 中央にいた背の高い男が上向き調子の声をあげた。


 一見してわかる上等な仕立ての衣。出場者をしめすマントに品の良い蒼の卵飾りをとめ、両脇を──というか周囲をぐるりと女性陣に囲まれている。

 さらりとした薄栗色の髪にヘーゼルの瞳。若干ニヤケ面ながら顔立ちは整っていて、いかにも異性受けが良さそうだとはユオルからしても認めざるを得なかった。

 とりまく子女からしても、華美に過ぎず、さりとて小綺麗な装いからも、貴族の出ではないにしても、いずれかの裕福な家の令嬢とみえる。

 ううむ、はじめて見たが、両手に華とはこういう状態をさす言葉なのかと知る。


「······御機麗しく存じます、 グランシャス様」


「嫌だな、ミハエドと呼んでくれてよいのだよ?一時期噂になった仲じゃないか」


 バチリとウインクをとばし、とびきりの茶目っ気をふりまきながら、その男、ミハエド・グランシャスは微笑みかけた。


「えっ? あのグランシャス家の」

「えっ? この人が?」


 貴族の名にまったく疎いユオルでさえも、その家名は旧知のものだった。ちょうど故郷の──本当の──ちかくに領地をもつ家門であったからだが、グランシャス家といえばたしか国でもそこそこの柱石を担う立場であったはずだ。そしてその子息は、ロプスやクーベル嬢とおなじ学院に通っていると聞かされてもいた。

 というか。

 なぜその話をユオルに吹き込んだロプスまでが驚いているのだろう。


(ちょっとロプス、なんで貴女まで驚いてるの?失礼だよ)


(だって、顔見たの初めてなんだよ〜)


 声を潜めて囁きあうふたりの様子から何やら察したらしい。それでもミハエドは動じることなく、ふっと前髪を払った。


「おいおい悲しいな。アウルロア嬢。僕の方は君を忘れたことはないというのに」


「ぇ゙······私のこと? 知ってました、か」


「勿論だとも。若干十二で飛び級編入してきた外国よりの天才児。成績も良く、なにより実践に優れた逸材。そして······『例の事件』で僕を汚名から救ってくれた天使だ」


 認知されていたことを知り若干引き気味なロプスに、ミハエドは過剰ともいえる修飾をほどこした言葉を、詩をうたうように口にする。彼女の顔があちゃ、といったふうに歪んだ。

 とくに最後の、ことさら彼が強調していった部分への反応だ。この様子では、もし本当に呼び出しの犯人がミハエドなら実力行使も辞さない構えだったことまで知られている。


「その節はどうもありがとう。お陰で我が家の不名誉とならずにすんだよ」


「ああ、いえいえ、どもども」


「──まあ、クーベル嬢をお誘いしようと思っていたのは事実だけどね」


「お?」


 頭をあげたロプスの眼が鋭くなっている。ミハエドを睨みあげた視線が、ぐりん、と転じて親友のほうへと向けられた。クーベル嬢は指先を弄りながら、なぜか明後日のほうをみていた。


「んねえ、ミハエド様? そろそろ行きません? あまりのんびりしておられると競技が始まってしまいますわ」


 ひととおり道化劇のすんだところで、ミハエドの左隣、絶好の位置をしめている子女がいった。


「おお、そうだね。せっかくの機会だ、楽しまなければね」


 勝ち誇った余裕の笑みがロプスを上滑りしてクーベルを過ぎ、そしてなぜかマイシャで止まった。


「──────」


 なんというか、チリチリとした空気が漂っているのは気のせいだろうか。


 結構なことだ、行くならさっさと行ってくれ······


 だが願いも虚しく。

ここで火中へ薪を投じるような声が割って入り、さらに状況は殺伐としたものになったのだった。



「あら、ミハエドじゃない。こちらにいらしたのね」



 凛とひびく声が、去りゆく全員を逃さじとばかり縫い止めた。

 あ、と口を丸くしてクーベル嬢が目を見開く。

 視線の先にあったのはひとりの女性の姿だ。こちらは警護の者だろうか、数人の若い小姓らに囲まれて、身形も品も一等良い、一目で上級貴族の令嬢とわかる立ち姿。ふわりとした栗色の髪に黒檀色の瞳をもつ美人だ。


「あれ、サダッケ先輩? おひさしぶりです」


「ロプサーヌじゃないの、久しいわね」


 声をかけづらい雰囲気をまとう彼女にも、我らが団長(仮)は意外なほど気さくに声をかけた。令嬢の方でも再会できたことを喜んでいるようで、登場してきた時の鉄面皮がいくらか和らいでいる。

 そのまましばし交わした会話の切れ目を待って、ユオルは小声で尋ねかける。


(どなたです?)


(フラビア・レーネ・サダッケ嬢。ヤシャロ先輩と仲の良い人だよ)


(そして、グランシャス様の婚約者だと言われてるわ)


 クーベル嬢が追加で口を添えてくれる。

 なるほど、それで面識があるわけ、か。



 彼女の登場によって、ミハエドの連れている子女連中の視線がわかり易くキツくなった。視線や瞬きで音がするなら、舌打ちさえ聞こえてきそうな程だ。

 それはこちらの女性陣に対しても同じであったが、今回はまるで天敵に出会ったようにたじろぐ様もみてとれる。


「あら、皆様、御機嫌よう。良いお天気になりましたわね」


 まるで今やっと目に入った、とでもいうように、皆の視線を受けとめて揺らぐことなく、サダッケ嬢は柔和に微笑みを浮かべた。心なしか、ミハエドの表情まで強張り気味だ。


「やあ、君も来ていたのかい」


「勿論ですわ。貴方の勇姿を応援に参るのは当然ですもの」


「あ······ああ、活躍を期待していてくれ」


 すまないが、今日は先約があるから、とミハエド一行は逃げるように去っていく。



 ふぅ、とひと息をついてその背を見送ってから、サダッケ──フラビア嬢はくるりと向きなおる。


「まったく······しようのない人」


 婚約者とされる男のだらしない姿をみた後であるというのに。

 意外にも、腰に手を当ててわずかにおどけてみせる彼女のみせた笑みはとても和やかなものだった。それまでのとっつき難い印象が一気に変わった感さえある。こちらが本来の顔という訳か。

 やっぱり貴族は恐い。


「······あの、ごめんなさい。ありがとうございました、サダッケ様」


 クーベル嬢がかるく頭を下げる。


「お礼は結構よ。こちらも勝手を通したのですからね。本当に······貴女ならよろしいのにね、クーベル・レイベン。婚約者(たにんのもの)に興味なぞないのだし。問題はあの有象無象よ」


 おおう、切れ味鋭い口撃。こちらもなかなか負けてはいない。


「それで?貴女たちも観戦かしら。それとも出場なさるの?」


「いえ、私は。今回は従卒の腕試しにと思って」


「そう。貴女が出れば、それはそれで面白そうだけれどね。もし気が変わったら出てご覧なさい、ついでに応援してあげる。

 それでは皆様、よき一日を······」


 最後にマイシャの方へまた一瞥(いちべつ)をくれ、サダッケ嬢は優雅に歩みさっていった。


「······だからさー。なんでみんな私を見るかなー」


 きっと約一名、ミハエドの攻略対象外が紛れているから余計になのだろう。


 良かったじゃないか。意識されるほどには認められているんだから。



誤表記を修正しました。

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