《第四話完》精算【春待ち風】
「失礼いたします」
ボリュッソス随一の上宿。
仕事が済むまでの代官の仮住居に、腰を低くして参じたものがあった。モンデラッセだ。裁定のくだる前日の午後のことで、代官はもちろん喜んで彼を迎えた。
──のだが。いま、待ち望んだ「誠意の証」を前に、代官は当惑した顔でこれを見下ろしている。差し向かいに座ったなかにある卓へ置かれたそれにも、いまだ手を伸ばしてはいない。
抜け目ない商会主がこのおし迫った時日に持ちこんだ話は、それほどまでに意外なものだったのだ。
「······本当に、それで良いのだな?」
代官は聞き間違いではないことを確認するため、いまいちど問うた。だがモンデラッセは間違いございません、と頷きかえす。
「勝手ばかり申しあげて真に心苦しいのですが。是非とも、何卒、そのようにひとつ、お取り図り頂きたく······はい」
「······ふむん。まあ、お前がそれで良いというのであればな。儂はどちらでも構わぬが?」
「へへっ、ありがとうございます」
代官はいまだ得心いかぬ風であったが、従者を呼んでずっしりと重たい袋と、添えられた小箱を納めさせる。
と、ここでモンデラッセが下げていた頭をわずかに上げて言った。
「代わりに······と言っては何でございますが。是非ともお耳に入れておきたい事がございまして······いいえ、けしてお大尽の害になるお話ではなく──むしろ、お手柄になるお話かと」
表に停まった馬車の扉を使用人が開け、主人が車体を揺らせて乗りこむと、車輪はしずかに進みはじめる。
ふーっ、と鼻からもれた息は商会主のものだ。
代官様も快く承知してくだされた。これで明日の評決は満足のいく結果となる筈だ。
モンデラッセは、しかめっ面のむこうに浮かぶ人物の幻影へと語りかけた。
「すべて貴女の望むままにね、ウィルニッツ嬢」
まったく。恐ろしい話を持ちかけてくれたものだ、と彼は前日にもたれた会談の記憶を回顧する。
一報をうけ、モンデラッセが慌ててウィルニッツ邸へと車を走らせたのは、前日のやはり午後のことだった。
客間へと通された彼は着席するなり、饗された茶にも手をつけず、冴えない表情で話の本題にはいった。そのなかで、じつに驚かされたあの計画を聴いたのだった。
「······それで。コラルド様はどうしておられますか」
ひととおりの話を聴き終えたあと。モンデラッセは自身の反応を隠すのに苦慮しながらも、いちばんの心配の種について口にする。
「ご心配なく。宅にてきちんとおもてなししてございますわ。お邸があんなことになりましたもの。縁がなかったとはいえ、一時は当家とも繋がりをもっておられた御方。わがウィルニッツが丁重にお世話いたします。
ええ、けして凶賊などに狙わせたりなぞ致しませんわ」
迎えた側、ジーナ・ウィルニッツは、優雅な所作でカップを皿へもどしながら抜け抜けと言ってのけた。その態度はあくまでも冷静にして、愛想も欠かさない彼女独特のものだ。まったく太い神経をしている。あの夜、お邸を襲った凶賊をおなじ邸に起居させている、というのに。
モンデラッセはふっ、と息を逃した。
「······つくづく怖ろしいお人ですな、貴女は。いや、思った以上のお方だった。今回は兜を脱ぎますよ。
······それにしても。まさかそんなだいそれた事をお考えだったとは」
打ち明けられた計画は、けしておいそれと口外できることではない。口の端にあげるだけでも、他者に聞かれればどうなることかわからないからだ。
持ちかけられたのはそれほどに怖ろしい計画だった。支配層側からみれば謀反にも等しい行為といえるだろう。いってみればウィルニッツという、れっきとした家名が噛んでいればこそ成りたち得る計画。
だが。それはとても、とても魅力的な計画だ。
独り勝ちこそを諦めることにはなるが、早急に欲するものを手中にする事が叶うのだ。息子、あるいは孫の代までかかるかと踏んでいたものを、だ。
「──いいでしょう。なるほど、我々ならばたしかに可能だ······」
彼は決断をもち帰ることなくこの話にのると決めた。
なに、先のことはどうとでもなる。純然たる商いの勝負ならむしろ望むところ、遅れなんぞ決してとらない自信はある。
──領主家の追放。
彼女、ジーナ・ウィルニッツがこの秘密裏にもった会見で披露した提案だ。
ボリュッソスを、商人の手による商人の街として自分たちで仕切り、統治する。双頭として並びたちながらも、名実共に自治権をにぎる最上位民となるのだ。
「本当に怖ろしい。個人としては恐怖の念を禁じ得ない。が······いち商人としては、やはり唆られますなぁ」
青白い表情ながらも、凄味のある笑みでニヤリと笑う。この男はこの男でやはり出来物だ。心の奥底にどこかスリルを求める性があって、だからこそ一代で財産を何倍にもすることが出来たのだろう。
これは今後も油断ならぬ、とジーナの勝負心にもしずかに火が灯る。
「気兼ねなく版図も拡げられましょうな。この街はさらに大きくなりますよ。貴女の名のもとに、ね」
商会令嬢は──
いや、商会の女新主人は。
口許をしろい手で楚々と隠し、ごく慎ましやかに微笑みかえした。
「いやですわ。商人の、でしょう?」
神教国の一日はながく、しかし平穏な時が過ぎている。
寄港して半月ちかくが経った。そろそろ湖に張り巡らされた氷も解ける頃合いだろう。その際に浜へと砕氷がうちよせるとの話には、すこし興味をそそられる。
浜風はもちろんすこし冷えるけれども、陽射しだけは暖かく、そこまできた春の先触れを伝えている。
ユオルはひとり旧い石畳の道を踏みながら、物思いに浸っていた。
あれからがひと苦労だった。なにせまともに立っていられるのが、関係者のなかで半分にも満たなかったからだ。
カーラがロプサーヌを、マイシャがニコラをそれぞれ助け、意識をとり戻した自分は自力でといって譲らず、ならば保険にと、ジャノには縛りあげたコラルドを担がせ、侵入した時とおなじく裏の通用口から脱出した。
その頃には邸も騒がしくなりつつあったが、マイシャが施した妨害のお陰もあってか、時が稼げたのは幸いであった。背中を追う陰に怯えつつ、夜闇のなかをウィルニッツ邸へとひた走った。
カーラとジャノを迎えたジーナ、ノーラ姉妹の喜びようはひとしおで、四人は涙まみれな再会を果たし、グランツ・レイベン旦那のもらい泣きを誘った。
連行されたコラルドはジーナの案によって一室へ監禁された。
いったいどうするつもりなのかと問うと、素行はいっさいがっさい代官へ報告済みとのこと。いずれ正式に王都からくる遣察隊にひき渡すのだそうだ。
現カドヴァリス国王はたいへん潔癖な性分で、病的に悪しきもの、汚れたものを嫌悪しているとのことで、自身の家臣であろうが容赦しないことで有名らしい。おそらくスリベロンは貴族としての地位を追われるか、よほど良くても領地は没収となるだろう、と言うのが彼女の見通しだ。
恐ろしく手回しの良いことには、同時にウィルニッツとモンデラッセの連名で、商人組合の合議による自治統治の打診がなされるらしい。ボリュッソスはもともとが商人の力抜きには語れぬ土地柄。領主家もたいした仕事はしていなかったので問題はないようだ。
いずれは国王の気がかわり、この地を拝領するような貴族家がでてくるかもしれない。だからそれまでに実績をあげ、なんとしても市民による統治を確立させる、とジーナ嬢は張り切っていた。なんともタフなお方である。
適度に散策をきりあげたユオルは、宿へと足をもどすことにした。
そこにも、身丈によらずタフな女性がひとりいる。
あれ程の目に遭ったというのに、気丈にもロプサーヌは痛手から早々に復帰を果たしている。
マイシャの聴きとりによると、首を絞められこそすれ、大事にまでは至っていなかったとのことだ。ひとまずはみな──ことに自分は──おおいに安堵した。
たがい、アスタミオとインブリットにバレでもしたら強制帰国ものの大目玉なので、この件は一生黙っていようということで、かたい盟約が締結された。
治療用の、どりる、とかいう物の独占はお流れとなった。おまけに別の商会が仕入れルートの確立に成功したとの報せが本国からおって届いた。
依頼主の当初の目的は叶わず、したがってこちらの要望も通ることはない。
初任務は失敗、という結びになる。この結果にロプサーヌは不満げだ。
「けど、ウィルニッツ家がもち直した後、支援をしてもいいって約束してくれたんでしょう?」
「うん、まあね。ただ商人との口約束だからなあ。外国だし、今すぐって訳にはいかないのも、なんともねえ」
借宿の卓に肘杖をついたロプスは、組んだ足をぷらぷらさせながらこぼす。
まあ仕方あるまい。今回は命があっただけでも儲けものと思っておくのが身の程というものだ。
ユオルは話を変えることにした。あの夜以来ひっかかっていたことがある。
「······あの。ホボルクとかいう騎士くずれが持っていた龍晶のことなんですけど」
彼の声色の変化に、ロプスも真剣な表情をみせた。
「うん」
「······アイツの攻撃にさらされた時、なんかこう、命を吸われてるような気がしたんです。自分の龍晶にはまわっていないのに、使っているというか······使わされている感覚──て言うんですかね」
「分かるよ。アレはちょっと特異だったよね。本人の属性によるものか······それとも龍晶そのものの性質か······」
「以前いっていた、現存は確認されていないとかいう、最年長の龍晶、てことはないですかね」
「······ゴメン。そこまでは私にも判んないや。とにかくこれは書状に添えて、インブリット姉様に送っとくよ。なにかわかれば報せてくれるだろうから」
いって、ロプサーヌは掌にもち出した灰龍晶の残骸をまた鞄へと落としいれた。
お日様に当たりたく思い、ロプサーヌはユオルをのこして卓を離れた。借宿の石段をのぼって木戸をあける。石造り二階建ての建物はまことに飾り気なく、一階の屋根も真っ平らで、洗濯物なんかを干せるテラスとしても使われていた。
あがってみると先客があった。カーラだ。
ロプスはやあ、と手をあげてみせると、石壁に腕をあずけて、飽きずに異国の景色を眺めている彼女の横にならんだ。
巡礼街の建物はみな等しくおなじ構造をしているが、この家は他よりすこしだけ高台にあり、そのぶんまわりがよく見渡せる。彼女のほうがすこしだけ背がたかい。同じように並んでも、こちらはややつま先立ちになってしまうのがすこし悔しい。
こうしてゆっくりしていられるのもあと少し。明後日あたりには、ぼちぼち船もうごきだすだろう。
「······いいんだね? 帰ることもできたんでしょ」
気持ちはよくわかる。だから前置きはいらないだろう。そんな想いを言葉にのせる。
彼女の問いに、目を合わせたカーラも、やはりまっすぐに返した。
「······貴女なら我慢できた?」
「うん。そうだね、ムリだ」
ふたりは笑いあう。カーラはまた遠景へと視線をなげ、つぶやきをもらした。
「最後に姉さんにも訊かれたよ。
『もしも貴女が努める気があるなら帰ってきてもよいのよ?いまならまだ間に合うのだから。勿論そうなれば、姉さん達は全力で補佐するわ』って。
けど──私の想いは変わらなかった。家は姉さん達に任せる、私は鍛冶師になる。外の国でいろいろ学ぶんだ」
「じゃ、後悔はないね」
「もちろん」
「だけど、よく手放してくれたな。アンタが抜けたらジーナ様も大変だろう?」
無事、他国への船便が再開された翌日。
グランツとロプスの一行は、朝の波止場で船の支度が済むのを待っている。
馴染んだ国へ帰れるとのかと思うと、やっとかという思いにホッとする。もっとも、これから外国へ出てのひと勝負が待っているカーラやジャノは、きっとうずうずしていることだろう。
ウィルニッツ商会からは、ジャノを含めた四人ほどが、技術修学の目的でディルソムへ渡ることになっている。うち、ふたりだけがべつの街にいる、なきウィルニッツ旦那の知己のもとへ身を寄せるとのことだ。
もちろん、技術修学だのいうこれははんぶん名目で、秘め事に関わってしまったジャノを母国権力のおよばぬ地へ逃がすことが狙いなのだろう。ひとりで外国へとでるカーラの守り役とする理由もあるかもしれない。
「······べつに構わんさ。俺ひとり抜けた所でどうって事はない。職人は数が揃ってナンボだからな」
「優秀な誰かが抜けても、また別の誰かが台頭してくる。集団というものはそういうものだよ」
さすが年の功、グランツ旦那がひきとって言った。
先にもいった通り、グランツ・レイベン旦那とウィルニッツ商会との件の取引きだけは、いったん解消ということになった。まずは商会の立て直しを最優先にしたいとのジーナ嬢の意向を旦那が汲んだのだ。そのかわり、べつな品々をひき請ける形で支援するのだという。
差し引きでみると損、ということになるだろうに、グランツ旦那は上機嫌を保っていた。
はじめは男気からか、と感心もしたのだが、聞いてみればなんとそこはやはり遣り手の商人。今回は逃したものの、これでウィルニッツ商会との誼を一層深めたうえ、さらに呆れたことにはモンデラッセ商会とも取引を決めてきたらしい。
つまり、ちゃっかりと得るものは得ていたということだ。理由にも合点がいってひと安心といったところではある。
「そうか。じゃ、期待するか。これからよろしく」
差し出された手に、ジャノはひとつ溜め息をついて応じる。
「······勘違いはするな。あれは家族の問題だったから身を張ったんだ。無関係な他人のために命を賭けるつもりはない」
なんだよ、ともに背を預けあっただろう。
「よく言う。行けといわれてさっさとトンズラこいた癖に」
ニヤリと笑ってやり返された。
「私は、期待しておりますよ。向こう様に着いても、わが商会の依頼は受けて下さるでしょうね?」
「それは勿論です、旦那。お世話になります」
ジャノはカーラともどもに頭を下げる。
「船が出るぞーーーーいっ!!」
出航を告げる水夫の声が湖にすい込まれていく。
『オーガスタス・ウィルニッツここに眠る』
そう刻まれた立派な石墓のまえに、ふたりの令嬢はならんで祈りを捧げた。
「そろそろ神教国をでている頃かしら」
墓へと早咲きの楚々とした花を供えながら、ノーラがいった。
「ええ、そうね。そんな頃ね」
こたえてジーナも空を仰ぐ。
今日は気持ちの良い小春日和だ。はるか遠い国でも同じだろうか。そうであれば絶好の船出となるだろう。
こうして墓を見つめていると、父がジャノを連れて帰ってきた日が思い起こされる。
『今日からコイツも俺の息子だ』
豪快に笑う父の横で仏頂面をしていた彼。考えれてみれば今もほとんど変わってはいない。
はじめはなかなか心を開いてくれなくて苦労したっけ······
そしてカーラが生まれ、すぐに母が亡くなり、そして父も。
苦しい時、ずっと隣で支えてくれたそんな彼も、いよいよひろい世界へむけて羽ばたいていく。
腕前からすれば、いずれはくる当然の未来。
だから、そう。これでいい。これでいいのだ、きっと──
カドヴァリスを発つ際にも見送りには行けなかった。そして今回も。
だからせめて、心のなかでそっと父とともに祈ろう。
どうかふたりに、よき春の風が吹きますように。
お読み下さいまして、本当にありがとうございました!
これにて第四話、終了となります。
うん。なんというか······すこし盛りすぎだったかもです。
ウィルニッツ家のまわりがゴチャついたのは反省点でした。
それも踏まえて、いま気になっているのは文字数の問題。
短くてスカッと読める方がいいのか···
それともある程度文量がある方がいいのか···
悩みどころです。
······まあ。大前提として、面白くなければそもそも駄目じゃん、て話なんですけど。
当然だけどそこがいちばん分からない。
誤字、表現を修正しました。




