闇と閉ざす者②【失意】
「んな······ッ!?」
留まることを知らず、灰色の流れは一帯を侵し続ける。
なぜだ。龍装術で止められない!? 今まで······どんな相手の攻撃だってそうだったじゃないか!
「コイツのは異質でね。生には生、死には死。死の力は死でもってしか止められはせんのさ······!」
ガクン、と体内から何かが抜け落ちるのを感じる。
う······これは······この感じは。
「似ている──龍装術を使った後の······脱力感?」
自身の身体を支える根幹が、急速に減り始めていた。たしかにひとしきり暴れたし、今だって全力を使い続けてはいるが。それにしたって早すぎる······ッ!
「まさか······この流れは······っ!」
喰われている! 命の力そのものを!
「俺の相棒は、国許の奴らにいわせれば異端でな。いや、かつてはそうではなかったが······とにかくこうなってからは忌み嫌われ、国も追われた。
だがそれで良かった。サヴェリウスなんざ糞さ。頭の硬い連中が成り上がりを抑えて、了見の狭いことをセコセコやってやがる。男爵家の四男坊なんざ、いくら道を極めてもお呼びじゃなかった」
恨み言をいうわりには、ホボルクの声にはまったく熱がこもっていない。大した感慨も匂わせずそう言い切ると、重々しい剣を片手に掲げる。
「ならせめて、相棒の腹くらい満たしてやらんとな──さァ、喰らい尽くせッッ! !」
亡者の唸り声にもにた鳴響が、浮き上がる首飾りから解き放たれる。灰色のわななく舌禍が不気味に踊りながらいっそう触手を伸ばし、周囲の熱を奪い尽くさんと拡がっていく。
「く······!」
まったく風が用をなさない。こちらの力は無干渉に灰の壁をすり抜けて吹く。ジリジリと迫る圧力にユオルは足を踏ん張るが、抵抗すればするほど虚脱感が増していくのを感じた。
ま、ずい······いや、せめて!
チラリと騎士の脇に突き立てられた白槍に視線をやる。
あれだけでも······っ。
「ええい! どうせ退いても!」
出せ、足を、前へッ! !
「踏ん張れ、龍晶ぉぉぉッッ······! !」
自ら灰嵐の中心へと突っ込む。
「ウォォォオオアアアッッ! !」
風ごと体当たりを仕掛ける勢いが功を奏し、やっとホボルクとふたたび刃を交えるまでにこぎつける。
たしかにこちらの力は相手の力をすり抜けはした。
だが影響を与えられなかったのは力に対してのみ。実存する目前の男には間違いなく作用する。
「む······!」
肉弾特攻の気迫にホボルクも本腰を入れて押し戻す。力と力が激突し、今この瞬間だけは両者の力が釣り合った。
ふり絞れッ······ッ! !
決意の結実とともに出力が跳ねあがる。風の渦が収束して爆ぜ、
「ムオッッ······!?」
ホボルクの剣をついに弾きあげ、その身にたたらを踏ませる。
今······だッ!
伸ばした手が白槍へと届いた。その柄をしっかりと握りしめる。
「小癪っ!」
踏み込まんとするホボルクに対し、ユオルは剣を突きだすと同時、前方に風よ集積しろと念じる。その途端、
「っあッ······」
脚から力が抜けた。限界がきたのだ。
それまでなんとか踏ん張っていた力が失せればどうなるのか。
当然反発で彼の身は後方へとすっ飛んでいく。地面に刺してあった戦乙女ともどもにユオルの身体は数ヤード後方へとすっ飛び、無様にゴロゴロと転がってやっと止まった。
「······ふ。やるじゃないか若造。だが。死期が早まっただけだな」
ホボルクの言葉の通り。震える腕で上半身を起こした瞬間、一気に喪失感が押し寄せた。
「ああ! どうしようジャノ兄ッ! ユオルが······っ!」
「やめろカーラ! いまは自分が助かることだけ考えろ! どのみちお前の手に負えることじゃない!」
狼狽えるカーラの腕をつかみ、ジャノは必死に裏庭側へと導こうとする。
なにも手に負えないのはカーラに限ったことではない。すでに灰色の食指は彼らの周りにも及んできており、暴れて消耗したジャノの身体も悲鳴をあげはじめていた。ふたり分の重さを支えた腕にも、寸足らずな縄を手放して飛び降りた際に痛めた脚にも力が入らない。
その時。
騒がしい音にギョッとして思わず天を仰いだ。
「まずい、あれじゃ!」
扉に隠れて隙を窺っていたマイシャが思わずとび出そうとした。
ニコラを支えて移動するなか、ふいにユオルの気配が階下へと降りてくる気配に気づき、合流しようと窺っていたのだ。
だがホボルクが一緒だったので止むなく尾行に切り替えた。一気に背後から狙い撃ってやろうと企みもしたが、あの通り全身鎧を着込まれては手持ちの弓では厳しく思えた。
なによりあの男の気配。下手に手出しをするよりも確実に隙をつく方策をとることに迷いはなかった。
だがまたも裏目にでた。
気を急かすマイシャを、しかしニコラは冷静に押し留める。
「いけません······それより水を······! マイシャ、水をとってきて下さい! そうすればまだ私も力になれる······!」
うなずいたマイシャはホール側へととって返す。
ニコラの血鍵で回廊側から侵入すると、大胆にも食堂へとのり込んだ。
暖炉の火がまだ熾火のままで、室内は熱を保っていた。
さいわい従者どもは呑んだくれて寝入ったままであり、みな卓にのっかって盛大にイビキをかいている。
彼女は床に転がっている連中に用心しながら水瓶でもないかと探したが、どの瓶も桶も軒並みひっくり返されて空だった。舌打ちしながら辛抱強く目を走らせる。
と、テーブルの上にまだ中身の残っていそうな酒樽がのっているのに気づいた。
(ええい、これでいいか)
持ちあげようとした途端、にゅうっと腕が伸びてきて、酔いどれ男がしなだれかかってきた。
「おい······もぉ一杯くれぇ」
「······あら、いけませんわ。呑みすぎですわよ」
とっさに繕った声音で囁き、そっと袖をつまんで卓へと戻す。
ビビった、心臓が跳ねた。
そのままそっと息を殺して部屋を抜け出す。
「ふーっ············!」
物はついてだ。
マイシャは道具入れから麻紐をとり出すと、それを扉の把手にグルグルと巻きつけ固結びで結わえつけてやった。大した妨害にはなるまいが、この連中が目を覚ました場合、すこしは時が稼げるだろう。
手早く済ませると、酒樽をかかえて直ちに場を後にする。
「OKです。液体でありさえすればっ!」
ふたりはすぐに表玄関へと踵を返す。
天の祐けか、あれからも騎士は倒れ伏すユオルを直接斬り刻むような蛮行はみせていなかった。ただし、彼の左腕には痛々しく剣が突き立っており、そこから灰色の流れが浸透していく。
「あのヤロッ······!」
怒りに燃えたマイシャが矢を番え、ニコラは蓋を除いた酒樽のなかに血鍵を落としこむ。たがい最後のひと息を入れようとした所で──
「ふんぬぅッッッ! !」
突如上の方から声とともに、バキバキッ、と木切れの折れる音が聞こえた。
ハッとしておもわず動きを止めると、騎士も唖然としたように口を開けて上方を仰いでいる。
「ッ!!」
千載一遇! 間髪入れずマイシャが一矢を放つ。額のど真ん中を狙い澄ました矢は見事的に突きたった。
だが忌々しいことに、灰黒色の流れがこれを遮ったらしく、男は驚いて身を離した程度に留まっている。
「チッ」
もはや隠れる意味はなし。ふたりは外へととび出る。
屋根部分、表側からはちょうど見せかけの小窓飾りのようになっている辺りを見上げた。
そこには、闇を見透かそうと身をのり出したちいさな人影が、月光に黒々とした影として浮かび上がっている。
「あれは──ッ!」
胡乱げな瞳を、一応は主人であるところのコラルドの隠し部屋へむける。意識をはずした直後、必殺の瞬間に翔んできた矢らしきものが龍晶によって弾かれたときには、さすがにホボルクもギョッとして飛び退った。
まだ仲間がいたか。だが······
弓使いが上を仰いでいることを確かめ、ふたたび視線を戻した。
何事だ?




