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(ふっ)掛け売り【大勝負】⑧

何とかなったと思うので、今話終了まで連日更新いたします。


「ずっとテメェが気に食わなかったのよ、ジャノ!!」


 悪口をのせて繰りだされる剣を避け、ときに鎌で弾き、いなす。

 正面からこれを受けきる度胸もさることながら、紛うことなき殺意の塊と化した凶器を頼りなげな鎌二丁で──形状的にどうみても重みを支えるようには出来ていない──防ぐことは、いまジャノの両手に備えられたものがなければ到底叶わぬことだったろう。半端だったユオルの剣とは比べるべくもない。


 彼が荷袋のなかから取りだした両の拳を護るものとは、言ってみれば鉄板をつけた革のグローブだ。五指の背と手の甲に鉄片をあてがい、さながら騎士のはめる鉄篭手の簡易版といったところのそれがあればこそ、怖ろしい抜き身を前にしても小手先を安心して晒していられる。


「たかが鉄打ちのくせに俺達にはり合いやがって! あげく金(づる)を攫ってくなんてなァッ!!」


 重みのある剣をうけ続けた二丁鎌はすでにその頭を(かし)ぎはじめている。刃の面さえ届けば、その切っ先が刺さりさえすれば。荒くれどもが振りまわすどんな刃物よりも深々と相手を切り裂けるだろう。だが懐に踏みこめないことには。


「チッ!」


 ジャノは賭けにでる。


 なんのための二丁鎌か、なんのためにわざわざふたつを鎖でつないであるのか。それはこうするためだ!


 下がりつつ右手のものを手放し様、身を回して相手へ投げつける。ジャラッと鎖の音をのせた一撃が相手の頭を狙う。初見であれば、とっさの判断として剣で受けたくなるはず!

 じじつ傭兵頭も反射的にそれを選択した。

 間合いは一歩ギリギリ外。下がりながら相手が受けたため得物へ絡めるとまではいかない。

 瞬時にこれを見切ったジャノはもう一転、今度は逆回りに身をひねる。鎖がうねり輪となって今度こそ相手の剣を(から)めとる。


 ここだ! ジャノは一気に踏み込み、「仕込み」を含んだ右掌を相手の鎧が及んでいない左の腰へと、鋭く突き刺さんとした。

 場慣れしない相手であれば狙い通りになったろう。得物を絡めとられた際の反応は、ユオルがそうであったように、剣を突きだしジャノの接近を押し留めたいという欲求が勝る。そこを突くのだ。

 だが。

 この傭兵頭は彼のやり方(・・・)を知っていた。知っているのだ。

 ジャノのような手段をとる者にとってこれ程に都合の悪い相手はいない。



「フンッッ!!!」



 隠された牙が打ちこまれようとした瞬間、男は剣を振りあげた。

 これはなにを意味するか。すなわち、より近い間合いでの応戦を可能とする。

 だがもう遅い、右腕の牙は入る!

 窓を押しひらく際にも用いた隠し刃が腰へと閃く。



「っ!?」



 たしかな手応え。たしかに突きたった!


 だが、しかし。

 命中したのは、狙った部位からは程遠い位置──


 傭兵頭は一撃を受けることも覚悟のうえで左腕を投げだし、これを受け止めたのだ。

 鋭く鍛えられた刃はたしかに通りはしたものの、貫いたのはせいぜい革篭手まで。生身までは達しなかったとみえ、傭兵頭はしてやったりと刃のたったままの腕をひき寄せる。薄刃は呆気なく折れ飛び、男が逆の手に持った剣を振りあげる。


「!?」


 慌てて拳をひくが、前のめりとなった体勢では急に退くまでには至らない。とっさにすべてを投げだして両腕を交差させる。



「フンヌッッ!!」



 空気を割いて剣が振り下ろされる。相手側も体勢不十分だったがゆえに、わずか最大威力を発揮する間合いからは内すぎた。それでも鋼を生身の腕で受けるなど、あきらかな無謀。暴挙。

 あわれジャノは両腕を喪い、一生鎚どころか己の世話ひとつ焼けぬ身となった······


 であろう。そう、彼が彼でなければ。


 鈍い音をたてて、あろうことか鋼の刃が止まる。

 目を見開いた傭兵頭がムキになってもう一撃するが、やはり刃は通らない。その間にやっとジャノは距離を離し、呼吸をただす。鋼を受けたことでズダズタになった袖のなかが暴かれ、彼の腕を護った物の正体が発露する。

 乏しい松明の火を照り返すのは、あきらかに人の肌には異質な質感。ぐるり肘下ほどまでを覆う鉄の篭手だ。


「······チッ! 腕にまで仕込んでやがったか。······けどよォ······効いた(・・・)だろ?」


腰を落としたジャノが眉を(しか)める。

 ああ、効いた。折られるとまではいかなかったが、馬鹿力で振るわれた重い剣を二度も受けたのだ。衝撃は骨まで達した。


「詰みだなあ······? ヘナチョコ鎌はない、隠し刃も折られた。後は何だ? (カカト)の拍車か? フン! テメェの姑息な手なんざお見通しだぜ!! すぐに一生金槌をもてなくしてやるよォッ!!」


ジャラリと絡まる鉄鎖を剣から払い落としながら、傭兵頭は宣言した。

 ジャノはゆるりと立ちあがると、緊張と恐怖を吐き出そうとするかのように、詰まっていた息をおおきくおおきく吐く。



「······ッフーーーーーーーーー······ッッ」



その様は、どこか嘲りの調子を相手に届けた。


「充分だ」


「あァ!?」


「充分だ。······まだこの拳がある」


 ハッ、と傭兵頭は哄笑をかえす。


「なんだ? テメェのヘナチョコパンチで闘ろうってか! ちっと鉄篭手モドキを着けたくらいで拳と剣で勝負になると思ってんのかァッ!!」


「······勘違いしているよ、お前は」


 なにを思ってか。

 ジャノはその場でトントンとステップを踏みはじめた。


武器()を握ったら強いのか? 違う。術を識った奴が持つから強いんだ」


「うぬゥゥッ!?」


 あきらかな挑発、と、そう傭兵頭には映ったことだろう。

 だがそれは単なる事実。ジャノは事実を口にしただけに過ぎない。

 ザッとボロボロの袖を揺らし構えを直す。二本の拳を胸の前にひきつけて構え、両脚はたえずじっとしていることを嫌うように常にリズムを刻む。



「ほざいてろやァァァッッッ!!!」



 傭兵頭が怒り狂った剣を振りまわす。

 だがジャノは正確に俊敏に、その一々を避け、あるいは握り固めた鉄片つきの拳で迎え撃つ。指の背側に丁寧に巡らされた鉄片が刃と弾きあい、硬質な軋みをあげて死へと抗った。

 光源とて危ぶまれるなか、刹那も集中の途切れることは許されない。実際、なんども刃が髪をかすめ、衣が裂ける。そのたびに肌を紙一重のところで擦られる恐怖を幾度味わったか。

 だか──そう。傭兵頭は勘違いをしていた。いかに鉄対鉄といえど、重みをつけて振り回される長尺のものと、拳分の重さしかないものとでは、とても張り合うことなど出来ない。

 では何故いまの状況が成立しているのか。そこにこそ注視すべきだったのだ。



 鍛冶の腕を除けば、ジャノ・トレバリはけして猛者ではない。

 身の丈だって並であるし、重さとてない。むしろ痩身寄りとさえ言える。

 ジャノ・トレバリは戦士ではない。

 あくまでも市井の者。神の定めた所による「耕す者」であり、「働く者」であるのだ。そう、彼は特別ではない。せいぜいが只人よりは身体を動かすのが得意という程度。

 そんな彼にひとつ特別なものがあるとすれば、それは、師匠だ。師と仰ぐふたりの父親。

 実の父と、彼の死後、朋友の息子をひきとって鍛えてくれた鍛冶師としての父。

 かたや一帯の技術に革新をもたらした凄腕の鍛冶師。

 かたや、一時は格闘者として王都にも召し出された格闘家。ジャノの肉親であり、異邦より来りてその技を彼へと託して逝った人。

 実の父はこの世界で戦うための術を教えてくれた。

 育ての親は、彼にこの世界で生きていく術を与えてくれた。

 彼に特別なものがあるとすれば、このふたつの術にただひたすらに向かい続けたことだ。その結晶が今手にしている刃なのだ。


 親父仕込みの体術はなにも蹴りだけではない。むしろコッチが本領······!


 剣を弾かれた傭兵頭があわてて柄を握りなおす。

 間をはかり、疲れで乱れた隙に一気に間合いを侵食する。素早く間断ない拳が繰り出され、傭兵頭の顎、肘、腰、腿とたて続けにヒットする。


「この······ッ、痒いわァッ!!」


 拳は男の革鎧や、堂々とした筋肉の壁に対して決定打にならないように一見してみえた。


 だが俺の拳は外より内を穿つ。脳を揺さぶり、心の臓を乱し、胃の腑に損害をもたらす。たとえ相手がどんな巨漢であろうが関係ない。


 傭兵頭はたしかにジャノの暴挙を警戒していた。期待さえしていた。

 だが根本的に彼はジャノを侮っていたのだ。荒業において自身が職人風情に遅れをとるハズがない。その自負。意識。それらが仇となったのだ。

 とるに足らぬと思っていた拳が、鈍く鈍く肉体に蓄積されていく。見る間に息があがり、吐き気が喉を突き、足元が乱れる。



「···グラァァァァッッッ!!」



 苦し紛れに振りかぶった所へ、ジャノの渾身の右が深々と食いこんだ。

 胃液とともに腹の中のものを吐き戻しながら、それでも意地となってジャノに掴みかからんとする。



 この額へ、高々と掲げられた右踵が一閃した。



「が······ぁ」



 脳を重い衝撃で揺さぶられた傭兵頭はビタッ、と引き付けを起こしたように動きを止め、膝を折ると、ついに埃をあげて床に倒れこんだ。







 やった······さすがにギリギリであったことは否めないが。


 だが状況は、彼に安堵の暇を得ることさえ許してはくれない。あっ、となった残りの者らが激怒して迫ってくる。

 ジャノは手早く落ちていた荷袋を拾うと、ついに口を開けた尖塔の階段を駆け昇る。

 終点の扉をはげしく叩いて呼びかける。


「カーラ! カーラッ!!」


「······ジャノ兄?──ジャノ兄ッ!」


「下がってろ!」


 ジャノは背後にくぐもった足音を聞きながら、わずかなスペースをとって距離を稼ぐと、二、三度体ごとぶち当たる。

 扉は呆気なく開き、彼は暗い室内へと転がりこむ。


「ジャノ兄っ!」

「端を結びつけろッ!」


 ジャノは問う間を許さず無事らしいカーラに、荷袋から抜きだした二束の縄のうち長縄を放る。そうして彼女がその先をガラクタの山の脚に結びつけている間に、捨てられていた(かんぬき)で扉を塞ぎ、せめてもの時を稼いだ。


「出来たっ」


との声に確認をして、夜光のさす窓際まで寄ると、ロープの反対側をバラリと投げる。

 予想よりわずかに高い、やや足りないか? だが構っている暇はない。


「来いッ」


 彼はもうひと束のロープで自身とカーラを結わえつけると、降下用のロープにつけていた鈎爪をズッと移動させて部屋の壁と床の間に噛ませる。

 下をみると、薄明かりに頼みの綱が灰色の壁面を伝って闇のなかへと消えている。


「······」


カーラがさすがに息を呑んだ。


「······いけるな」


問われ、コクリと頷きジャノの身体にしかと抱きつく。

 背後ではドンドンと扉へ狼藉をくわえる音が響いている。

 ジャノはもういちど縄の張り具合を確かめると、意を決し、ふたり分の身を宙へとさらした。

 斜めに切れた屋根をつたい、そのせいでまったく足がかりのなくなってしまった時にはさしものジャノもヒヤリとしたが、恐怖に抗いながら身に回した命綱にすがる。

 ズリズリと掌を慎重に滑らせる。やはり見込みよりもやや足りない。それでも、どうか、神よ──────



 限界がきて手を放した所は、なんとか落下しても平気なところだった。

 ただちに縄を切ろうと忙しいジャノに、カーラがつげる。


「ジャノ兄ッ、あれッ!」


 そこでふたりは、これまで見たこともない、人智を超える光景を目の当たりにした。



「············何だ、あれは······」



同じサブタイ続けすぎました。

なんとかせねば。でももう思いつかん···

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