(ふっ)掛け売り【大勝負】⑦
※残酷な表現があります。お気をつけください。
「ゆうぎしつ······?」
ロプスはぐるりと室内を見回すが、これといった物はない。目につくのは豪奢な飾りのあるやたらおおきなベッドだけで、床は石がむき出しのままに絨毯さえなく、それほどに高くはない天井。壁際に照明用の灯りがある程度だ。
いやまて、その下になにかズラリと並んでいる。
「残念ながら我が花嫁が到着してしまったのでね。予定を急ぐことになってしまった。君と遊べるのは今宵ひと晩だけなんだ、残念だが許しておくれ?」
寝間着姿な男の戯言には耳をかさず、ロプスは夜目をこらす。
あれは──人形? ご丁寧にも光沢をもつ素材でできた目が揺らぐ灯りを反射して、こちらを誘うように瞬いてみえる。
「······いいトシしてお人形? 趣味がいいね」
ロプスはなんとか声を絞りだした。
腹に力が入らないくせに。男、コラルド・スリベロンはそんな向こうっ気の強い態度にも、これを心底悦んでふうに嘲笑する。
「いう割には声に元気がないね? ずいぶんと腹が減っているんだなぁ。今から自分がどんな素晴らしい体験をするのか知っていたら、とてもそんな口はきけないだろうに······心配しなくてもいい、すぐに仲間に加えてあげるよ」
身をゾクゾクと苛むのは、冬の夜中、石床のうえへ放り出されていたせいではないことを、言われずともロプサーヌとて感じとっていた。いわば本能的な恐れ、自身にもいまだ判然としていない恐れだ。
だがそれにも増してはっきりと感じられるのは──
「アンタ、頭オカシイよ······っ」
目前にいる男の、異常さへの恐れだった。
不気味にも、この辛辣な意見にさえ、コラルドは反論を返したりはしてこない。いや、言葉では返したりはしなかった。薄気味悪い笑みを顔に張りつかせたまま、ベッドの端からたち上がり、ゆっくりとこちらへ近づいて来る。
「っ······!」
踏ん張って扉へと駆け寄ろうとするが、ずっと動けなかったことと忌まわしい香毒のせいで足がもつれ転ぶ。
とっさに備えで持っていた短剣が腰の鞄に潜ませてあったことを思い出し、サッと手をやってまさぐると、
──あった! 奪われてはいなかった!
立膝をついたまま後ろ手に鞘を払い、身構える。
来るなら来い······一撃をくれてやる···!
だが。コラルドは気配の変化になにか嗅ぎとったのか、ピタリと前進をとめる。
「······へぇ、嬉しいな。まだそんな元気があったんだね? いいよいいよ。戦乙女、じつに興趣を唆るじゃないかぁ」
いって横へとそれ、壁際へと寄ると、暗闇のせいでロプスが見逃していた壁掛けから、上下二本を横にして置かれていた剣の柄を握り、降ろす。はじめから抜き身で飾られていたそれは細身片刃、サーベル型の剣だ。
「もちろん付き合ってあげるよ? 存分に愉しもう」
「っ!」
急激にぞんざいに。間が詰まる。
振りかぶることさえなく弄ぶように突き出される剣先に抗い、払い払いしながらロプスは後退った。
だがいまその手に握られているのは愛槍・戦乙女ではない。王家の護剣でもない。
香毒の影響はしつこく全身を縛り続け、いちど転ぶともう直ぐにはまともに立ちあがれない。容易く見破られて足元を脅かす払いに呆気なく足をさらわれる。仰向けに尻餅をついてさえも突きだした短剣ははね飛ばされる。
「っ!!」
脅威を奪い去った剣を置き、不気味に伸びてくるコラルドの両の手が細首にかかった。
「私はね······美の収集家なんだ。そして救済者なんだよ? 時という檻から美しい者たちを解き放ち、永遠にその美をこの世へと縫いつけるのさ。
いまはあれが限界だけど······そのうちきっと、完全なる保管法を見つけてみせるよ。私は必ずやってみせるとも······だから安心しておくれ? その時は君もきっと一緒だ」
喉を締め付けられ、呼吸を圧迫され、男の指が徐々に食い込んでくるのを感じる。
こ、ん······な······ッッ······! い、やだっ······!
──その時。
「「ロプサァーヌゥッッッ!!!」」
何処の誰に聞かれようとも構わず。
求める相手に届けと張りあげたユオルの叫びが、天井裏に響き渡った。
恐怖と絶望に閉じかけようとしていた心の扉が一気に解き放たれた、とロプスは感じた。
「ッ!! ユオルぅッッッ!!!」
突然の騒音にコラルドもギョッとして身を固めている。今しかない! 振り絞れッ!
「ぬがあああッ!!!」
なけなしの力をこめて絡んでいた手に歯をたてる。
「ギャッ!!?」
叫んで上体を起こした所へ、顎めがけ渾身のひと蹴りをお見舞いし、それでも退かぬので残った脚で強引に突き放した。
相手がひっくり返った隙に身を起こすと、ふらつきながら壁際へと走る。
目指すべきは扉──ではない。
手に求めるのはそう、扉の把手ではない。
奴が手にしたサーベルと対をなして飾られているもう一本の剣!
ロプスはこれに手を伸ばして掴みとる。正真正銘最後の頼みの綱。だがユオルが自身を曝してまでここまで来てくれているのだ。絶対に諦めてなるものか。
「くそったれが······まったく無粋な輩だ。モンデラッセの手下どもは何をしているんだ。お陰でとんだ目に遭ったじゃないか」
コラルドは冷ややかな笑みを引き攣らせながら、置いていた剣をとり立ちあがる。少女が揺らぐ剣先を突き出しているのをみて、チッと舌打ちをのせた。
「ああ残念だ······本当に残念だ。せっかくのお愉しみがもう終わりなんて。ゴメンよ? 紛れこんだクソ鼠を潰すよう、家来どもに命じなけりゃならなくなったんだ。一応、これでも当主代行だからね」
「······もう口もききたくないんたけど、ひとつだけ訊くよ。あのずらりと並んだ人形。まさか手にかけた娘たちの数って訳じゃないよね」
「どう思うぅ?」
「!!」
もう受けになど回らない。こちらから打って出る!
勇を奮って踏みこみ切っ先を繰りだす。鋼と鋼が交わり、矢継ぎ早にくるくると舞う。室内中に人工的な低く鋭い音が籠もり耳を突く。とんでもない速度でなけなしの体力がすり減っていく。腕が痺れ、呼吸があがる。
コラルドはどう見ても活動家といった風ではない。身体つきとて細身だ。とはいえ貴族としてせいぜい嗜み程度には剣術を身につけているらしく、いまのロプスならば互角以上に突き返してくる。
身長差、体力、腕力。さすがにすべてにおいて今この場ではコラルドに分があるうえ、変に搦め手が達者で、気を抜くとすぐにでも剣を巻き取られてしまいそうになる。長引くと不利なのは明らかだ。
次で······決める······ッ!
ロプスはわざと間をおいて息を整える。そして──
「ッ!」
一気に相手の懐へ踏み出した。
「はッ!」
無謀な!正面から真っ向の攻め手に応じコラルドも剣を突きだす。鋭い剣先がねらう先はロプスの額の中心。
刺さる! そう見込んだ刹那。
少女の陰が急速に沈むのをコラルドの視覚はとらえた。あまにも短い間において、呟きにすらならぬ声が吐気にまじって漏れる。
身の軽さも力もすべて奪われた現状で、彼女に唯一残されたもの。
あるいは、それは弊害といっても差し支えなかろう。その最後の武器を彼女は最大限に活かした。
大きく開脚し仰け反るようにしなやかに身を反らしながらも突きだされた剣先は、交差気味に迫る相手の右肩を自然の理において捉え、刺し貫いたのだ。
「ぎャァァァァッッ!!痛ぁぁぁぁーーーーーぃいいいッッ!!」
絶叫して仰け反るコラルド。剣を捨て身に食い込んだ剣を抜こうとするが、ロプスはそれを許さず押し通す。
さらにおぞましい叫びをあげてコラルドは床に倒れ伏した。こんどは逆にロプスが馬乗りの恰好となる。
だがどんなに懇願されても暴れられても、ロプスは突きたてた刃にこめる力を決して緩めようとはしなかった。
「これまでの報いだよ······彼女たちの無念、思い知れェェッッ!!」
さらに刃を押し込む。あまりの激痛にコラルドは最後のひと息を吐くと、ふうっと静かになってしまった。失神したのだ。
「はあッ、はあッ、はあッ······」
ロプスは己の激しい息遣いのなか、男が気絶しているのを確認すると、ようやく剣をひいた。
よろけながらたちあがり、コラルドのなげ出していた剣と己の短剣も回収する。
扉へと寄って声をたてた。
「ユオルッ!? ユオルーーーッ!!」
だが。
なんの返答も反応も返ってはこなかった。
近くにはいないと思い、他所へ捜しにいってしまったか?
焦って把手をひくが鍵がかかってビクともしなかった。コラルドの傍へ戻って寝巻きを探るが、それらしい物は何もない。
くそ、この変態め! あと脱出できそうなのは······
「窓だ」
冷たく月光さし込む窓。四角くて幅広な、両開きの窓。
遊戯室。そういうからにははめ殺しの飾りである筈があるまい。
ありがとうございました。
終わりまではまだ少しかかります。
細部を修正。




