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(ふつ)掛け売り【大勝負】⑥


 己の前を閉ざす人数は増える一方だ。突破に時をかけていればますます窮地に追いこまれる。

 だが相手もそう人数のあるわけではない、反対に薄手となった箇所もある。

 圧迫を避けんとしたとっさの判断が、彼をもっとも無謀な行動へと駆りたてる。


 とち狂いでもしたか。

 なんと彼は身を翻し鉄柵をのり越え、屋根裏回廊の端から延びた太梁へと足を踏み出したではないか!

 あまりの行動に敵対する者らでさえあっと息を呑む。



「ぅおおおおおっ!??」



 腹の底から恐怖がこみ上げたまらず喉を突く。そうでもしなければ身が竦んでしまっただろう。

 巨大な建物を支える梁は太く、人ひとりが乗ろうが容易に揺らぐことはない。ゆえに渡ること自体は不可能ではない──がそれは理屈としては、だ。

 梁はとにかく古い。すっかり角も丸びていて隙あらば足裏を滑らせようとする。左右には正真正銘、真の闇がぽっかりと口を開けて待ち構えているのだ。もし堕ちれば本当に煉獄まで真っ逆さまに直行してしまいそうだ。


 ユオルはともすれば均衡を崩してしまいそうになりながらも必死に恐怖を押し殺し、かなう限りの速度で対岸を目指した。足を止めたらその時が最期だと直感していた。


「ええいビビるな! 行け行け──ッ!!」


 暴挙に気をとられていた追手どものなかからも、ユオルに負けず劣らずの考え足らずか、もしくは勇敢な者が背後からひとり、またマズイことには行く先からもひとり、すり足で危険な舞台へと踏み入ってくる。


 挟まれた。己の短慮からくるさらなる窮状に足がとまる。

 やむを得ずよりはやく追いついてきた追従者と突きあう。とても全力なんか振るえはしない、せいぜいが剣先でつつきあう程度。だが足元への一撃、それだけで用は足りるのだ。たがいこれを牽制することに必死になる。

 一合ごとに心を呑みこもうとする恐怖が倍増していく。研ぎ澄まされた聴覚と精神が、背後にも近づくすり足の音を伝える。ユオルは自身の路がいよいよ窮まったことを痛烈に覚った。


 この後を考える場合じゃない!



「力を貸せぇッ、龍晶ぉッ!!」



 左手首に回された腕輪の龍が暗闇を蒼緑の輝きで射る。

 ふたたび迫った男は不意の突風によって剣を弾き落とされたばかりか、自身の身さえ危うくなり宙でばたばたと腕を振り回して、蒼白の表情で古木へしがみつく。

 これをみて一瞬で末路を悟った行く手の男は、顔色をかえ道をもどり始める。



「どけどけぇ!! 全員叩き落とすぞォォォッ!!」



 ユオルは叫んで前へと出る。

 慌てふためく男を追いかける形でそのまま対岸へと渡りつくと、仲間が助けようと両腕をひっ張って男を助けている間に、傭兵どもを踏みつけながら回廊へと降り立った。追いすがってくる者には風を叩きつけて体勢を脅かす。


「うわぁぁッッ!?」


「ひぃいいッッ!?」


 何人かは煽られ、いまだ梁にしがみついたままの男同様、頼るにはあまりに心細い鉄柵にしがみつく羽目になった。






 死んだ死んだ死んだーーーーッッ!!



 今更ながら襲ってきた恐怖に抗って心中で大絶叫しながら、ユオルは口を開いた階段への通路へ突進し、螺旋階段を駆けあがった。


「団長ぉッッ!!」


 勢いをつけてどん詰まりにあった扉へと突進するが、鍵などはかかっておらず、あっさりと開いた扉を跳ね飛ばしてゴロゴロと室内へ転がりこんだ。

 部屋の中は薄暗く、わずか窓から薄明かりがはいるのみで、そこには誰もいなかった。物置にでも使われているのか、古びた家具と思しき残骸がいくつか積まれている。


「······くっそぉぉぉッ、外れかーーーーッッ!!」


彼は即座に立ちあがる。腹立ちを木霊にしながら階段を駆け下りていく。








 ゆっくりと身体を起こす。ここはどこだ。

 いや、今はいつだ? 暗い。

 自身、閉じ込められていたために時の感覚は鈍り、暗闇にも慣れきってしまっている。冬とはいえ、わずかな天然光からしれる差異は明確だ。この闇は無理に日光を追い出して造られたものじゃない。

 してみると夜なのだ。だが──部屋は暖かい。


 徐々に五感が慣れ、状況を伝えてくる。

 部屋には暖炉が焚かれているらしく、パチパチと薪の爆ぜる音がかすかに耳の底に沁み入る。

 ロプスは急には動かず、ただじっと耳目を澄ませることに専念した。努めるうちに、より迅速に神経が覚醒してくれることを願って。



 監禁され放置されている間、もちろん大暴れした。

 なんとか脱出してやろうと躍起になった。

 しかし部屋は扉もふくめて驚くほど頑丈に出来ていて、椅子を振り回した程度では、ほんの少し傷をつけただけに終わった。

 窓もニコラが出てすぐに、外から板でつっかえられて塞がれていた。しまったと思った時にはもう遅かったのだ。


 細い隙間から辛うじて射しこむ陽が昼夜の別をしらせる唯一のものである日を二日、送った。頼みの綱の戦乙女はすでに盗まれており、手持ちに残された武器は小鞄に忍ばせた短剣のみで、何とかならぬかと窓や扉を掘りたててみたものの、刃が欠けるだけでやはり徒労に終わった。

 彼女に出来たのは己の不明をなじることと、好機にそなえ身体を最大限休ませること、そして室内にあった水挿しの水をちびちびと舐めることだけだ。なにか盛られているかもしれないが、最低限口にせぬ訳にはいかなかった。


 覚えている限りでは三日ほどは経ったのだろうか。

 空腹はすでにかつて味わったことのないほど限界をむかえ、横になっていてさえ目眩いがしてくるようだ。


 指先に気が通ったのを確かめ、ロプスはやっと身を起こした。

 本当にここは何処だ。うっすらと宙に浮いた記憶があるのは、誰ぞに運ばれてきたからか。

 わなつく手脚でなんとか立ちあがるが、やはり嗅がされた薬の影響か空前絶後の空腹のせいか、強烈なたち眩みを覚えた。

 無理もない。ほぼまる三日ちかく食物(こけいぶつ)を口にしていないのだ。皮肉なことに、時折流れてきたあの甘苦い香りで強制的に眠りへ陥れられたことで、ギリギリ動けているのだ。


「目が覚めたかい?」


 薄暗がりのなかから飛んできた声にギョッと総毛立つ。部屋の中央におおきなベッドが据えられているのに目に行った。そこに腰掛けるひとりの男の姿が滲む。

 まだ若い······あの領主貴族の道化子息だった。


「ようこそ、わが遊戯室へ」


細部を修正いたしました。

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