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(ふっ)掛け売り【大勝負】③

視点があっちこっちします。

あらかじめご了承くださいませ。


「それで。見当はついてんの?」


 上首尾にはいり込めたまではいいが、問題はこれからだ。灯を消して番小屋を後にした侵入者たちは、いよいよ邸を護る本壁の扉を前にする。この扉を開けてくぐれば、あとはもうおいそれとはひき返せない。

 ジャノは用心深くじっと聴き耳を澄ませてから、建物の概要を説明する。


「邸は中央の本邸のほかに別棟が一棟、さらに離屋が一棟ある。この扉のむこう、むかって右に使用人たちのすむ別棟が、左に本邸がみえるはずだ。私兵どもがつかう離屋が本邸のさらに左奥にあって、表門の番小屋にも門衛が常駐している。

 本邸と別棟は通路で繋がっていて、ここを横切って通り抜けることは出来ない。通用口くらいはあるかもしれんが」



 番小屋側の扉をあけ、三人は庭へ踏みいった。

 話では乱痴気(らんちき)騒ぎをしていたとのことだが、それももう静まったのだろう。邸内はシンと静まり返っており、灯りもなく真っ暗だった。

 目の前には芝の庭が広がり、ジャノの言葉どおり、右手に一階建てほどの一棟が、そして左手には比べるべくもないおおきな二階建ての本邸が、どっしりと風格をまとって闇に沈んでいた。なるほど、使用人たちの住居と本邸の間に抜けはなく、双方をつなぐ通路が城壁のように立ち塞がっている。


 代々領主が住んできたという邸だ。どこか古城の造りを彷彿とさせるのも、忌まわしき百年前の嗜好(しこう)が反映されてのことなのだろう。

 美しい夜で雲は少なく、射す月光の銀の光を、本邸の鋭く傾斜した屋根にのる瓦が反射している。そこへもって何本か屋根から尖塔を生やしたその姿は、過ぎゆく雲と平坦な庭の合間にあっては、まるで厳しく海原をゆく巨大な船のようにも見えた。


「俺はこのまま本邸を目指す。アンタらは出来れば別棟をあたって欲しいが」


 ここからは別行動に、ということか。

 たしかにカーラがいるのはほぼ間違いなく本邸。対して、ロプスとニコラが閉じこめれられている場はどちらにも可能性がある。まあうなずける方針だ、万が一のロスも予防できる。


「とはいえさ、居場所を絞れるにこしたことはないよ」


「それはそうだが······」


「へーきへーき。頭さえつっ込める隙間があれば足りるからさ」


「?」


 マイシャの謎発言に首を傾げながらも、ジャノは

「こっちだ」とふたりを本邸のほうへ誘った。


 窓下によってみると、木窓は当然といえば当然でしっかりと戸締まりがしてあった。位置もたかく、なにか仕掛けようにも、ジャノはおろかユオルが伸びあがってなんとか触れる程度だ。

 どうするのか、と思っていると、ジャノはなぜかユオル(こちら)をみて、つぎに地面へと視線をむける。


「······」


「悪いな」


 返事に窮してマイシャへ視線を転じるが、


「悪いね」


無情にも返ってきたのは同様の言葉だった。

 むっつりとしながらユオルが窓下の地面に手をついて四つん這いになると、ジャノは遠慮なくその背にのる。そうして袖先のあたりをいじっていたかと思うと、パチリ、と音をさせて右腕の手首側から薄刃の鋭い物がとび出した。

 また隠し玉か。以前にみせたのは脚のそれだけだったが、この分ではまだ色々仕込んでいそうである。


 マイシャが油断なく見守るなか、彼は薄刃を両扉の間へ挿しこむと、慎重に探りながら下から上へと刃をずらしていく。幸い封をしていたのは(かんぬき)ではなく掛け金だったらしく、きわめて静かに、カチリと向こう側で外れる音がした。


「よいしょっ」


 場所を譲ったジャノにかわり、今度はマイシャがユオルの背に脚をおき、ノシリとすこし弾みをつけてから窓の石枠に身を持ちあげた。

 ······どうせよじ登るならわざわざ俺に乗ることはないだろう。


「何いってんの。これからどんだけ弦を弾くか分かんないじゃん。極力腕を使いたくないんさ」


正論だけに文句もいえない。

 窓はたかい位置にある分大きさはまずまず。人ひとりが潜りこむには充分だ。が、まずは確認と、マイシャは片側だけ開けた扉のなかへ、さも穴倉の匂いを嗅ごうとする猟犬のように頭をつっ込むと、じっと様子を窺っていた。

 ややおいて満足げに戻ってくる。


「ビンゴだね、手間が省けたよ。ふたりとも本邸(こっち)にいる。気配は薄いけど。カーラもロプスもかなり上、たぶん尖塔にある部屋かな。ただ、ニコラだけは反応がない。別棟にいるのか、範囲外にいるのか······」


「······判るのか?」


 たったそれだけで、と言いたげなジャノは、驚きと懐疑半々の視線をマイシャへと向けている。そこは土を払った先達が、皮肉な溜め息をもって捕捉してやるしかあるまい。


「世の中にはな、そういった事が出来る連中もいるんだよ。異邦人、なんて反則めいた人種がな」


「反則とは失敬な。規格外とおっしゃい」


 たいして変わらんだろ。


(異邦人? 実際の話だとは。成程······であれば親父たちのアレはたんなる与太話ではなかったか)


「何?」


「······何でもない、忘れろ」




 いまだマイシャの贈り物を完全に信用した訳ではないのだろう。が、ジャノは大方針を変えたりはしなかった。どのみちカーラは本邸(ココ)にいると踏んでいたのだ。ならば計画を少々修正して彼が二階以上を、もうこちらが下を捜せば事は済む。


「よし、行くぞ」


 身を強張らせる寒さはとっくに感じない。かわりに全身を浸す緊迫した気配が、心の臓を昂らせていく。誰が言った言葉だったかも忘れるほど三人はひとつの意思に従って、そっと窓から内へと入りこむ。


 足音静かに配慮してとび降りると、足裏にすこし凸凹した石床の感触が伝わってくる。どうやら廊下のようだ。裏口側の窓よりの侵入なので邸の奥まで巡っている回廊、ということになるのか。


「そうだと思う。多分ぐるりと邸の壁に沿って一周してるんじゃないかな、基本的には」


 まだしも貴族の邸を見知ったマイシャが予測を口にした。


「二階以上へつづく階段は······たぶん表口の方かな。おそらくだけど、このまま左手にすこし進めば食堂へとつづくドアがあると思うよ。使用人たちがつかう裏廊下でしょ、ここって」


「施錠はしてあるだろうか」


「どうだろうねえ。窓や何かならともかく、邸内だしよほど重要な箇所でもない限りは、不便でしかないしね」


 邸主の、または家令の性格次第といったところか。 

 私は右手に進んでみるよ、とマイシャはいった。


「まだニコラの居所がつかめない。いちおう使用人棟の方も探ってみる」


「わかった。じゃ、俺たちは左へ」


 暗いが、目はすこし慣れてきた、行けそうだ。

 三人は確認しあうと左右へ分かれ、捜索を急ぐ。








 まったく抜かった。妙だとは思ったのだ。

 カドヴァリスは医術の国だ。大陸神教の坊主なぞ頼らなくてもかかりつけの医術師くらい抱えているだろう。それはいかに辺境の小貴族とて例外ではない。


 ニコラがおかれた状況はおおよそロプサーヌと同じであった。患者が待つと案内された部屋へ入り様、先立って室内へ足を踏み入れたと思ったら、後ろからガツンとやられ、意識がとんだ。

 おそらくは案内したあの女召使いがやったのだろう。

 華奢にみえて相当の者だったか、それとも打ち所が悪かったのか、最低でも丸一日は意識を失っていただろう。気がつくとすっかり辺りは暗く、両腕は後ろ手に、おまけに足まで縛られて床へ転がされていた。以来他者がやってくることは皆無である。


 なんたる······ことだ。


暗闇のなかでニコラは己を恥じた。


 こんな······こんな無様を晒すなんて。

 

 八歳の頃より実家を離れ、教会へと奉公して十余年。もはや本能といってもいい一種の弱点をつかれ、むざむざこの様とは。

 これが一介の僧侶であれば、それでもいい。この末期が神の意志とういのであれば受け入れもしたろう。

 だが。今、自分には護るべき存在がいる。

 なかなかに生意気なじゃじゃ馬で、しかし見所のある小さき若者だ。彼女はけして弱くはないが、とても危なっかしい。お節介だろうとも誰かが付いていてやらねばならぬのだ。

 しかし自分はその任をしくじり、彼女を独りにさせてしまった······


 冷えた身体をよじり、なんとか緊縛からの脱出を試みるが、さすがにわざわざ手間を掛けたとあって結目は固く、とてものこと抜け出せるものではない。


「く······」


 ニコラは足掻くのをやめ、ゴロリと腹這いにもどる。床へ顎を突き出すようにのせて前方をにらんだ。たがどんなに睨んでみても、見えるのは薄汚れた壁くらいのものだった。

 と、なにかの拍子か、右手の中指に指先が触れた。硬い冷たい手触り······。



「──ある? 指輪が······!」



 まさに天佑。てっきり奪われたとばかり思っていたが、有り難いことに悪人どもは行き掛けの駄賃までは持っていかなかったらしい。


「これさえっ······あれば······っ」


 ニコラは勇気をとり戻し、あたりに目を走らせる。うごうごと芋虫のように身を回し、あらゆる方向を確認する。

 だが······だが、ああ水、水がない!


 ロプスやユオルの風の龍装術とは違い、ニコラが新教国より預かる龍晶、号グランディオッサの術には水が不可欠なのだ。環境を選ぶ使い勝手の悪さの替わりに、特異な環境下では理論上、無尽の質量を発揮する、そういう類いの力なのだ。


 くそ······水、水!!


 まるで砂漠に捨て置かれた旅人のように──実際乾いてたまらない──ニコラは水をさがし続けた。

 駄目だ。見える限り部屋にはなさそうだ。術を起動してみれば話は簡単だが······危険のほうが勝る。喉は枯れ、空腹で、いったいどれだけ龍晶に力をまわせるか判らない。ガス欠になっては最大の好機とて活かせない。

 それでも水、水と考え続けたニコラに、ついに一条の閃きが降りくだった。



 ······そうだ、あるではないか。目を凝らすべきは外ではない──内だ······!






 ギィ。静かな軋みをたてて、一室の扉が開く。

 中よりでてきた影はそっと通路の様子をうかがって、また静かに扉を閉め直す。念のいったことに()までかった。が、鍵穴からでてきたそれは不自然に、彼の左手のうえで頭を逆さにして直立したまま留まっている。

 ポタリ、となにかが滴りおちる。

 血だ。無惨にもニコラの割れた額から滴る血。倒れる時まともにいき過ぎてしまった······


 そう。彼は自ら額を割り、その血でもって自らの術を(あがな)ったのだ。

 窮地に置かれてまた一歩、ニコラは龍装術の深淵へとふれた。

 収縮と膨張。双方を同時に意識しつつ、(こしら)えたわずかな刃で縄を斬り、おなじ要領で施錠も解いたのだ。


 ズキズキと額が痛む。だが治療は後回しだ。

 愛用の杖は奪われてしまっているし、ならばこの血刀こそが身に残された唯一の武器だ。治療へと力を回せば、おそらくもう龍装術を維持できない。この、貧弱な武器もたちどころに赤い液体に戻ってしまうだろう。

 いまグランディオッサの琥珀の輝きを途絶えさせることは出来ない。


 それにしても予想以上に目が霞む······


 ニコラは奥歯を噛み締め、何処(いずこ)ともわからぬ廊下を前進するのだった。


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