(ふつ)掛け売り【大勝負】②
ほとんど密閉された室内に、不自然に甘苦い香りが充ちる。どこから入ってくるのだ? おそらくは扉の下から。だが室内にいる唯一の人間には、それを確かめる術もゆとりもなかった。
それまで椅子に腰掛けていたであろう少女は、ついに床へと倒れこみ、甘い煙の漂う夢の世界に遊んでいる。ほぼ無理やり引きずり込まれしまったことを示すように、悪夢でもみているのか、眉間に皺が寄った不細工な寝顔をさらしている。
これを窺って、音もなく扉が開き男が入ってくる。
「チッ、ようやく寝落ちたか。いやに耐性のあるガキだ」
男は零すと、仰向けに寝転ぶ少女の身体を足で転がして、背に負っていた白の得物を鞘からひき抜いた。
これまで多くの武具を扱ってきた男だからこそわかる。珍しい手触りに、ためつすがめつする。
「ふん。武器は······これだけかい。まだ隠し持っているかもしれんが······まァいいか。わざわざそこまで骨を抜いてやる必要もあるまい」
何かあろうが奴にはいい薬だ。
騎士ホボルクは白槍を手に立ちあがる。すこしの間少女の寝顔を見下ろしていたが、たいして面白くもなさそうにフン、と鼻でやると場を後にした。
無論、扉にはしっかりと鍵をかけて。
「う······」
寝苦しそうに、わずかにロプスが呻く。うっすらと。だが、僅かにその瞼がひらいた。
身体が重い、腕をあげるのさえ億劫だ······
背へと伸ばした手に空の鞘が触れる。虚しい感触にロプスはそれと悟った。
「戦乙女······盗られ······ちゃ」
のこりは発音さえも自由にならなかった。ロプスはふたたび作為の腕によって、強烈な眠りの底へと連れ戻されていった。
丸一日を得る所なく過ごしてしまった。そして今日も陽は傾きつつある。
昨夕、スリベロン邸を去ってからも、ユオルとマイシャは無駄に考えこんだりはしていなかった。
港の酒場を巡り、こんどは我が団長と坊様の特徴を伝え、この足取りを探ろうとした。だが何ら掴むことなく終わったのだ。今日こそは、とずっとモンデラッセ邸に張りついて様子を窺いつつ、出入りの者らに片っ端から当たるが、これも今のところ芳しくない。ふたりはいよいよ焦りを募らせ始めていた。
そんな時、
「よう」
目前に乗りつけていた荷車が過ぎた後、そこに立っていたのは──
「······! ジャノ・トレバリ!!」
あの赤毛の鎖鎌使いだった。反射的に身構えるふたりに、ジャノは両手をみせて今が空手なのをアピールする。が、そんなものに今さら騙されたりはしない。影刃で首を突かれたことはそう簡単に忘れ去れる記憶ではない。
「モンデラッセに言われて始末しに来たのか! どうやら 狙いは当たりだな!」
ユオルの言にジャノは皮肉な、と唇をゆがめた。
「まあ聞けよ、なにもアンタ達と事を構えにきたんじゃない。······話がしたい」
「話?」
妙な節回し、そして神妙な声音だとは感じたが、ユオル、マイシャは身構えを解く様子はない。ゆえに、ジャノは端的に二択のみを問うた。
「聞くのか? 去るのか?」
「······聞こう」
さすがにこの場で、とはいかないだろう。場を変えることにした。
三者は黙りこんだまま場を離れ、倉庫街へと移動する。入り組んだ、通りかかっただけではけして気付けないような場所で鍛冶師は足を止めた。
壁に寄りかかったジャノはふたりをあらためて眺める。
さて、どう切り出したものか。
「で······?」
言葉少なに、いざとなればすぐにも動ける、より出口に近い側をとったユオルが問うた。
「──アンタら、人を探してるんじゃないか」
「そうだとしたら?」
「実は俺もでね」
「カーラなら、知らない」
「あの子の居場所なら知ってる」
「じゃあさっさと行けよ」
「そこが厄介でね。おそらくはアンタ達の尋ね人とおなじ所にいる」
むっと、ユオルらの表情が変わった。
「じゃあ──アンタ、ロプスの居所を知ってるって言うのか」
ああ、とジャノは首肯する。
「確実じゃあないが······モンデラッセの所で聞いた。つい最近、あの変態貴族にまたひとり娘が捕まった、ってな。日どりからみてカーラじゃない」
嘘。いや、じっさいには嘘にちかい不確実な情報である。はじめに断ったのは、まだしも彼の良心が働いたからだ。どんな言葉を吐こうがせっかく惹けたふたりの関心を逃したくはない。
ただ仄めかしただけ。そういうことだ。カーラでないなら誰だ、尋ね人である可能性はかなり高いのではないか、と。
「じゃあ、ロプスはいま······」
問うマイシャの声に、ジャノは無言で返答をよこした。
「──やはり、スリベロン」
なかば暗澹たる雰囲気が場を支配する。推測は当たっていた。よりによって領主の邸にか。しかもこいつの口振りからすると、大手を振って動きまわれる状況にもない。だが。
「······行くぞ」
ボソリとした呟き声が暗幕をやぶった。
マイシャとジャノが視線をあげると、ふたたびより強く、ユオルが声をあげる。
「行くぞマイシャ、団長を救ける!」
「······確認するけど。喧嘩売るってことでいいんだよね。地元の貴族相手に」
「知ったことか。貴族も商人も、悪いがグランツさんの商談もな。俺にとって──俺達にとって最優先はロプサーヌ団長だ」
言い残してすぐ様踵を返そうとする。合格点の答えだ。ジャノは身を起こしてその背に問いかける。
「だとして!──どうするつもりだ。あの塀は高いぞ」
「知るか、のり越えるさ」
「······内には門番だっている。貴族の邸だ。人手もそれなりにあるし、騒ぎになれば即詰みだぞ」
ぐっ。己の腕が掴まれて制動をうけた事にユオルがみると、マイシャが後ろ手にこちらの腕を絡めているのだった。
「忠告をくれるからには······まだ続きがあるのよね?」
「提案だ。手を組みたい。──いや。手を貸して欲しい」
「······さっきも言った通り、私達の最優先はチビ団長だから。ほかはカーラだって二の次よ」
「構わんさ。俺だってそうだ」
夜が更けていく。時の頃は夜の二刻をまわったところか。
おのおの準備して夜を待った三人は、そろりと足音を忍ばせてスリベロン邸へと近づいて行った。
これから敵地へと強行突入するというのだ。ユオルとマイシャは邸内での戦闘を視野にいれ、武具の手入れ、身の護りも怠りなく完全に整えてきた。逃げ出すことも考えると流石に盾までは持ってはこられなかったが。
対してジャノは隠密性を重視してか、変わらず傍目からは空手のままにみえた。肩に掛けた荷袋と腰の後ろに挟んだ二丁鎌だけが、ギラリとした剣呑さを臭わせる物だった。
たがいの恰好に呆れの視線をむけあってから、三人はいよいよ暴挙にとりかかることにする。
「どうやって入る気だ」
昼間、あらかじめ訊ねておいた時考えがあるとのことだったので、自分は準備をしてこなかったが。
「こいつさ」
ジャノは荷から別口のちいさな革袋をとりあげた。
「門番の男から頼まれていてな。酒場の女にやるんだそうだ」
おそらくは細工物か、と見当をつける。
「······抜け目ないな」
ユオルの言葉に、ジャノはまったくだ、と内心自嘲して嗤う。陰謀に巻きこまれるうち、すっかり染まってしまった。
ジャノは身を起こすと、裏門の木扉をひかえめに叩いた。しばらく辺りをはばかりながら繰り返していると、やっと壁向こうで気配がして、迷惑そうな声が返ってきた。
「おい、開けてくれ。ボンパイノ」
「なんだ? ジャノか? なんだってこんな時間に。こちとらやっと寝入った所だってのに」
「頼まれていた物を持ってきた」
ギィと扉をわずかに開けた門番はぬっと手を出す。横着にもそのまま受け取ろうと言う訳だ。
「······おいおい、モンデラッセ旦那の抜け荷品を格安で出してやるんだ。酒の一杯くらい馳走しても損はないだろう?」
「──まあ、それもそうか。入れよ」
ジャノが扉をくぐると、門番の男は眠そうな顔をして欠伸をひとつかました。息が酒臭い。寝付く前にも呑んでいたのだろう。
「もう少し早くくりゃあ振る舞い酒にありつけたのに。やり損なったな」
「なにかお祝いでもあったのかい」
「ああ。坊っちゃんの花嫁が無事保護されたのさ。それでご機嫌麗しゅうって訳だ。さっきまで皆して騒いでたんだぜ?」
「ふぅん、そいつは残念だ」
むしろ都合がいい、と腹の底では思いながら、酒のせいか扉を閉めることも忘れて──意図的にジャノが己の身で隠していたこともあって──先にたって番小屋へとよろけ足で案内をする男につづく。
ふたりが小屋のなかへと消えてから、ユオルとマイシャはそっと内へ侵入すると、扉をしめ、番小屋へと忍び寄った。蓋をされた木窓の隙間からは光が漏れ、室内に灯がはいったことを報せている。
ギィ、と小屋の扉がわずかに軋んだ。
ふたりは頷きあうと足早に忍び寄り、あとはもう勢いをつけて踊りこんだ。
突然の乱入に驚いた門番があわてて小剣を抜こうとするところに飛びかかり、ふたりがかりで押さえ込む間に、後ろからジャノが叫ばれぬよう、口へ空にした麻布をつっ込む。さらに三人がかりで有無を言わせず縄で口と手を縛りあげ、とどめに柱へとしっかり縫いつけてしまった。懐にしていた鍵束は忘れずに頂戴しておくことも忘れない。
理由も分からず目を白黒させて呻く男に、ジャノは手にした繊細な銀細工の装飾品をみせつけ、粗末な卓のうえへと置く。
どうやらやっつけではなく本気で拵えてきたらしい。職人としての筋を曲げないあたりは律儀なものである。
「すまんな。詫びにこいつは無料でいい」
ありがとうございました。
残りもしっかりやります。




