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秤【対価】

ラストです。


 冬の一日は短い。はやくも夕暮れのせまる頃、ユオルとマイシャはスリベロン邸の裏扉を叩いた。

 ずいぶん待って、やっとひとり、門番らしき男がにょっきりと顔をだす。


「なんだお前達は、こんな時刻に」


「非礼はお詫びします。じつは此方に私どもの仲間がお邪魔していると伺ったもので」


 ああん、と門番は目線と同様、声の調子を上ずらせ、旅程ですっかり貫禄ののったふたりの恰好を上から下まで見定めた。


「お前は······傭兵か。卑しく小銭漁りか。そんな性根で当家に関わるなら捨て置かんぞ」


「いや、けしてそんな心算(つもり)ではありません。我々の仲間を──藁色の髪に水色の瞳をした、これくらいの背の」


と、ユオルは自分の胸下のあたりへ水平にした手をかざしながら、


「少女を探しているんです。此方へ来たのではないかと」


「あと坊様ね」


マイシャが忘れずに補足する。


「──知らん」


 男が素っ気なくいって扉を閉めようとした。鋭く察したマイシャがさっと扉を抑えた。


「嘘はいけないねぇ、嘘は」


「なっ、何のつもりだ! 知らんものは知らんぞ!」


「ウィルニッツ邸でこちらに伺ったと、確かに訊いてきたのですよ?」


「何処で聞いて来ようが知らん! そんな者は来ていない!」


 慌てようが益々臭い。このテの匂いに敏感なマイシャが脅しをふくんで食い下がる。


「その子らはウィルニッツ様の意を汲んでの訪問だったんだよ? それでも?」


 主人がつよく関心をしめしている家名をだせば、さすがに無視はできないだろう。そう踏んだのだが。


「く、くどい! 当家とそんな者に関わりはないッ!!」


粘りも虚しく、とうとう突っぱねられ、門を閉じられてしまった。



 参った。最後の綱だったのだが······

 これでまた、ロプスやニコラとの筋が絶えてしまった。カーラを捜しに出たあの日を境に、ふたりの顔を見られていない。


 彼女らの足取りを追うふたりの道筋は、おおよそその足跡をなぞるものだった。いきなり貴族家へ押しかけ、


「傭兵の少女はいるか」


などと聞けたものではない。ならばまずは、まだ抗し易いモンデラッセ邸へ、と考えるのは自然の成り行きだったろう。

 だがそこでもいない、とあしらわれた。

 応対こそ丁寧であったが、門前払いにも等しい内容だ。そこでやむなく此方へと出向いたのだが、結果は今見ての通りだ。


「参ったな、どうすりゃいいんだ」


 ユオルは暮れなずむスリベロン邸を仰ぎながら零す。


「とにかくモンデラッセか此処か、ロプスが居るのは間違いないんだ。まずは証拠を掴むしかないっしょ」


 現実的な意見に首肯するしかない。


「······アンタの力で搜せないか? 例の、ほら、【審眼】とかいったっけ」


 マイシャは目を閉じ、眉間によった皺を人差し指でこすりながら答えた。


「んー······さっきからやってんだけどさ。少なくとも見知った反応は感じられないね。この邸広すぎだし、建物の壁貫通できる程のモンじゃないし······ごめん」


「そうか」


 仕方ない。なんの確証も得ずに、他国の貴族や大商人宅に踏み込むなんて真似は出来るわけもない。

 何もかもが自国とは勝手が違う。ユオルにしろマイシャにしろ、ここまで本格的な異国滞在は初めてのことで、どうすれば最善なのか、即決断とはいかない。せめてニコラが居てくれれば違ったのだろうが。


 他国である──たったそれだけの事情が、ユオル達の判断を慎重にさせた。まさか相対する貴族が想像以上の外道(もの)であるとは思いもよらずに。

 だが、それでも。ともすれば致命的ともなりえる失態を、その日ふたりは犯した。







「ではこれにて」


 家督相続裁判における最終申立が終わった。

 公平を期すため、かりの裁判所となった大聖堂(カテドラル)の一室に木椅子の音が木霊する。

 裁定官を意味する、黒衣を着けた代官から先に退出していく。太ってはいないが中背の、細面な猿のような顔にチョロリとした口髭を生やした男が前をすぎ、退室するまで、ジーナは叩頭しつづけた。見ずとも判る。内心ははくほくものである癖に、面だけは厳しく繕っているであろう男の顔なぞは。

 つぎに、わざわざ足労を願った証人らが退席して、室内にはウィルニッツとモンデラッセという、二派閥の長だけが残る。なぜこの場にこの男がいるのかといえば、じつは彼もウィルニッツの証人として列席した身である。が、内訳は反証人にほかならない。

 代官へはへりくだった態度を見せていたふたりは、たがいに会話を交わすことも、視線を合わせることもなかった。モンデラッセは冷笑をひとつ浮かべると、とり巻きの者らをつれて退出していく。ジーナはこれも、不動のまま見送った。

 裏で進めていた裁判の結審はずるずると先延ばしになり、こうして最終申し立てにまで及んでしまった。ここから最終的な裁決が下るまでにはまだ大分かかるだろう。

 国法上、速やかに結審が望まれる事案に許される、最大限のもち時間を浪費すべく、裁判は順調に遅れていく。



 ──それがもう二十日ほど前のこと。


 ジーナはうっすらと瞑っていた(まぶた)をあげた。

 すこしウトウトしていただろうか。ここの所さすがに心労がたたっている。部屋は寒く、それも当たり前で、ふたつある窓の内ひとつはわずかに開いたままだ。厚着はしているので、こうして椅子に座していても問題はないが、内外の温度差で、ぽかぽかと温まったと錯覚した身体が眠気を誘う。

 頃はそろそろ真夜中を回ろうという所か。待つにももう、そうかからなかろう。



 ウィルニッツ邸の外壁を、月の光を避けながらそっと歩む者がある。時に樹々の陰にはいり、時に壁に張りついて、最大限人目につかぬよう、己の陰をみせまいとする配慮が感じられる。

 邸は貴族の居所だけあって、たかい石塀にぐるりと囲まれている。乗り越えるには高く、破るには頑強すぎる。それではどうするといえば、人目を忍ぶ影は裏の勝手門へとたどり着き、そっと扉を押す。

 おかしな事には扉は一切の抵抗をみせず、軽々と開いた。影はいちどあたりを素早く見回すと、躊躇いなく内へと身を滑りこませた。

 邸は明かりもなく、ひっそりと静まり返っている。

 空には雲も厚く、冴え冴えとした冬月の、なけなしの明かりを不規則に遮ってくる。

 だが問題はない、慣れた道だ。ジャノ・トレバリはようやく低くしていた身を起こし、それでも足音だけは忍ばせて歩きだした。

 邸をぐるりと回っていくと、たったひと部屋だけ、薄明かりが漏れだしている部屋があった。庭に面した一階の部屋。たしか休憩室だった筈の部屋。そこは窓が低く大きくとられており、乗り越えるのにさして苦労はない。表の鎧戸は外向きにかすかに開いて、暗い庭の下草のうえに、揺らめく光の筋を放っているのだった。


「よく来てくれました、ジャノ」


 彼が足音もなく部屋へ入ってくると、待ち人の来訪をしったジーナ・ウィルニッツが、薄闇にしろい顔をあげた。

 室内には暖炉の炭火がわずかに(おこ)るのみで、燭台がひとつ、台上に置かれてあった。彼女のほうでも、極力火の気を漏らさぬよう、寒さに抗う厚着だけをして、彼を待っていたらしかった。


「すみません。お待たせ致しました、お嬢様」


「いいえ。貴方こそ寒いなか、ご苦労でした」


 ジャノが窓を閉めると、ジーナは立ちあがって暖炉へと寄る。熾していた炭火を火かき棒でかき回して、息でもって焚きつけた。部屋の中へ赤味が増し、ほんのりとした熱が広がっていく。

 放っておくとジャノはつっ立ったままでいるので、席へと座るよう促す。彼は大人しく、ジーナの席に向かい合って置かれていた背凭れ椅子に腰を降ろした。


「首尾はどうなっていますか?」


 前置きなく、単刀直入にジーナは訊ねた。


「航路が荒れてすこし手間取りましたが、何とか。カーラ様はソーンダス船長に託しました。明朝の便でディルソムへと発ちます」


ジャノはカーラ本人の前では親しく呼ぶが、さすがに主人筋の前で呼び捨てにはしない。

 そう、とジーナは安堵しながらも憂いを含んだ吐息を漏らした。


「よくやってくれました。幾度か危ない場面があったと聞きました。貴方に託して本当によかったと思っています」


「いえ。カーラ様が賢明に動かれた結果です」


 パチリ、と薪がはねた。



「これで準備は整いましたね。いかにしようとも私達の勝利は揺らぎません」



 寒さのためだろうか。立ったまま真っ白になったジーナの顔色は、美しも揺らめく炎に彩られ、得もいわれぬ凄味があった。両眼さえ爛々と輝いてみえる様は、人によっては野心のための輝きと映ることだろう。



「裁判の方はどうなっていますか」


 ジャノは痛ましいものをみた思いで目を伏せつつ、つぶやくように問うた。


「······長引いているわ。代官殿が値を吊り上げるためにわざと遅らせているのよ」


 この国においても、民事の裁判は土地々々に派遣された大陸神教の神官が務める例がおおい。が、公定の裁決は、中央より派遣された代官が担うことになっている。

 代官は上位の都市に駐在しており、要請があり次第、こうして出張ってくるわけだ。だがこれが曲者で、公明正大な者はほぼおらず、いわゆる「裁決も真心次第」な手合が横行して久しい。当たりを引くことは至極稀だ。

 とうぜん、モンデラッセは裁定をおのれの有利にするために、必要な経費(・・)をかけている。

 ならばこちらとて話を公平(・・)に進めるために同じ手を使う。

 判事はそれを煽り、商人も顔負けの独り勝ちを収める······

 あの男が「何かある」ことを嗅ぎつけたのも、代官殿から催促(だしん)された際に流れた情報から推し測ったのだろう。

 だがそれももう限界のはず。慣習の壁は動かし難く、あまりに過ぎれば人が騒ぎだす。それがなくとも申し立てを受けてから決裁までの日付は法律で定められている。いかに強欲な者でも曲げることは叶わない。


「けれどそれももうお終い。カーラの消息はつかめず、当主の権は私へと移る······」


 末尾に沈む声は、つとめて冷淡を装ったものか。

 ジャノは暖炉の傍にたち尽くすその人を仰ぐ。カーラとおなじ、亜麻色の髪が炎に紅く染まっている。


 非情なほどにやって退けた。やはりこの人はとてつもない。

 だが勝利したといっても良いその身の、なんと心細く儚げなことか。半分とはいえ血の繋がった妹を、理由はどうあれ陥れる形をとらざるを得なかった。

 彼女がけして、そんな自らの業や行いに耐えられるほど冷酷でいられない事は自分も知っている。

 いや。自分だけが、一番よく知っている。

 ジャノは自身を、けして衝動的な男ではないと思う。だがこの夜は、この時ばかりは包んであげたいと思った。己の温かさでその細い肩を支えたい。そんな想いの奔出に抗えなかった。


「お嬢様······」


 覚ったようだが、それでもジーナは避けようとはしない。すぐ目の前に彼女がいる。抱きしめられる程の距離に。

 あともう少しで肩に指先がかかる──

 瞬間、正気づいたように彼女は身を離した。


「許して、ジャノ······叶わないことだわ。おたがい、報われないことは判っているのだから······」


 ぐっと奥歯を噛んで、ジャノはなかばまで広げていた掌を、強く強く握りこむ。

 そう、わかっていた······嫌という程に。

 報われない。自分ではこの女人(ひと)を幸せには出来ないのだ。


「すべて終わったら······発ちます」


 喉の奥からそれだけおし出すと、ジャノは外へととび出した。閉まりきらず、なかばで止まったまま残された窓が、気まぐれな冬の夜風に揺れている。

 ジーナはとうとう堪らず、椅子へよりかかって泣き崩れた。

 静寂に、押し殺した嗚咽(おえつ)の声が吸いこまれていった。



お寄り下さりまして、ありがとうございました。

すっからかんです(笑)


残りも順次、更新いたします。


サブタイ変更しました。

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