出資者【醜美】
※劇中に一部、グロテスク表現があります。ご注意ください。
話はすこしだけ遡る。
スリベロン子爵邸は、ちょうどウィルニッツ邸と真反対の方角にある。
旧い名家ではあるものの、領地を失い都市貴族となったウィルニッツが比較的街に近いところへ居を構えているのとは対照的に、れっきとした当地の領主であるスリベロンは、郊外に広大な土地を所有しており、荘園なども邸に隣接してある。
あたりは閑静で人通りも稀。行き交う者があったとしても、それは荘園のあちこちに点在する小屋に住む農奴くらいのものだ。時刻はそろそろ午にちかい頃だが、冬の空には薄雲がヴェールのように透かす陽をつつみ、温かさは感じられない。
裏門といえど、自身の背丈から比べれば見上げる程の門扉を叩きながら、ロプスは声を張りあげる。
「たのもーっっ!!」
返事がないので構わずドンドンやっていると、ついに閂の外れる音がして、ギギゥと両扉が内向きに開いた。
「煩いぞ! ここを何処だと思っているんだ! ······なんだ、お前たちは」
ヌッと、耳垂れのついた布帽子をかぶった門番らしき男が、胡散臭そうに旅装の少女と坊主という奇妙な取り合わせのふたりを睨んだ。
「私たち、若様に御用命を賜って参ったのですが」
「なにィ?」
ジロジロとロプスに検眼を走らせた男は、ややあって、「ああ」といった、なんとも侮蔑的な表情を浮かべた。いくらか呆れの成分が混じっていたのは、「また馬鹿な娘がホイホイやって来やがって」という意図を含めてのことに違いない。
だが門番らしくよく仕込まれた使用人はそれ以上の無駄をいうことはなく、
「わかったよ、待ってろ」
と、いちど身体を引っこめて扉を閉めた。
確認のための取次ぎに要する時をまって後、ふたりは思ったよりも丁重に邸内へと通された。
それから二刻。ロプスとニコラは、けして上等とはいえない部屋で待ち惚けをくっている。
部屋は明らかに使用人のための一室だろう。まあ、もともと上客扱いなぞ期待していない。あくまでも、『卑しい傭兵が小金欲しさにやってきた』と、そう見せかけて置かねばならないのだから。
さらに欲を言えばモンデラッセの邸の方が理想だったのだが。
もちろん先に訪ねては行った。つい昨日ひと悶着やらかしているのに苦しいかと思わぬでもなかったが、
「雇い主のレイベン氏に謝ってこいと言われて」
と告げると、存外すんなりと話は通った。
さすがは商人。他国の商会主という特異な取り引き相手と近付きになれるやも知れぬ機会を逃す気はないらしい。が、常駐するまでには至らなかった。
「お前はスリベロン様のお目に留まったからな。それを我が家に客分として置くわけにはいかん。いっそスリベロン様の御屋敷に出向くといい。きっとご褒美に与れるぞ? モンデラッセから遣わされたと言えば通るはずだ」
そう言われたのだった。
何とも抜け目のない男だ、まあ良かろう。どのみちカーラという娘が捕まれば、きっとこの邸に連行されてくるのだから。最悪そうなっても連れて逃げ出せばいいし、運良く逃げおおせたと知れたらサッサとおさらばするまでだ。
「それにしても······待たせるなぁ」
さすがにボヤいて椅子から立ちあがった時だった。
扉が開いて、場にそぐわぬ程に美しい衣を着た女が入ってきた。おそらく召使いなのだろう。立ち振舞いは下級使用人のそれではない。きっと主人一家により近い位置で仕える立場なのだ。
「申し訳ありません。主はいま手がつかえておりまして」
と涼やかな声で伏し目がちに言ったものだ。
「もう少々お待ち頂きます。それと······お坊様?」
ニコラの方へ向き直りいう。
「至急診て頂きたい者があるのですが。いえ、ご主人様ではなく、どうということのない、私共の仲間内の者でございます。ご存知かもしれませんが、我が国で医師を頼むには法外なほどのお金がかかるのでして······」
その先を恥と思ったのか言い淀む。
「······なるほど、承知しました」
この危なっかしい団長殿の傍を離れるのは好ましくはないが、貧民の請いとあらば無下にはできぬ。
ニコラは椅子をずらして立ち上がると、では、とそのまま女中のほっそりとした背に従って、扉の向こうへと消えた。
パタン、と、とても静かに扉が閉まった。
なぜ独断で動いたのか。そう問われれば「勘」としか答えようがないことだ。
いや、真の答えは解っている。自身認めたくないだけだ。ロプサーヌは焦っていたのだ、明らかに。
諦めきれず、望みを繋ぎたいのはなにもグランツの旦那だけではない。自分達もそうなのだから。
一団の長として背負う責任は、彼女も自覚していた。ここで手柄を得て、より善い印象をグランツにもって貰いたい。
そうなればもしかすると、一発逆転の結果を期待できるかも知れない。
話に乗ってくれる人が零か壱かではやはり違うものだし、その最初の階段のひと跨ぎこそがどれ程に大変か······
ユオルの推測通りだ。
もともとが才知頼みなきらいはある彼女の癖が、今回は悪い方へと働いたのだ。
コラルド・スリベロンは自室にて、椅子に腰掛け物思いに耽っている折にその報せをうけた。どうもまたモンデラッセが気を利かせてくれたらしく、門前に例の少女傭兵が坊主をつれて参っている、と。
彼は、思いもかけぬ事にニンマリと口許を歪めた。
成程? よく解っているじゃないか。さすがは若いながら傭兵だ、カネの臭いには敏感とみえる。
やはりそうだろう。いまや潮目は完全に我が家へと向かっている。
昔からウィルニッツこそが──先々代であるジーナの親から先代オーガスタス・ウィルニッツまで──ボリュッソスの顔とばかりの風説が我慢ならなかった。
そんな事実はない。厳としてこの地は歴代のスリベロン子爵家の物で、それは侵されざるべき国王家より頂いた権利なのだ。
まあいい。あとは花嫁の到着をのんびりと待つだけだ。王都にのこっている父などは、早く話をまとめよとせっついてくるが、よい目処がたったと先程モンデラッセからの報せもあったばかりだし。それまでの間、新しい玩具にせいぜい愉しませてもらうとしよう。
「いかが致しましょう」
「そうだな。元気すぎるのも困り物だからな。二、三日ほど閉じ込めておけ。水以外与えるんじゃないぞ。坊主とは別にしてな」
は、と召使いが扉を閉めてさがると、コラルドはゆっくりと椅子から立ちあがり、壁沿いをぐるりと部屋を廻るように設えられた棚へと寄る。
そこには、男の部屋にはあまり見かけない物が夥しい数ならんでいる。
人形だ。女の形をとった人形が、あるものは行儀よく、あるものは隣に寄りかかりなぞして並んでいる。
よく見ればその顔や身体つきの、一体一体が違うことは判るだろう。栗毛のものも黒髪の物もあれば、青の目も緑の目も、白い肌もあれば褐色の肌もある。
絹や麻などの布地に希少な綿を詰め物としたそれは、持ちあげてみても木を削りだした人形なぞより遥かに手触りがよい。どれもが布地を肌とするため綺麗なものだ。
が、ただ二点。
残念な部分が、彼女らには共通してあった。
やはり一体ごとに違う質の毛髪部分に、いやに存在感があり、生々しい。多くはパサついていた。
また、折角の凝った仕立ての衣装も、そこここの布地がずいぶん古びていると見える。新しく縫い張りされた衣装であっても、探せば必ず、そんな布地の貼り付けが、ある。そうする前に汚れを落とせば良いだろうに、それをすらしていない。
お陰で、見栄の悪いちいさな丸い茶色の染みらしきものが遺って、出来栄えを台無しにしていた。
だがこれでいい。これは生命の輝きの残滓なのだ。彼女らが生きていた、という証なのだから。
自分は美眼家だ、とコラルドは自負して止まない。
職工たちのように、自らの手で物を創り出すことは出来ないけれども、理解者として在ることは出来る。むしろ、その役目に相応しいとさえ思っている。
世において、命はじつに呆気なく潰える。
いや勘違いしてはいない、むろん命は大事だ。とくに自分のものは。
ただすぐにでも消えてしまう儚いものだ、と言っているのだ。
大事であるが故に、儚いが故に、ならば尚のこと守ってやらねばならない。彼女らが生きてきた、美しく生きていた、その時を。
どうせ晩餐の燭台の火のごとく、神の御手によって吹き消されてしまう物ならば。その価値を識る者に摘まれることは、むしろ幸福ではないか? どうせ来るその時だ、早かろうが遅かろうが大差ないではないか。
そう。どうせいつかは皆、神の下へ召されるのだから······
彼はベッド脇によると、特に気に入りの者が並んだなかから、一体の細身の人形を手にとる。
みずからの手脂でのみ艶をたもつ人形の栗毛の髪を撫でつけながら、コラルドは陶酔に表情をゆるめた。
「ああ、マーゴット。君の髪は相変わらず美しいな。ネリ、君の瞳の輝きはいまも忘れられないよ。······待っておいで。もうすぐまた新しい友達を増やしてやろうから」
そう、今度の友達は一風変わった、元気な男勝りの傭兵少女だよ。




