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品定め【器測り】

都合により、次部は午後4時頃の更新となります。


「ええい! 揃いも揃って場に居合わせないとは!」


 モンデラッセ邸の広間に主人のダミ声が響き渡る。

 目前に居並ぶ荒くれの面々は、いちおうに恭順を示しながらも不満そうに口答えをした。


「いえ、居合わせてはおりやしたよ」

「そうですぜ。ただ、ちっと目を離した隙に消えちまいやがったんで」


 狡知なモンデラッセのやる事に抜かりはない。なにも煽った連中に任せきりにしておくつもりはなかった。こうしてちゃんと手下を群衆に紛れさせておいたのだ。いざ捉えたならこっそりと連れてくる手筈だったのに。あと一歩という所でまたもしくじりをされた!


「······それで? どこで見失ったんだ」


「へえ、倉庫通りの辺りで」


 あの辺か。道は複雑に入り組んで厄介な場所ではあるが······

 その時、手下のひとりがふと思い出したか口を開いた。


「そういえば······騒ぎの場でジャノの野郎を見かけた気がする」


「なにぃ、トレバリを······?」




 翌日。モンデラッセは伴をつれ、自前の工房園へと足をはこんだ。商会の主として、彼は様々な職種の職工らに働く場を提供している。いわゆる囲い込みで、自商会の名のもと贅沢な逸品を作らせるためだ。

 これはと見込んだ職人に声をかけ、誘いに乗ってきた者には、街で自前でやるよりは良い環境を与えてやる。そうやって貴族御用命の看板をまもってきた。


 常日頃から定期的に働きぶりを見回り──監視──にやってくる商会主に、行き会う職人たちは予定外の訪問に驚きこそすれ、頭ひとつ下げるだけで足早に自分の作業へと戻っていく。

 なさにかが煮立つ音、木工の軋む音をききつつ、一定調のリズムで硬質な音を響かせている区画へとはいる。


「トレバリはいるか!」


 若干大きくした声に、椅子にこしかけて、大丸太のうえに据えた鉄床へ槌を振りおろしていたジャノが目線をあげる。冬とはいえ高温の炉の前で働くためか、額にはすでに玉の汗が浮かんでいる。


「これは旦那」


 金鋏(やっとこ)へ挟んでいたやつを水槽にジュッと浸けると、槌を降ろしてモンデラッセの方へとむき直った。


「精がでるな。仕事は順調か」


「へい、お陰様で。新しくして下すった(ふいご)の調子がいいもんで」


 そういって、いましも小僧が旦那の通り道を開けるためにのかして置いた、おおきめな角の丸い長三角の物体をみる。


 (ふいご)だ。木組みの構造物になめし革などを貼った蛇腹状もので、尻の方についた把っ手を上下させ、とりこんだ空気を先端の長口から炉のなかへと送りだす。

 大きさにも幅があり、いまここにある奴も大きめの部類にはいるだろう。だから手でもって動かすよりは足で踏んで使ったほうがいい。鉄工業が盛んなディルソムでは、なんと水車に噛ませて使う巨大鞴まであるというから驚きだ。


 すこし余談になるが、この道具と炉自体の発展もあって、現在の冶金術は昔よりもずっと上等に成りたっている。

 高炉によって鉱石中にある種々の金属を、より不純物をすくなくして摂りだすことが可能となり、鉄自体の質がぐっと向上した。さらに浸炭法という、炭素の素を上乗せする方法により、刃もより硬質化。それまではわりとポッキリ折れてしまっていた剣にも強靭さが宿せるようになったのだ。



「そいつは良かった。では納期には間に合いそうだな」


 へい、とジャノ・トレバリは頭を下げてみせる。腰ほどな高さをもつ炉のなかで、炭火が赤々と明滅する。


 自分に向かって下げられた頭。地面に向けて下げられた顔には、いまどんな想いが浮かんでいるのか······。


モンデラッセは不審と不快に歪みそうになる面を、冷たい感情でおし隠した。



「それはそうと······頼んでおいたもうひとつの(・・・・・・)仕事の方はどうだ」



 男の身体が一瞬硬直したように感じられたのは、作業(・・)の遅延を申し訳なく思ってのことか。それともなにか別に含みがあってのことか。


「へい、申し訳ねぇこってす」


 ジャノは淀みなく頭をあげる。その態度に普段と違うところはみられなかった。もっともこの男、常から自分の前でさえも愛想のない感じではあるのだが。


「······まあ、お前のような男が、このテの仕事に向いていないのは儂も判ってはいる。だからこそ信用も出来るんだ。

 だがそれでもだ。お前は先代ウィルニッツの愛弟子で、あの娘は妹のようなものだろう。期待はしてもいいと思ったんだがな」


「へい······と仰っても、弟子はなにも私独りじゃございやせん。あの娘がとくに私に懐いていたという訳でもないです。他の職人にもずっと気の合った連中はいたようで」


「だがソイツらは軒並み街を去ってしまったじゃないか。だからお前に頼るしかないんだ。カーラお嬢様を『無傷』で『穏便』にお迎えするためにもな?」



 最後の二言を強調するようにモンデラッセは口にする。それでも揺らがず無言を貫くジャノの様子をとっくりとみるが、やはりそこからはなんの情報も読みとれなかった。

 商会主は鼻でひとつ吹くと、まあいい邪魔したなと背を向けた。




 圧力から解かれたジャノは、また作業へと戻る。

 見習いの小僧が踏む(ふいご)によって、ふたたび白熱をおびた炉のなかへ、持っていた鉄片をガサリとつっ込む。

 定期的に紅く照らされる顔には、些細な迷いも感じられなかった。






 荒縄で罪人よろしくぐるぐる巻かれた挙げ句、大勢のガヤを連れて戻った自分たちをみて、いったいジーナ嬢はどう思ったろう。

 とにかく、


「ウィルニッツ様に聞いてもらえれば判る!」

「ウィルニッツ様とお話しするまでは死ぬ気で抗議する!」


を連呼して何とかここまでに至る事が出来た。


 さすがに庭先へとひき出された彼らをみた時には絶句していたが、それでも丁寧に根気強く、港の衆へ説明してくれた。お陰でユオルたちは、はれて縄目を免れて、痛んでいた身体を伸ばすことが出来たのだった。


 やれやれひどい目に遭った······


 マイシャがぶっきらぼうに「弓っ」と平謝りに差し出されるやつをひったくっている隣で、ユオルはジーナ様へむけて深々と頭をさげる。


「申し訳ごさいませんウィルニッツ様。とんだお手数をおかけしまして」


「いいえ、良いんですの。こちらこそ心苦しいくらいで。うちの妹のせいで貴方がたにもご迷惑が及んでしまって······」


「いえいえ、それは違いますぞ」


 グランツ・レイベン旦那の言にユオルも頷く。


「そうです。我々が勝手にやったことですので」


 その後、『心ばかりの礼と()び』を貰った港人たちが、喜ぶやら恐縮するやらで退散してから、ユオルはやっと事の真相を報告した。




「······そうですか、やはり妹は港に······」


 居間の椅子に収まったジーナは思案気に顔を俯かせた。


「何者かに追われていたというのは本当かね」


 グランツの問いにはマイシャが首肯する。


「はい。彼女はモンデラッセ派の手の者だと言っていました。その中に知り合いもいたようですね。赤髪まじりの二丁鎖鎌をつかう男で」


 この言葉にジーナとノーラがハッと顔をあげる。


「それは、ジャノ・トレバリのことですか?」


「ええ、たしかそんな風な名を言っていました」


 ふたりの令嬢はチラと視線を合わせる。

 困惑したような目つきだ。これに気付いたユオルには問わずに済ませられなかった。


「お二方もあの男を知っておられるのですか?」


「ええ勿論」


 動揺は一瞬で、その時にはもうジーナは落ち着きをとり戻していた。


「ジャノ・トレバリは父、オルガスタ・ウィルニッツが鍛冶師として最も可愛がっていた弟子です。私達ともほとんど姉弟として育った──そう申して宜しいでしょう」


 驚いた、それでは家族同様ということか。まさかそれ程の深い仲とは。

 そんな相手が競合相手に寝返ったばかりでなく、先手としてカーラ嬢をつけ狙ってくるとは。どんな男なのだ、そのトレバリという奴は。

 ふっ、とジーナの目線がすこし遠くなる。


「寡黙で······いかにも職人、といった気質であるといえば、ご理解頂けるでしょう。無愛想ではあるけれど、けして冷たい訳ではない。幼い時分、突然あの人を父が連れ帰ってきた時には随分驚いたものですが、ジャノはそれをひどく恩に着ていました。私達にも優しくて······誠実な人間ですわ」


「そんな男が?」


 他者に対してはどうか知らないが、少なくとも世話になったウィルニッツ三姉妹に対しては誠実。その父親で師匠でもある故オルガスタ旦那には恩義も感じていたという。そんな者がなぜ? ますます解せなかった。


「······それで? いま、妹は何処に?」 


 こんどはノーラ嬢からの問いに、ユオルは思考を遮断して顔をあげる。


「面目ございません。(はぐ)れてしまいました」


「······そう、ですか」


「落ち込んでいても仕方ないわ」


 ジーナ嬢が明るい声を出していう。


「ユオルさん達のお陰で、あの娘が港付近にいると判ったのですもの。さっそく人出を集中させて港区を捜索させましょう」


「そうですよ。私共もすぐに引き返しますよん。次は四人全員でね」


 マイシャの意見にはもちろん同意だった。

 そうだとも。今後また邪魔が入っても、団長とニコラがいてくれれば百人力だ。全員揃っていれば遅れなんかとるものか。



 ところが。

 気炎をあげる二人に対し、「うーむ」と唸った者がある。

 グランツだった。何やら言い辛そうに口髭のあたりを弄っているのが気に食わない。

 どうにも不穏な気配を察しながら、ユオルは眉を顰めた。


「······なんでしょうか、レイベン殿」


「いや、じつは······団長殿と御坊は出ていかれましたぞ。なんでも『敵の内情を探ってくる』とか息巻いておられましたな······」 



いって肌身離さずもっている、重要な物だけをよった荷物袋のなかからさし出したのものは。例の、銀の鍔をもつ黒革鞘の護剣だった。

 一瞬理解が追いつかない。ユオルはぽかんとして、グランツから短剣へと視線を往復させたまま硬直した。


「──あれ? もしもし、ユオル君? おーい」


壊れちゃった、と失礼なことを呟くマイシャに肩を揺さぶられ、やっと正気をとり戻す。

 とたん、



「「はあぁぁぁあッッ!!?」」



勢いで暖炉の炎を揺るがせるほど。

 御婦人がたの前で、不躾な絶叫が居間に響きわたった。




 またもや港までの道をとって返しながら、ユオルとマイシャは許せる限りの速度で駆ける。


「しっかし自ら潜入調査とは。頭が下がりますなー」


 さすがにぶっ飛んだ行動であることは、このマイシャをしても認めざるを得まい。声にも苦笑が混じっている。


「くそ、油断してた! ああ見えてせっかちだからな、あのお嬢様は!」


「頭は切れるんだけどねぇ」


「そこだよ、困りものなのは!」


 そうなのだ、なまじ頭が回るだけにより手っ取り早い手段に出たがるのだ、まったく。

 どんな経路でそんな見解に至ったかは追従する間もないが、とにかく陰謀めいたものには、勘、みたいな域まで鋭いうえに行動力は人一倍ときた。護る側としては本当に手に負えない。


 そりゃこっちだって悪いさ、失念していたんだ。


 地味な調査だけで我慢出来るクチではなかったのを。

 だからこそ、国境付近なんて辺鄙な場所での異変も嗅ぎつけられたのだし、そのために生命を落としそうな目にも遭ったのではないか。

 だいたいニコラもニコラだ。彼ならばてっきり巧く押し留めてくれるとばかり思っていたのに。


「ええい、もう! あっちもこっちも迷子だらけだ!」


「ていうか。私らスリベロンにしろモンデラッセにしろ、邸の場所も知らないよね?」


「······だあぁーッ、くっそおぉーッ!!」


 気ばかりが先走ってぐるぐる廻る。農道の真んなかでユオルは黒い髪を掻きむしった。


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