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陰謀の臭気②


 レイベン氏に別れをいって使用人に送りだされたふたりは、夕陽が陰をなげはじめた庭で、馬車へと無言で歩を進める。


 たしかにレイベン家との話は一段落した。

 だがまだ終わってはいない話もある、このまま素直に帰る手はない。

 びたりと足をとめ、ロプスは先をいくヤシャロへ問いかけた。



「······先輩。最近、国境付近で何か変わったことはありませんでしたか?」



 ヤシャロは此方をふり返ると、まじまじとロプスをみつめ返した。


「どうしてそんなことを? ······たしかに今回の事は悪質だが、それが他国との関係に直結するとは限らないだろう?」


「勘です、ただの。けどハズレでも進展とは言えますから」


 ふむ、とヤシャロは黙考する様子だ。おそらく話していい内容なものかと思案しているのだろう。


「······直近では、それらしいのはとくにないね」


ややあってそう答えた。


「国境付近の町、コドルカに応援でむかった他所(よそ)の警兵隊が、難敵の賊徒に返り討ちにあったくらいか」


「······コドルカ」



 なにやら怪しげに沈黙する下級生を、ヤシャロはじっと観察するように眺めた。


「············くどいと思うかもしれないが、解っているね?

 貴女は『お客様』だ。度外れた興味は慎んでくれたほうが、たがいの為なのだからね」


 牽制か、それとも思いやりか。

 みじかく、送ろう、といって馬車の方へと手をのべた。





 過日ヤシャロが報せてくれた密偵の件は決着したとみていいだろう。まさか友人(クーベル)が狙われるなどとは想定の外であり、非常に不快、かつ不本意な経過をたどりはしたが。


 あと残るは、確認のみ。

 その目的が個人(わたし)の事情に関わるものか、それとも無関係なものか。さらにつけ加えるなら、あの男の差し向け口が他国からのものか、それとも本国からのものか、だ。

 生命をねらって? 馬鹿な、自国の令嬢をなぜ、と他者(ひと)は笑うかもしれない。だが彼らは知らないのだ。

 我が家門ならそれくらいはやる、ということを。

 それだけの家で、背負っているものも重い家柄であるのだから。




 登校中もロプスは思考を巡らせていた。今朝はヤシャロたち上級生とは時間がズレているため、考え事に集中できる。彼女は時折とんでくる同級生からの挨拶に応えながら、黙々と、前へ足を進め続けた。

 

「······う〜ん、やっぱり情報がなぁ············

 仕方ない。ちょっとズルして、お願いしてみるか」


 パンはパン屋。

 ロプスは、折りよくも近々やってくるだろう奥の手に力を借りることにした。





 夕食時。

 アウルロア別邸の玄関にひとりの男がたった。身形は上品、かつ紳士風。貴族家の客としては適した身分とみえる。

 御者つき馬車で庭まで乗りいれた男は、表扉で老爺に迎えられ、中へと通された。



「もーっ、やっと来た。キミにしてはヘマをしたもんだね」


 開口一番、ちょうど食事を終えたらしきロプスが、ナプキンで口元を拭いながら冗談めかして言った。


「何のことですかな。御学友との内緒話(スパイばなし)の件でしたら濡れ衣ですぞ?」


 綺麗に片付いた皿をのせた盆をかかえたメイドさん達を避けながら食堂へとはいった紳士は、帽子を胸の前にかかえて苦笑がてらに叩頭する。

 掛けてよ、と気さくな勧めに甘え、彼は招かれた令嬢の右隣の席へと腰をおろす。これから話すことは機密事だ、この方が都合が良い。


「まずはこちらを······」


 といって、紳士は手持ちの鞄からさも重要書類でも扱うような手つきで、朱の封蠟(ふうろう)のついた封筒二通を、テーブルのうえに出ていた銀盆にのせる。ロプスは爺やの持ってきてくれたレターナイフでこれを開封すると、しばらく黙って読みふけった。



「······」


 視線を感じふと顔をあげる。

 どういう訳か紳士がいつにも似合わず、もじもじとしている。なにか話したいことでもあるのか。


「──こんなことを、私の口から申し上げるのは(はばか)られるのですが······」


「うん?」


「······火遊びも程々になさいませんと············姉上様もご覧の通り、ご心配なさっておりますれば············」


 ロプスはこれにニッ、とした謎の笑みでもって応えるのみだ。続きを読んでしまうと、手紙を燭台の炎にさらして焼き、銀盆のうえに捨てる。



「······わかってる。これでもいつも姉様たちには感謝してるのよ、私。

 キミにも約束する、無茶はしないから」



 紳士は淋しげに笑みをみせると、もうそれ以上は余計口をきかず、立ち上がって礼をし、出ていこうとした。



「それはそうと♪」


 まるでこの瞬間を待っていたかのようだ、と紳士は思った。わざとらしく話題を変える時の、妙に声の大きい、芝居じみたあれだ、とも。

 なにやら不穏げな気配を感じつつも、ふたたび帽子を胸の前にかかげ、わずかに身体を傾けながら振りかえる。


「あとは帰るだけでしょ? 追加でちょ〜っと頼み事があるの。勿論、外交官(あなた)の任務内でのことよ」


ちいさな女主人は、ニカッ、とそれはそれは小憎らしい笑みを浮かべた。






 数日後。はやくも解答があった。

「件の賊は、どうやらウェラヌスギアの手の者と思われるとの回答。(ディルソム当局正式回答)」



 なるほどぉ。

「爺や、ちょっと地図だしてくれる?」



この令嬢、ちっともわかってない様子。

チャンス到来。

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