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乱入【凍て風】

ありがとうございます。

この部で今年最後の更新にしようかとも思いましたが、あともう一回はいけるかな、という事で。

十二月中になんとかもう一回、更新を目指します。



 成り行きとはいえ仕方ない。すでに言葉が通じない相手に何を言っても無駄。やるからには気合いを起こせ!


 ユオルも腹の底が熱くなるのを感じた。対話を放棄した相手への非難を怒りに変えて、自らの士気を高める。

 刃先をパッと離すやとび退(すさ)り、あらためてみずからの間を確保する。

 見た目通り、身丈のある相手は力任せに剣を振りおろしてくる。これを受け、弾き、一瞬の隙をみつけて懐へ。

 だが相手もさるもの、これを躱してこちらの剣先に絡めるように剣をまわす。


「く!」


 得物を絡めとるつもりか!


 察したユオルは強引に押し込んでふたたび鍔迫り合いへと持ちこむ。

 傭兵男のほうが力では分がある。

 それでも。団長をみて盗んだ足捌きを意識しろ!

 フッ、とのき様、相手の手首を狙って斬りつける。だが無念、刃先は男のつけていた革篭手を切ったが、それだけにとどまった。

 浅いか、でもまだまだ! あのギュスタの凶刃に比べればこんな物······!


 確かにあれ程の相手と打ちあった経験則は希少なものだろう。だがそれを踏まえても、彼はやはりまだ未熟であった。あの時は一対一、もしくは二対一のこちらが有利な状況。だが今はそうではない、まったくの逆だ。


「うっ!?」


 ガイン、という音とともに背中へ衝撃が走る。後ろに回りこんでいた別の男のナイフが背の盾に当たったのだ。


「くッ、コイツ! 背中になに仕込んでやがる!」


「この海亀野郎がッ! オイッ!!」


 ユオルをそれなりには評価したか、傭兵集団は、五人ほどで彼をとり囲む戦法へと姿勢(スタイル)を移行する。息のあった連携は、あっという間に彼を防戦一方へと追い詰めていく。


 くそっ······マズイ! 迂闊だったか!



「ちょっとちょっと? 無視は寂しいなぁ〜!」



 ヒュッ!と風が裂ける。リーダー格の男が振りまわす、ユオルへと迫る凶刃の腹が震えた。

 わずかな空隙を縫って翔んできた矢に驚いて目をやると、女と少年へと差し向けた仲間のひとりはすでに地面へと伸びているではないか。舌打ちして後ろの弓持ちたちへ視線をまわすが、なんとこちらも腕をやられて地面を転げ回っているところだった。

 子供をぶら下げた女ひとりだと思ったのが間違いだ。あきらかに油断したのだ。



「オイッ!!」



 合図に応えて、ユオルを囲んでいたうちの三人が彼女へと向かう。


 ナイフふたりに剣がひとりか!


 マイシャの瞳に興奮の輝きが宿る。

 故郷を発って久しぶりの血の昂りに、口許には笑みさえ漏れていた。

 突いてくる奴を左へと躱し、弓でもってしたたかに延髄(えんずい)を打ちのめす。さらに右から斬りつけるやつは身を回転させて避けられ、ギュッと石畳を踏んで踏ん張ったと同時、胸に彼女の優美な脚が乗る。見惚れるゆとりもなく、たて続けに追ってきたもう一本が鋭く顎へ迫まり、気づいた時には後方宙返りの蹴りによって空を舞っていた。


「この女ッ!!」


 のこる独りが怒り狂って剣をもち、着地時の反動で膝を曲げてたままのマイシャへと斬りかかる。その瞬間、沈み込んでいた彼女の身体がおそろしい加速をみせる。


「がッ!?」


 抜き放たれたナイフの一撃が革鎧の右胸へと、狼の牙のごとく突き立っていた。


「女のコを襲ったんだから、これくらいは覚悟のうちでしょ」


スッと下がると、男は信じられないといった(カオ)のまま、仰向けに倒れこんだ。

 マイシャの暴れぶりに驚嘆し、隙を生じた男にはユオルが迫る。


「······オオッ!!」


 剣の腹を相手の剣へと力任せに打ちつける。

 相手が手を痺れさせた一瞬のうちに右手で胸倉を掴む。とともに足をかけ、相手を投げ飛ばす。もんどりうって倒れた男はそのまま地面へと抑えこまれた。



「──おのれぇィィッ!」



 さしもの荒くれ者も予想外の不覚にたじろぐしかない。

 周囲で遠巻きに眺めていた人々からは、驚きとともに歓声があがっている。

 と、その人だかりの輪を押しのける人影がひとつ。



「──ッ! ユオル!!」



 マイシャの鋭い叫びが危急を告げた。

 ハッと悟ると抑えつけていた男を放棄して、慌てて前へととび込む。その空間を、鋭い風切り音とともに一閃が払った。



「何だ!」



屈んだまま剣をひろい己のいた空間をみやる。


 騒乱の場に、新たにひとりの男がたっていた。

 背は並ほど。だがしっかりとした身体つきの男だ。

 (くす)んだ橙色の癖毛。袖裾の長いチュニック。そしてズボン。これもやはり長く、履いている(ブーツ)が脛をみせていない。その両手には、武具にするには奇妙な得物、鎖で双方を繋げた二丁の鎌をもっている。


「てめェ!!」


 粗暴な男が叫ぶが、介入してきた男は燃えたつ茶の瞳を男へとむける。



「気は済んだろ。つぎは俺の番だ」


「なにをッ!? テメェも抜け駆けするつもりかッ! ジャノッ!!」


「恨むな。敗けたお前らが悪い」



 ジャノ。そう呼ばれた男の無愛想な物言いに、傭兵野郎は一瞬憤った。

 しかし、忌々しくも現状は奴のいう通りだ。まともに立っているのは自分ばかり。仲間はみな地面に伸びてしまっていて、これで戦闘の継続なんぞ無謀もいいところだ。チッと舌打ちをのこすと、「オラ立てッ!」と仲間を蹴り飛ばして立たせ、腹立ち紛れに群衆をおい散らしながら去っていく。



 後に残されたのは、ユオル、マイシャ、追われていた少年。そしてジャノという男のみ。



 いっぱしの傭兵を下がらせるなんて、コイツ······!



 ひと筋縄ではいかなそうな相手に、ユオルは剣を構えなおす。


「気をつけてッ、ソイツはッ!」


 少年が甲高い叫び声をあげた途端、ジャノがひと息に突っ込んだ。



 あんな得物で剣持ちに······! 正気か?



 相手のもつ、「鎌」という、武具としては未知のものに戸惑った事も事実。

 あきらかに農夫然とした風貌に躊躇ったのも事実。

 気後れして後手に回ってしまった。相手の接近を阻もうと凪ぐ剣先が緩慢になる。

 ジャノは余裕をもって躱すと、足元を狙って斬りつけてきた。いや、斬る、というよりは刈るといった方が正しい。鋭利に尖った鎌の先がブーツの表面を掠りヒヤリとさせられる。

 歩調を乱したところへさらに接近を許す。

 カカカッ、と独特な調子(リズム)で繰りだされる縦方向の無駄ない刃閃にユオルは下がるしかない。この様子にジャノの口許がフッと緩んだ。



「農夫相手では剣も鈍るかい?」

「このッ!」



 気合いを盛り返し、真っ向斬りつける。

 ジャノは鎌を交差させこれを受けると、みずから身をひいて退く。

 威力を虚しくしたユオルの剣に、双子鎌をつなぐ鉄鎖がジャラジャラと絡みつく。解こうにも一丁の鎌が鉤のようにしっかりと刃に絡み離れない。


 ならばこのまま突いてやる!


気合をこめて踏み込みヤッと剣を突きだす。


 短慮すぎる!



「駄目ッ!!」



 マイシャの忠告は一歩遅かった。


 まさか安々と、自らの得物を手放すとは思ってもみなかった。

 突きかかられたジャノはなんの未練もなく空手になると、ユオルの剣は鎌のみが浮く宙を突くことになった。

 相手は事もあろうに徒手空拳で突っ込んでくる。

 あわてて剣を退こうにも突きに乗せた重心が、なにより伸びきった両腕がそれを許さない。首筋を狙って放たれた回し蹴りが不吉な金属の衝撃音をたてた。






 ウィルニッツ邸客室。

 茶を貰いようやく気を落ち着けたグランツは、椅子の背もたれによりかかりながら、ふっと息をついた。

 もちろん、まだ希望は捨ててはいない。だがみつかる見込みは薄かろう。商売のことは残念だが、私はまだいいのだ。残念で済むのだから。

 さぞや無念であろうは、オルガスタ・ウィルニッツ殿だ。

 このまま跡継ぎが出奔で片付いてしまえば、この家は、残された娘たちはどうなろう。おそらくは、さきほど話に聞いたスリベロンとかいう貴族の思うに任せるしか手はなくなる······。

 おなじく娘を遺していく親として、また、ここまで成功を築きあげてきた一商人として、同情の念を禁じ得ない······。


 そんな主の心配を読みとったのだろうか。

 さすがは若くして今回の遠征に随行しただけはある。隣へ控えていた手代がそっと声をかけた。


「あの······旦那様」


「ん、何だ?」


「お聞きしても宜しいでしょうか。今回、旦那様が狙っておられる品とはどんな物なのでしょう。私どもは医術の道具とだけしか伺っておりませんでしたので」


「おお、そうだったか。虫歯を治療する折につかう物でな。これを用いれば、歯を抜くことなく治療が叶うのだそうだよ。

 回転刃、と呼ばれる機構をもつ道具だそうだ」







「ユオル!」


 張り詰めきった緊張が、何物の介入をも拒んでいた。剣を伸ばしたユオルも、回し蹴りを放ったジャノも。

 ただ微風のみがわずかにふたりの衣を揺らす。


 ユオルの背筋を嫌な汗がつたう。

 恐るべきことに。みずからの首筋に突きたてられんとした相手の踵からは、小さな刃先が飛び出している。

 どのような細工か、とにかくブーツに仕込まれていた、俗にいう暗器が、猛禽の爪のごとく彼の急所を狙ったのだった。

 だが。この必殺の一撃もまた、不自然に逆巻く風によっておし留められていた。ユオルの左腕におさまった腕輪の龍晶が、蒼緑の輝きを放っている。

 助かったのだ。彼の助けがなければ確実に脈を切られていた。


 ······隠し刃!? 龍晶を使わされた!


 ──龍装術か。



「ッ!」



 逆手にもったナイフのひと薙ぎに、ジャノはとっさに飛び退く。



「大丈夫っ、ユオル!」


「あ······ああ。助かったよ、マイシャ······!」


「気をつけなよ。コイツ······やるよ!」



 マイシャの叱咤に、ユオルもいまだ絡め取られたままの剣を構えなおす。ジリと圧力をかけるふたりに、それでもジャノは徒手空拳の構えを崩さなかった。

 余程な自信があるのだろう。(ナリ)は農夫のくせになんという使い手か。



「ジャノ兄······」



 どこからか苦しげな呟き声が、この緊張へ染みいるように割って入った。

 声の主は、とみるとあの少年ではないか。不思議なことには、恐れるような、それでいてすがるような複雑な表情で、追手であるはずの男をみつめているのだった。

 ジャノ、と追っていた子に名を呼ばれた男は、一瞬チラリと少年と目線を合わせたが、なにをも応えることはなかった。


 パッと身を翻し、群衆のなかへとび込むと、あっという間に姿を眩ませた。



修正しました。

さら人物名もすこし修正。

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