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算盤ちがい【的外れ】

すいません、ちょっと長くなってしまいました…



 ヴィルニッツ家は一代でのし上がった商家で、いまや貴族の地位も得た、いわゆる「新しい型」の上層民であるという。


 さかのぼること五十余年前。

 当時はなにもなかった田舎村にふらりとあらわれた凄腕の鍛冶師が、あっという間に地域の技術を一新してしまった。

 皆に推されるままに組合(ギルド)の長になると、とんとん拍子に事業を発展させ、はては何もなかったこのボリュッソスを街にまでなしたのだという。

 近郊で有名なウィルニッツ家成り立ちの逸話だ。

 まるで絵に描いたような成功劇。いかに田舎のこととてこれは凄い、たいした人物だと評判をあつめた。

 様々に革新的な案を生み出すため、守旧派の者たちとの折り合いは良くないらしいが、逆にそこが他国の商人との(よしみ)を強めた。クーベルの父もそのひとりというわけである。



 おおきな門とひろい庭をそなえる、橙色をうっすら帯びた石造りの、平城のような邸宅。

 ここに住むのが鍛冶師といえば腑に落ちもしないが、ギルドの長、さらに商会主ともなれば相応しい箔を備えているといえよう。身分証と商会の金章を確認されたのち、グランツ一行はなかへと通された。



「は?亡く、なった、と仰れたのか··················?」



 ぽかんと口を開けたグランツの問いともいえぬ呟きに、栗色の前髪をふたつ分けにした丸顔の女性がこっくりとうなずいた。

 景気よく暖がとられた、いかにも成金分限者の豪奢な応接間。はたして待っていたのは元職人の厳しい風貌ではなく、小ざっぱりとした服に身を包んだふたりのたおやかな女性だった。


「······はい。新年を迎えてすぐに。かるい病が拗れたのだと医師はいっておりました」


 さすがに二の句が継げない。遥々ここまでやって来て、まさか面会を約束した相手がいなくなるなど予想さえしなかった。


「医師嫌いの父でしたので治療を受けるのが遅れてしまったのです」


と、主人の娘らしき令嬢は眉を曇らせた。


「なんて······なんてことだ。それは──いや、まずお悔やみを申し上げねばなりませんでしたな」


年長のグランツが頭を下げるのにつられ、令嬢ふたりも執事ともどもに礼を返す。


「お辛いところを恐縮だが、こちらにも事情がありますので。せめてこれだけはお聞かせ下され。お父上と私どもの取り引きについて、お嬢様がたは何かお聞きになっておりませんでしょうかな」


「それについては言付かっております。父は貴方様との商談はぜひ纏めよと言っておりました。もしもレイベン様さえ宜しければ、先の条件で結びたいと存じております。ですが······」


 長女は何故かそこで言い淀んだ。グランツも眉を顰めて先をうながす。


「なにか問題でも」


「はい。じつは······いま、この場に跡継ぎの者が不在なのです。これを無視して契約いたしますことは出来ませぬのでして」


「おや。てっきり貴女様がそうであるとお見受けしたのですが」


「いえ、私共は······たしかに私とこの妹は」


といって隣に慎ましく控えるもうひとりに手をのべ、後を続ける。


「この家の娘ではございますが。父と血が繋がっておらず、再婚した母の連れ子です。この国の法では、家督を継げるのは基本的に実子しか許されておりませんもので、一番下の妹が跡継ぎとなるはずでしたのです」


 またいい淀む。いかにも言いにくそうにするのを、グランツは辛抱強く待った。ついに年長の令嬢は、きく者を唖然とさせる事実をいい放った。



「二週間ほど前、家を出奔いたしまして······」






 護衛のまつ客室へと戻ってきたグランツは、顎を胸にうずめるようして、部屋の中を行ったり来たりした。


「いやぁ困った。困ったことになった······折角ここまでこぎつけたのに。このままおめおめとは帰れない」


 ぶつぶつそう呟いている。如何にも悔しそうな様子に、ロプスも同情する。

 そうだろう。ここまで相応の労力を使って出張ってきたのも、確たる成果を見込めばこそだ。商人の意地としても、丸損をかかえて帰る訳にはいくまい。

 ツイ、とグランツの底力を感じる瞳があげられ、こちらへと据えられた。


「······大変申し上げにくいのだが。依頼内容を一部変更しても構わないでしょうか。私のことはひとまず置いて、どうか手下の者らと協力して、行方をくらませた跡取りの令嬢を見つけ出してほしいのです」


 延ばせる滞在の期限は一週間。それまで見つけられなければ諦める、そう彼は断言した。

 気持ちはわかる。

 答えをもとめて、ロプスは仲間たちと視線を交わしあう。ユオルは言わずもがな。マイシャもニコラも異存はないと笑みを返してくれた。


「勿論ですよ。私達だってこのまま帰るなんて出来ません。絶対に跡取りさんを釣りあげましょう!」


「ありがとう!」


 一同はさっそく、二手に分かれて捜索することに決めた。

 もどって港区方面をユオルとマイシャ。

 街道方面をロプスとニコラが。

 レイベン家の使用人たち、案内となるウィルニッツの者と協力してそれぞれにあたる。

 なんといっても、大陸神教のれっきとした修道僧であるニコラの信用は堅実味があり、排他的な田舎においても人々の心を開かせる力がある。港町の荒くれ者の扱いには、豪快な男たちの中で育ったマイシャがお手の物というわけだ。

 グランツと、彼をまもる幾人かはウィルニッツ邸で万が一の戻りを待つことにして、みなはただちに散って行っていった。




 豪商が住むというからどんな大都市かと思いきや、ボリュッソスの街は意外にも規模のちいさな街だ。よく言ってせいぜいが中程といった所だろう。

 中心部こそは建物も精彩をおび、石畳の街路にも活気が満ちている。ふとい大河のような、荷車やお客たちがいき交う通りを中心に、漆喰の白を基調とした二階建ての建物がそってならぶ。だがそこを過ぎて周縁部へと移れば、ひくい田舎塀もおおく残り、そこここには、いまだ茅葺(かやぶき)屋根をのせた家が、いやに冴えた空の下に点々と顔をみせている。


 ディルソムにくらべれば乾いた風が舞う。刈り込みの済んだ畑の土の赤味がかりに、あらためて異国にいるのだとおもい知る。

 マイシャとふたり、港方面を受け持つユオルは、邸で借り受けた馬車にのって街道を戻りながら、周囲に視線を彷徨わせる。

 たとえば。あのへんに点在する田舎屋にでも、隠れていたり匿われたりしてはいないか探す必要もあるかも知れない。が、まずはやはり港だ。街を出ていないならまだよいが、交通のおおい港街へいったかも、というのなら急がなければなるまい。


「しかし、その跡取りは少女なんだろ? しかも姿をけして二週間というじゃないか。そんなのが港街なんかでマトモにやってけるもんだろうか」


 そもまだそこに留まっているのか、ということは置いておくにしてもだ。これが男ならともかく、下手すると性質(タチ)のよくない沼にはまり込んでいるかもしれない。


「意味不明だけど、自分から出ていったんしょ?だったら子供なりに目算はあったんじゃない?」


そう言うマイシャも確信がある訳では無いないようだった。



 昼ちかく。

 港区域へと到着した一行はさらに細かく手分けして捜索することにする。


「では我々は東を当たります。お二方は西をお願いできますか」


「わかりました」


 昼を過ぎても、港はいまだ活気に満ちていた。当然人通りもおおい。

 あちらには船から降ろされた荷を積みあげようと馬車が停まっている。またこちらには、もやった大型帆船が薄い日に落とした影を揺らしている。遠くにはディルソムでも最近見かけるようになった人力の荷揚機(クレーン)が木造の巨大な姿を寒風にさらしているし、たち並ぶ倉庫へ荷を出し入れする荷車が、しょっちゅう道を横断している。そんな情景を眺めて、ユオルは苦い顔をした。


 こんな中から子供を、と言われてもな······


 このとおり港では常に人が動いていて、それが大人ばかりというなら目立ちもしたろう。だが意外なほどに、水夫の中にも、また荷を受けとりにきた商人や貴族の用人らしき者の中にさえも子供の姿は混じっている。これらに一々あたれというのか、きりが無い。


「······あー、なんかお腹空いたなぁ。ちょっと食べてからにしない?」


呑気にもマイシャがそんなことを言った。



 初めはまたいつもの気まぐれが始まったのかと思ったが、そこはきちんと考えがあってのことだったらしい。

 彼女が匂いに誘われて入ったのは、港に併設された飯宿のひとつだった。二階は泊り客用の寝室、一階は酒場兼飯屋というような、よくありがちな店だ。店内は水夫らしい男達で賑わいをみせている。ここにきてやっと彼女の狙いがわかった。港町のことは水夫に訊け、ということか。

 まずはどうにか相席へ滑りこんで腹拵えだ。

 ふたりは忙しげに動きまわる酒保をつかまえて料理にありついた。そうして元気をとり戻したのち、手当たり次第に話を聞いていく。


「子供だぁ?そんなのウジャウジャいるともさ」


「そのなかで金髪に茶目、一四くらいの子を思い出して欲しいんだけど」


「知らねえ! それより姉ちゃん、一杯付き合え!」


「奢りでも御免だね。しつこくする奴はナニを踏み潰すよ!」


「ガッハッハ、おっかねえ嬢ちゃんだ!」


 ちょっと乱暴すぎる口調に気を揉むが、むしろこれくらいで丁度いいのだろう。心地よい啖呵(たんか)に水夫たちはかえって喜んでいる。こんな調子で店中、さらにはいくつもの店でも聞きこみを繰り返した。

 それでもなかなか進展はみられない。

 無理もないか。もともと訊く相手が素面でないのだから。三軒目が終わる頃にはユオルも達観しつつあった。


 とはいえ、忍耐とはやはりするものだ。

 苦労の甲斐あって、五軒目でついにやっと、それらしい話にいき当たった。

 混んでいる卓を避け、カウンターテーブルで安酒を煽っていた水夫の三人連れは、気さくに訊ねかけられたことに答えてくれた。


「子供ぉ? そりゃ多いさ。波止場は食えないガキどもの溜まり場だからなぁ」


俺らもその口よ、と髭モジャの男はまたカップをあおる。


「ウィルニッツの旦那のとこの子だって? なんだい、最近はそんな連中ばっかりだな」


 思いもしなかったこの言葉に、ふたりは黙ったまま視線をあわせた。

 自分達のほかにも、(くだん)の令嬢を探してる奴がいる······? 捨て置けない情報だ。



 彼らの話によると、どうやらウィルニッツ家とその商会は、おもうより瀬戸際に立たされていたらしい。

 いま、この土地にはふたつの商会派閥があり、ウィルニッツが新興の者らの代表。そして旧来の、貴族お抱えを誇りとするモンデラッセ一派というのが別にあり、たがい(シノギ)を削りあってきたのだそうだ。

 その相手方の商会が、たまたま不運の連続に泣いたウィルニッツ一派から職人だの人足だのをひっこ抜いて挽回を謀っていたところで、ここにきて柱となる当主の死。

 形勢は一気に傾き、いまや糾合される寸前であるらしい。言われてみれば邸に人気が少なかったようにも思える。


「そこにつけ込んで、モンデラッセの後ろ盾になってるスリベロンって貴族様が旦那の資産に目をつけて、婿入り話を強引にねじ込んでるって噂だよ」


 酒気のせいか舌の滑りが良くなってきた水夫はいった。どうにも生来の喋り好きらしい。助かる。


「そりゃ考えるよなァ、旦那の娘さん達はみな美人だし。婿入り出来りゃ、金も女も手にできて、オマケにウルサい家もなくなる。これが貴族様流商法の極意ってやつかい」


 オイ、とさすがに朋輩(ほうばい)が辺りをはばかって相方を小突く。その水夫も赤い顔をしていけねえ、と笑った。


「······まあ、ウィルニッツの旦那も出来すぎてたんだ。イチ職人が商売にまで手ェ出して、あげく没落気味とはいえ貴族の娘と婚姻までしちまったんだから。今になって、そのツケがお嬢様方にまわってきてるって訳だ」


「ありがとう、為になる話を聞けたよ。ご主人、コレでこの人達にもう一杯あげてくれ」


ユオルは経費として分けられていた財布袋から、銀貨一枚を亭主の前へ滑らせた。

 酒場をでたマイシャは面白くなさそうな顔でこぼした。


「憧れ五割、やっかみが五割ってカンジだね。ま、成功者にはついて回る話だけどさ」




 役にたつ話ではあった。が、肝心の行方不明令嬢の情報にはひとつも触れられていない。またもや酒臭いなか聞きこみか、とげんなりしていると、前方がにわかに騒がしくなった。

 ドヤドヤっ、と声が起こったかと思うと、積んであった木箱が倒される音に混じって怒号がきこえ、(ザル)の山が吹っ飛び、乗せてあった魚が宙を舞う。

 それをしたのが、いま飛び出てきた少年だろう。

 蹴躓いて倒れこみそうになった直後。どういうはずみか、この少年とユオルの目が奇妙な具合にあった。

 と思うなり、まっすぐに此方に駆けてくるではないか。あれよあれよという間にマントの後ろへと潜りこまれてしまった。


「ちょっちょっ! 何だ何だ! なんだよお前はッ!」


腰の後ろにしがみついた少年は、そこにさがる剣に素早く視線を走らせて一瞬しまったという顔をみせたが、慌てるユオルの様子に決心したとばかり縋りつく。


「悪ィ! アンタら傭兵か何かだろ!? 助けてくれよ、追われてるんだっ」


 言葉を裏付けるように、物騒な面をした連中が八人程、人混みを押しのけて前に現れた。少年の前にたつふたりを認めると蛮声を浴びせてくる。


「なんだテメェら! どこのモンだ!」


「何処のって──どこのモンでもないが」


「余所者か、ふん。だったらソイツに用はねェだろう。その後にいるのを渡せ。さもないと後悔することになるぜ」


「おいおい」


 それ以降は語らぬとばかり、言葉のかわりに、シャン、と男たちは提げていた剣を抜き放った。見るからに粗暴な、しかし船乗りとはあきらかに違う風体。後ろのふたりは弓矢まで手にしている。おそらく傭兵の類だろうと当たりをつける。


「······おい、何やらかしたんだよ」


 背に負った盾の下から顔も出さない少年に、ユオルは早急に訊ねる。


「知らねェよ!あっちが勝手に突っかかってきたんだっ!」


 見上げてくる顔はどう見ても少年だ。歳の頃は団長とそう違わないだろう。顔立ちも年齢なりに整っている。

 亜麻色の髪はかなり短いし、勝ち気そうな茶色の瞳をもつ目は睨むように威勢がいい。成形(ナリ)も農夫の倅とみえ、粗末な麻の長袖チュニックにタイツといった、あきらかに男のものだ。

 捜しているのは少女なのだ。こんな所で騒動に絡まれている暇はない、のだが······だから違うといって放りだす訳にもいかない状況か。


「まあそう言うなよ。アンタら、なんだってこんな子供に物騒なものを向けるんだ?」


「なにを!? 一々説明しなきゃならん義理はねえ!

 ──さては。テメェらも同業だな? 獲物を掻っ攫おうたってそうは行かねえぜ!」


 覇気一声、ためらいなく剣を振るって突っ込んできた。


「おいッ!」


やむやく腰にとりついた少年をひきはがし、避け様抜剣してその剣先を抑え込む。抵抗から伝わってくる強い力に、相手の力量がうかがえた。

 思い切りの良さといい圧力といい、コイツら、慣れてやがる! 手強いぞ!


「くそ······話を聞けって!」


「しゃーないよ、()るっきゃないねっ」


 マイシャも、ユオルから受けとった少年を後ろに隠しながらマントを跳ねあげ、弓を手にする。




 延々と広がる牧歌的な風景をみやり、ロプスは頭をかいた。

 もちろんすぐに見当がつくとは思っていなかったけれど、ここまで影も掴めないとは。いくら家を回っても何も出てこない。なにか情報が間違っていたのだろうか。

 あらためて子細を確認すべく、同行人に訊ねかける。


「捜してるコって、どんなだったっけ?」


「歳は団長と同じくらい。短めの金髪に茶の瞳──だそうですよ」


「······うーん、間違ってないか。出てこないねぇ。子供ひとりどころか、子供連れってものさえ。こりゃ、ユオル達の方がうまく行ってることを祈るしかないかも」


「念の為、もう少し粘ってみましょう。可能性は低いですが、夜間に忍んでという場合もあるかも知れません」


ありがとうございました。

長くなったので、次回更新は20日(土曜日)の予定とさせて頂きます。




カドヴァリス。


異邦人によってもたらされた医療技術を基盤として、これを提供することで影響力をましている国である。ただし、これらの恩恵にあずかれるのは貴族と、一部の裕福な者たちがほとんどで、貧しい人々に向けられる目は厳しい。貧富の差は大陸でも顕著といえるだろう。

他方、貴族社会の勃興・没落もはげしく、地位の入れ替わりも激しい。それがかの国で営まれる、「鶏闘(ケトラ)」と呼ばれる賭け競技とまったくの無縁ではないだろう。


ミシェル・レビィー・ロライア著「六国案内」より



「の」多すぎ問題を修正。

焦るとこんなんばっかりです。

重複する表現も修正。一部表現を簡素化。

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