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二国渡り【海燕】

正午更新のつもりでしたが···

見事に遅れました。


 カドヴァリス。大陸西方の、人体による可能性を理学的に追求する新興国家。

 つい二月ほど前も、国宝やら密輸やらを巡ってひと悶着あったばかりだ。たしかにマイシャなどは、下手すると顔絵入りの手配書が出回っていそうな程にはやらかしている。


 「カドヴァリスとは仲悪いって話だけど、実際どうなの?」


「うーん······冷戦状態ってカンジ? 行き来自体は閉ざされてる訳じゃないけど、ウチももともと閉鎖的だからなぁ」


 だとするなら、カドヴァリス国内で彼女の人相はちょっと目立つかも知れない。折り合いのよくないケシュカガ人がいるとなれば好奇の目も集まろうし。最悪、クーベル(ペイ)の商談に悪影響がでるやもしれぬ。彼女もそれを心配しているのだろう。


「どう思う?」


 ロプスは針先を、新しく加わったもうひとりへと向ける。

 こんな時に役立つのは、各地を巡って世の事情に通じる風来坊の修行僧だ。


「問題ないのでは。髪やなんかは他国でもありふれたものですし。顔の造りはやや北方の感はありますが、サヴェリウス人とでも名乗っておけば分かりませんよ」


「決まりだね。じゃ、留守番はナシ。全員でこの任務をやり抜くよ」


「ほいほい」




 その後は着々と準備をすすめ、そうして出発当日の朝。同行する面々がレイベン邸の正門前に顔を揃えた。

 ロプサーヌ、ユオル、マイシャ、ニコラら護衛隊の四名。

 依頼主のグランツ・レイベン。

 さらに、子飼いから選りすぐって揃えたらしき自前の護衛隊も随行する。外へ保護の権を託したとはいえ、すべてを任せきりにするつもりはないらしい。


 門前には留守を預かるクーベルを頭に使用人たちがズラリとならび、主人の出立と無事の帰還を祈る。


「ではな、行ってくる。万事、商会の皆さんと相談してよろしくやるのだぞ」


「はい、お父様、お言葉どおりに。どうぞ無事にお戻りください」


「ウム」


「ロプスたちも気をつけて。お父様をよろしくお願いしますね」


「勿論だよ」



 大勢に見送られて出立した幌馬車は、まわる車輪でゴリゴリと石畳を踏みながら、外街道を目指して進む。

 前後を護衛の騎馬二騎ずつにはさまれた二台連れ。その前車両、雇い主側にロプスとマイシャが便乗する。

 今回は護衛ということもあり、我らが少女団長もいつもの様子は避け、市井に沿うよう心がけた紺のチュニックにミニパンツ、ベルト、黒のタイツ、ブーツといった控えめな色調の恰好だ。そのうえから旅人御用達、風雪よけのフード・毛皮裏地つきマントを羽織っている。

 おなじく同乗するマイシャは、ミクリス以来の緑長裾チュニックに襟巻き、収納付きのベルト。黒タイツにブーツ。揃いの冬用の旅装マントで、弓と矢筒を隙なく隠している。

 ちなみに後車両にのるふたりはというと、茶のチュニックに黒のズボン、ブーツ。革の軽鎧をつけ、女子ふたりと同じく冬用旅装マントのユオル。

 ニコラも、一見魔導士にもみえるフードつきの、前を右肩あたりに木ボタンで留められる型の長外套の下に、着崩した愛用のローブやズボンを着込み、足にはよく馴染んだブーツを履いて備えは万全だ。

 今頃、ふたりとも徒歩の護衛や荷物とぎゅうぎゅう詰めになっていようから、さぞや居心地は悪かろう。



「それにしても、わざわざ旦那さんが出られるなんて。いったいどんな商いなんです?」


 左右に対面式の長座席がおかれたなか、遠慮なく訊ねるロプスに、対面にどっかりと座るグランツは、ハッハッハと快活な笑みで応えた。


「くわしくは秘密、と言いたいところですが······まあ出発してしまったし良いでしょう。あるごく繊細な、医療器具の輸入について相談に行くのですよ」


「ああ、だからカドヴァリスに」


「我がディルソムは金属加工には優れておりますが、こと医療術の器具に関してはそうも参りませんのでな。国内で活動するカドヴァリス医療師らのためにどうにか出来ぬか、とある筋から持ちかけられたのです」


 驚いた。だとすればそれは国家級の計画ではないか。これを任されたのだとすれば、レイベン家は相当に認められた商家ということになる。


「いやいや、十数件のうちの一件に過ぎぬのでして。ま、いわゆる早いもの勝ち、誰が射止めても恨みっこ無し、という奴ですよ」


 それでも凄い。隣でマイシャがそっと肩をすくめた。



 今後の予定としては──何事も降りかかることがなければ──まず西の大港街スーフェへと到着。そこでいったん陸路に別れを告げ、航路をいく。

 通称「神の瞳」たる大湖を船で渡り、神教国へ入国。

 これを経由して、航路でもってカドヴァリスの港口へと至る。全行程にして往復二ヶ月半の旅となる予定だ。






 思えばここまで本格的な遠出は人生はじめてだな······


 ありがたくも空は晴れ、わずかに灰色の雲がぽつぽつと浮かぶ程度。どうやら一度目の航海はつつがなく終えられそうで、何よりである。入港をはたすべく、渡航船は巧みに帆を操って、ゆっくりと減速していく。

 以前ちらりとこの国の陰を認めたのは、ケシュカガでのイカれた観察旅行へと向かう船のうえだった。

 しだいに大きくなってくる神教国(しま)の港を眺めながら、ユオルはぼんやりとそんなことを考えていた。肌を寒風がさす。空気はすっかり冬のもので、雪もちらつきそうな程。水面をわたるそれは骨身に沁みる。

 マントの前をかき合わせながら物思いに耽っていると、甲板を踏む音がして隣にニコラがたった。

 ひさしぶりの本国入りだ、さぞや感慨も深かろう、と窺いみる。寒いだろうに、荷袋のなかにでも仕舞い込んだか、直前まで着ていた外套は脱いでいる。さらに緩んだ襟元を整え、心なしか表情もひきしまってみえた。

 目が合うと、「流石にね」とかたい笑みが返ってきた。



 中型船は軋みをあげつつも、湖面を滑るようにして埠頭へと収まった。

 港はごく素朴な造りで飾り気はなく、必要最低限の施設があるだけ、といった感がある。細々と動きまわっているのは僧侶ではない。あきらかに水夫や人足と思しき人々だ。どうやら僧以外の住人も一定数はいるようだ。


 乗客全員が港に降りたち、入国のための寄進を捧げおえると、すぐに武器の一切を手放すよう係の僧に告げられる。彼の説明によれば、国内への武器の持ちこみは許されていないとのことだった。

 だがそれは表向きのこと。

 危険な旅に備えは必要とて、その際は各団ごとひと纏めにして封がなされ、人とは別の道を通って、申告した港へと輸送される手筈なのだそう。これにも神聖税としてお金がかかる。

 ──まあ、平和の総本山にそんなものを持ち込むのだから、そこに文句をつける道理はないのではあるが。

 入国者同士の喧嘩、暴力沙汰はもちろん厳禁。やぶれば神殿騎士団がとんできて拘束され、厳罰に処される。

 その他、飲酒による大騒ぎ、過度の飽食など禁止事項はまだまだ細々とある。


 この『神の庭』は、万人の誰をも拒まない。

 すべての国、すべての人に対して門扉を閉じることはない。

 ただ一定の浄財を行うこと──それだけが条件だ。いつかの時代、どこかの皮肉屋がいった言葉が遺っている。


「アレも駄目、コレも駄目。おまけに随分ガメついときたもんだ」


 他に聞こえぬようユオルがボソリと呟くと、ニコラもどう返して良いものかと渋い顔をした。


「住んでいるのがほとんど僧侶だからね。暮らしにお金が関わることはほぼないが、外貨は必要、というやつで······まあ苦しいところなのだよ」


 成程ね、これじゃあ坊さん達も伝道に出たがる訳だ。




 さすがにこの国の表口を馬車に乗って過ぎるというのは(はばか)られる。敬虔なる人はおのずから頭を垂れ、二本の足で進むことを悟るものだ。グランツ旦那以下、全員が徒歩でふるき石畳を踏む。

 無愛想な港をぬけ巡礼路を進んでいくと、ついに荘重さを称える神殿がみえてきた。

 遠目からみやっても、それは真に繊細で美しい。吟遊詩人たちによって白鳥にも比せられて世に伝わるのも頷けるというものだ。もしさらに寄ってみることが叶えば、その偉大さに圧倒されるのは間違いない。



「あれでもまだ外周なのですよ」


 はるかに霞む神の城を見上げる面々にニコラが案内をする。


「あそこからはずっと奥まで『神々の領域』なのです。百はあろうかという壮麗な院がたち並び、それぞれに仕える僧侶が住みこんで修養を積んでいます」


「いちばん奥には何があるの?」


 好奇心に富んだいかにも彼女らしい質問を、ロプスが発する。


「この世最古の神殿にして、聖地がある······と伝わっています。ですが、すいません。詳しくは私も知らないのですよ。なにせ許された僧しか入ることを許されていないもので」


 なんでも奥に入るほど徳を積んだ僧が住まうとのことらしく、私などは(にわか)生臭ですよ、とニコラは自嘲めいた冗談で結んだ。

 たしかに。大陸神教の僧侶とは、神への奉仕と修養こそが第一義であって、伝道などの役職は最下層、どうかすると僧侶とさえ見なされない程であるとは、ロプスも耳にしたことがある。

 実際それらには正式な僧侶でない者もおおく混じっており、たんなる食い扶持のためにいい加減な説教をしてまわる輩もいる。



 ぐるりとまわるように配された道はやがて神域を逸れ、宿坊街ともいえる界隈へと入った。

 港や壮麗華美な神殿施設にくらべれば、みな等しくむき出しの、あり物を貼りわあせたような石壁。無個性な風合いをしたごくささやかな建物だ。それらのっぺりした二階建ての群れが、奥の院へとつづく巡礼の最終順路を何重にもとり囲んで、延々と続いている。



「考えたんだが」


 さすがにここでは警護に気を使う必要もない。

 道すがら、呑気に馬車の横を歩きながら、ユオルはふと思いついた案をニコラに持ちかけてみた。



「いっそ神教国に後援を頼んでみたら良いんじゃないか?」



 神教国であれば後ろ盾としてはこの上なかろう。その名を背負う者には何と言っても「神」が味方してくださる訳で、民のための騎士団というロプスの目的とも反ることはない。

 資金源としていささか不安な面はあるものの、精神的な意味ではやはり大きい。かの国が後ろ盾であるならば、と他も誘いに乗りやすくなるのではなかろうか。そう考えての提案だったのが······

 予想に反して、ニコラの表情は相変わらず芳しくなかった。


「着想は悪くない。けれど······残念だが勧められはしないな。なんといっても彼らは頑なだし······必ずしもロプサーヌ団長のいうような組織を歓迎してくれるとは限らない······」


 やはりなにかしこり(・・・)でも抱えているのか、そんな口調だった。


 何処の国にも色々あるのだな······


 ユオルは残念だ、とつぶやき、古く(わだち)の刻まれた石畳や、薄茶をかぶった乳白色の建物へとふたたび目をやる。



「お、あれ見て」


 ふいに興奮を潜めた声をロプスがあげた。みれば、むこうの建物の陰から一集団が現れたところだった。



「神殿騎士団です」



 白銀に金細工のはいった鎧。古風なサーコートをつけた者らが、騎馬に乗って悠々と通り過ぎていく。兜は被っていないので皆の髪が短く、その正体が僧侶であることが判った。ちらりと此方に(いや)な眼つきを向けるが、ニコラが傍にいるからかそのまま去っていく。

 ロプスなどは憧れか、はたまた羨望からかで目を輝かせているが、ユオルにはどうにも快い感じを受けなかった。

 なるほど、ニコラの言わんとしていることが何となくだが判った気がする。

 うーん、という声に隣をみる。

 かるく拳を握りしめていまだその一団を目で追っているロプスの背中をみて、マイシャがひとり唸っている。やはり鋭い彼女もおなじことを感じたのだろか。そう思って訊いてみると、


「あー······いやさ? 気持ちはわかるんだけどねえ。仮にも乙女なんだから、団長ちゃんはあれでいいのかなーと、つい、ね。お姉ちゃん代わりとしてはそう思うのですよ」


なんとも当ての外れた答えが返ってくる。

 いつから姉代わりになったんだ。心中で突っ込みながら、ユオルもふっと気を緩めて小さな背中に目をやった。


「そうかな。団長はあれでいいだろう?」


 いきなりそんな風に変わられても困るし······それに、すこし寂しいじゃないか。

 声には出さなかったのだが、目が合うと、マイシャにやれやれ、といった具合に首を横に振られた。なんだよ······



 今宵はここで一泊。

 翌朝、以後の道中の安全をお祈りして北西の港街へむかう。そこで諸々を回収してふたたび船上の客となり、ディルソムを経って一月半と少し。無事、カドヴァリスの地へと降り立ったのだった。



 「やっと、入国っ」


 ロプサーヌとグランツの身元保証書で無事に審査を通過した一行は、活気湧きたつ波止場で安堵のひと息をつく。

 でもまだまだこれからだ。いや、むしろここからが本番なのだ。勝手もわからぬ異国の地。目的の街まではどれくらいかかるか、治安はどうか、案ずることは山ほどある。

 そう意を改めて気炎をあげていると、


「そうはかからないよ。ここよりひとついった処にある街だから。先方も船荷でのし上がった商家でね。明日、馬車で行けば午前中には着けるだろう」


配下に宿をとってくるよう指示を出しながらグランツが笑った。



 その言葉どおり。

 翌日の昼前。一行ののる借り馬車は、訪問先であるウィルニッツ家が居をかまえる街、ボリュッソスへと入った。


次回更新は、16日(火曜日)を予定(あくまでも予定)しています。


重複する表現、一部セリフを修正しました。

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