初任務【若芽】
お寄りくださりまして、まことにありがとうございます。
巷でも冬の商戦真っ只中。ロプスたちもある意味、商談の真っ最中なようで…
「お待たせしました」
室内にゆったりと幅のある声が響く。
それまで席でそわついていたロプサーヌ・アウルロアの肩が、緊張ですこし強張った。後ろで侍立する護衛の者、ユオル・テバルーニェは柄にもない、と窺い見る。だがまあ、無理もなかろう。
ここは数少ない親友の実家であり、いまから面会する相手はその父、グランツ・レイベン氏なのだから。
海千山千の曲者商人たちをまとめる商業組合の頭取にして、街の有権者のひとり。
こちらの感覚としては王様に会うほうが余程であろうに、貴族社会の常識は通用しないからか、また違った緊張があるようだ。くわえて今日は、ひとつ命題を持ちこんできている。
大商会主との面会と、その際に得られる機会。
そう、騎士団の出資者への勧誘である。
なぜいきなりそんな話になっているのかというと、それは数日前────
「そろそろ私達も本格的に動きだしてもいい頃だと思うんだ」
新年を迎えてしばらく経ったある日のことだ。
外の寒さに敗北して、あてがわれている自室で鍛錬に励んでいたユオルの下へ、ロプス団長が突撃してきて居座った。
「新年も迎えたことだし、去年はおたがい何度か死にかけたじゃない? ボヤボヤしてる暇はないなって思ったの」
なるほど。二、三、四······
「でも、何で、急に、そんなこと、を?」
「昨夜、マイシャに言われたんだよね。『ウチらってもう、パーティーとしては一応完成してんだよね』って。どういうことか訊いたらさ、えーと、私が前衛でマイシャが後衛、ニコラが回復役で······?」
ふんふん、団長が前衛か。前衛? あまり聞かない役の分け方だな。まあいい。
指揮官としてはその適性はどうかと思うが、騎士を名乗るなら、ま、本人に腕やら度胸やらはたしかに必要かもしれない。その点、団長はちょっとは控えてほしいくらいには優秀だ。
マイシャが後衛。ただの後衛というには、あれで結構接戦でもこなす憎らしさがある。
とはいえ圧巻はなんといってもあの弓矢の技だから、後ろから攻める方が脅威だろうし、頷ける。ニコラにいたってはそのまんまだし······七、八、九、十。
「──で?」
「ん?」
「俺は、何なんですかね、その理屈でいうと」
「えと」
なぜか言い淀まれた。気になる間だ。とても気になるので重ねておこう。
「······何ですかね」
「······えと。雑役?」
「ざつ······」
何故に? そんな名乗りをした憶えは一度もないんですが。いつの間にかそこまで成り下がっていたのか、と愕然とする。
そりゃ不恰好かもしれないさ。だがこれでもちょっとは役にたったつもりでいた。俺が目指しているのは団長の護衛士であって、荷物番でも道化師でもない。実力がないことは認めざるを得ないけれども、せめて盾持ちには留まっていたかった。
それにしてもマイシャめ、また団長にいらんことを吹きこんで······
ちなみに。曲がりなりにも仲間とあいなったのだから、いらない垣根をとっぱらうべく、身内で敬語は使わないという団長直々の裁可がすでに下っている。
五、六、七、八。
「······ねえ。それさっきから何やってんの」
なにって······腕立て伏せで、鍛えてるんですがっ。
「ふーん······?」
いちおう相槌をうったものの、ロプスの表情に関心はみられない。
腹の中ではそんな見栄ばる局所的なところじゃなく、もっと全体的に足腰から鍛えてほしいんだよね、とか思ったからだが。それでも、やっと傷も癒えて張り切っている部下の気を挫くようなことは言うまい、と呑みこむ。
「とにかく、何処からもなにも挿しこまれない今のうちに、後援者探しを始めた方がいいと思うんだ。いい具合に今度クーベルが父君と引き合わせてくれるって言うから、持ちかけてみようと思ってる」
ユオルも腹の底でそんなに上手くいくのか? と思ったが、べつに待っていたって何処から声がかかる訳でもない。余計なことは言うまいと口をつぐむ。
それにやっぱり、友人のツテでも家のコネでも、使えるものはなんでも使って、という前向きさには素直に感心させられるのだ。
二、三、四······。
「··················」
なにを思ったか。
いきなり椅子をたったロプスが、ツカツカと部屋の縁にある寝床へ寄っていく。チラチラと横目でうかがうと、ムンズと彼の使っている藁入り枕を掴んだ。
なんだなんだと思っているうちに、そのまま横になって上下に動くユオルの背中にポンポンとそれを置き──
「ふんっ!」
「ぅげっ」
勢いよく腰を落とした。ユオルはその一撃を受け止めきれず、情けなく床のうえにべシャリと腹ばいになる。
「団長が話してる時は大人しく聞く!」
「はい······」
「なるほど、出資······ですか」
人好きのする落ち着いた声に、ユオルは意識を戻した。やや緊張気味ながら語られたロプスの話に最後まで耳を貸していたグランツ・レイベンは、口髭をなでつけながら応じた。
「娘からも聞いてはおりましたが、民草のための騎士団とは」
いってしばし沈黙する。
それはたいへん高邁なことだ、とぶつぶつ呟いた。どうも言外に、これは大変なことを持ち込まれたものだ、という思いがにじみ出ているように見受けられる。
「······如何でしょう」
「ふむ、そうですな。······失礼かと思いますが、これは商談、ということで言わせて頂きます。
民のための、といえば聞こえはよろしいが。具体的にはどの辺りまでを考えておいでですかな?」
具体的······。
問われてロプスはぐっと詰まった。
そう言われても······
言わずもがな、これはおそらく史上はじめての試みであろう。
公益という言葉はいまだこの世界には無い。
これらは本来ならば領主の仕事といえようが、彼らはあくまで自分たちにとって益になる事にしか食指を動かさず、貧しい者、貧乏くじをひいた者に差しだされる手は、せいぜいが仲間内によるもの。どうなろうともそれは自分たちの責任で、これを覆す道も自力救済しかない。
だから前例などあるはずもないのだ。正直にいえば彼女本人の中でさえ、その絵図面は曖昧模糊としているのだから。
しかし。想いだけならば、ある。
あのコドルカの街で味わった想い。日常を奪われた人達の見上げてきた瞳が忘れられない。
もうあんなことは起きないように──否、起こる前に未然に防げたなら。
「民のため、彼らの利益のための剣となりたいのです。仕えるべきは国ではなくて、民。そのための騎士団を創りたいのです」
「······」
グランツはじっと眉根を寄せて考えていたが、溜め息とともに、返答をはっきりとはき出した。
「残念ながらお話には応じかねますな。お志はたしかにご立派です。が、ただ護りたい、と仰れても。いったい何から護るのですかな。戦? 災害? それとも飢饉、病からですかな。またそのために握る剣とは、何処へ向くのでしょう。弱き民のためならば国へも向く、ということですか?」
「それは······」
「我々は商家。ゆえに利益を追求し、資金と物資を世に還元していかねばならない。まともな商人ならば身銭をきってまで乗るものではありませぬよ」
グランツは重ねて首をふるふると横へふった。残念ながら、話はもう終わりであるようだ。
ぐうの音もでない。ロプスは唇を噛んで項垂れた。
詰めが甘かった。たしかに説得するにはあまりにも漠然とし過ぎていた。
あれこれと頭は回るけれど、所詮はまだまだ子供。世の中のおおきな流れに割りこめるほどには物を知っている訳でもない。
はじめての商談は物別れにおわった。
その日の夜。
「失礼いたします」
グランツがつぎの懸案にむけて思索していたところへ、自室のドア外から執事の声がした。
「誰かな」
「クーベルです」
「お入り」
うながすと、平服のワンピーススカートに身を包んだクーベルがしずしずと部屋へ入ってきた。一通の書簡をグランツへと手渡す
「お父様、さきほど遣いの方がこれを」
「どれ······」
こんな夜半にくるとは急ぎのものらしい。グランツは立ちあがって燭台へと寄り、封を解く。慎重に書面へと目を滑らせていたが、おや、と微かに眉を顰めた。
「······どうされました?」
「うむ。今度の商談旅行なのだが······どうにも具合が悪くなったようだ。護衛に当てこんでいた連中の調査が芳しくないらしい」
ぴくり、とクーベルの眉がうごいた。
「今から探していては、あちらとの約束に間に合わないかな······」
「あの、でしたらっ」
いつにもなく焦り気味になってしまった。いけないいけない、とクーベルはひと呼吸おいて先をうかがう。
「その護衛の務め、よろしければロプサーヌたちにお任せ願えませんか?」
グランツは驚いて彼女をみつめた。彼女が家業のことに関心を示すのは珍しいことだった。
はじめは無理に学院へいれてどうかと思ったが、案に反して乗り気で通いつづけている。親としては乗り気すぎてすこし困るほどで、どうやら彼女はそのまま自力で職につくつもりらしい、とは執事からも聞いていた。
そもそも、軍閥関係の学院を選んだのはより高等な学問をさせたかったからで、平民である自分たちにとっては他に選択肢がなかったからだ。
むろん、そのまま就職させようなどとは思ってはいなかったし、いまも思ってはいない。卒業すれば婿を迎え、後を継いでくれるものと期待もしている。
これ以上、荒事に関わらせたくはない。
娘は娘なりに友人を助けようとしている。が、こればかりは······
そう考えたが、いや、むしろいい機会なのではないか、と思いなおす。試すように娘と視線をあわせた。
「彼女らはそこまで期待のもてる相手かな?」
「はい。彼女たちはすでに実戦も経験していますし、ああして無事に帰還してきています」
「······それは君の専門家として、商家の娘としての見立てかね?」
「はい、お父様」
彼女が頷いてみせると、グランツはなかば諦めたように溜め息をついた。我ながら甘いものだ、と思いながら。
「······いいだろう。では、今回限り、ということでお頼みするとしよう。
ただし。この件でこちらが満足したとしても、だからといって後援となる訳ではないよ。そのつもりで」
翌日。さっそくレイベン家の遣いが依頼の旨をたずさえて、アウルロア邸にいたった。
「またえらく急に決めてきましたね······」
いつの間にか溜まり場兼会議室となった応接間。
棚の傍でぱたんと本を閉じたニコラが、渋い顔をしてこぼした。
「報酬こそ出るが、旅中の費用は此方もち、ですか」
「私もちょっと抵抗あるかもねえ」
長椅子にうずくまって頬杖をついたマイシャもこちらを見上げる。
「だって行き先ってカドヴァリスなんでしょ。私、いて邪魔になんない?」
ありがとうございました。
しばらくは三日おきくらいの更新を目指します。
※次回更新予定は、十二日(金曜日)を予定しています。
脱字を修正しました。




