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幻燈絵巻【思ひ出】②


 翌日。

 いそいそと支度して出掛けようとするニコラをみつけたロプスは、上階の回廊から声をかけた。


「やあ、どこいくの?」


「おや団長殿。はい、ちょっと。なにか御用でも?」


「んーん、別に。その用がなくて困っている所だよ。よければ一緒していいかな」


「ええ、構いませんとも」


 じつのところ、先日クーベルから聞いて以来、日中の彼らがどう過ごしているのか興味が湧いていた。

 考えてみれば爺やの手伝いに忙殺されているユオルはともかく、あとのふたりの事はまるで知らないのだ。

 マイシャはまああの通りなので、いつの間にか姿を消していることが多い。まるで猫の後を追うようなもので、追跡は至難の業。

 だがニコラは、いつも決まった時刻に出かけていく。彼に限って変なことにはなっていないだろうが、食客の行動を把握しておく──これも家主の務めというものだ。

 そう自分に無理やり理由をつけて、見学について行くことにする。





 午後にはいつも雲が垂れこめがちな空も、今日は機嫌が良いようだ。陽射しはまっすぐ暖かく、ときおり思い出したように吹く寒風がなければ、秋の中頃くらいには思えるのではなかろうか。そんなことを語らいながら、ふたりはのんびりと石畳を踏む。

 何をしに行くのかと問えば、説法のための人形劇を演りに行くのだという答えが返ってきた。なるほど、それがクーベルの話にあった滑稽劇の真相らしい。



 彼が向かったのは、街の目抜き通りから一本ずれた道だった。

 そこには旧時代からの湧き水を利用した水飲み場がある。石の彫刻で獅子を象った湧き口からでた清水が、半円形に囲まれた小さなプールに注がれ、また地下水道へと消えていく。

 夏の間は人々が喉を潤したり、荷馬に水を飲ませたりして重宝がられていた。が、さすがに今は冬とあって人気はない。


「さてと」


 ニコラは袖まくりをし、腰を下ろして、負ってきたズタ袋のなかをゴソゴソやりはじめた。邪魔しないでおこうと思い、建物の壁に背もたれて眺める。

 彼は麻袋のなかから木箱をだしてそれを踏み台にすると、それにのって、いささかキザったらしく、左腕を楽隊指揮者のように前へとだした。中指にはまった龍晶つきの例の指輪が、きらりと陽に琥珀色の輝きを返す。


「ほッ」


 気合いの声とともに。

 溜まっていた水の面が、ゆったりと粘性を帯びたように動きをとめていく。

 しだいに水面が盛りあがって、不恰好な短身の蛇のような形をしたものが、次から次と泉から這いだしてきた。ミクリスでロプスの窮地を救ってくれた、あの水ナメクジたちだ。

 それらはお行儀よく一列縦隊で水場からでると、今度は横に並んで、ニコラの前でまるで敬礼をするようにプルリと震えた。

 なるほど、水の龍装術を催し物に用いた所はひとつの発見かもしれない。これなら場所を選ばないし、準備もせいぜい水筒ひとつあればよし。不思議な、手綱(てづな)とも思わせる術も神の奇蹟と相性がよい。わかり易く教えを広める助けとなってくれるだろう。

 わあっ、と歓声があがって、どこからか目敏い子供たちが駆けてきた。これにつられた大人たちも何事かと足を止めはじめる。

 こほん、と喉を整えると、旅の僧ニコラレッティ・カノップスによる、伝道のための人形劇がはじまった。



「うーん、さすがに上手いもんだねえ」


 見入る人々の輪にくわわってのんびりと眺めていたロプスも、感心のつぶやきをもらした。

 朗々とした声は名調子。劇の進行にも淀みはまったくない。あらためて慣れているなあ、と感じる。

 きっと出会う以前も旅を続けながら、こうして辻々で水芸をもちいた劇で説法をし、「旅の伝道師」をやってきたのだろう。



 そうしてしばらく観ていたのだが──


 だんだん水人形の存在に慣れてくると、なんというかこう、その造形の粗さに目がいくようになってきた。

 たしかに自省していたとおりかもしれない。いったん気になってくると、これはなかなかヒドい。

 話が頭に入ってこないのだ。

 舞台となる石畳にならぶのは、大聖父様、聖母様、聖公子様、端役といった役柄を与えられた水人形たち。そのどれもが、せいぜいが大小の差だけで無個性で、贔屓目にみてさえ違いがほとんど判らない。

 子供たちはキャイキャイと喜んではいるが、大人たちはやや考えながら眺めているようにみえる。

 一部に混乱をもたらしたまま劇は進んでいき、とうとうクライマックスのシーン。

 いちばん大きな大聖父様が、そのほそい腕を倒れ伏した聖公子様にやさしくのばし、そっと抱きかかえて包みこんだ──つもり、だったのだろう。

 だがふれた途端。


「ぶっ」


 大聖父様役が聖公子様役とドゥルンとひとつになってしまった。

 なんなら、聖公子様役を呑みこんだ大聖父様役は、ちょっと大きくなってブルルンと揺れている。この失態に子供たちは大笑いだ。


 ······うぅ〜ん。これは仕方ないんだけど。だってもとが水だから。けど、これは······うん、頂けな······ふっ。


 ロプスも必死でこらえて両手で顔を覆った。どうやら聖公子様は飲まれて消えたわけではなかったらしく、抱擁が済んだのか、その後スポンッ、と聖公子様役が大聖父様役の背中から出てくる。


 ······非常にいただけない。


 そっと反応をうかがうと、大人のなかには眉を顰める者も少数ながらいる。

 物語りと水芸を同時にこなす本人が僧侶であり、額に汗して一生懸命なのはわかるので、誰も文句をはさむ者はいないぶん、余計に滑稽(こっけい)だった。


 いや、きちんと伝わってはいるんだ。父神に抱かれた御子が天へと還り再臨された──とは。

 が、俗な、あるいは純粋な目でみれば、どうしたって聖公子様を大聖父様が食べてしまったようにしか映らない。教会が知ったら「お前ちょっとこい」で済むかは(はなは)だ案じられてしまう。


 ──ちなみに念の為に断っておくが、この大陸神教はこちらの世界の(・・・・・・・)信仰であり、異世界(・・・)の信仰とは一切の関わりもない。あらためて申し述べておく。


 そのまま何事もなかったように進む劇を前に、ロプスはいよいよ顔を両手で覆うのだった。





 辻説法が終わり人が散ったのち、少女からの忌憚ない感想をうけて、やはり、とニコラはかるく肩を落とした。


「そうですか······そうですよね、やっぱり」


もとから解っていはいたのだろうけれど、可哀想に、かなりしょげている。


「んー······もういっそさ、売ってる人形とかで演ったほうが良いんじゃないの?」


「それが······これでも意外と受けが良いんですよ。今さら変えるのもね。それに三日後、ここの教会での公演が決まってしまっているのです」


 なんて事。とっくに落とし穴に囲まれているではないか。

 察するに、本国から来訪した僧侶が自分の教区で目をひく説法をしてくれている。これを喜んだ街の教会がぜひ、と頼みこんだのだろう。成り行きは分からないでもないのだが······。


 とりあえず。


 肩をつかまんばかりの勢いで、ロプスはニコラの手をとる。


「何とかしよう、私も協力する」


「ありがたいです」





 邸にひきあげたふたりは、さっそく対策を練ることにした。

 食堂で、雑用もすんだユオルも捕まえてあれやこれやと案を突きあわせる。しかしなかなか進展はないまま時が過ぎていた。


「やっぱり龍装術の精度をあげるのが手っ取り早いんじゃないですか?」


 卓についたユオルが額を抱えるようにして言う。


「そりゃあ時間があるならね。でも三日後だよ? あんな風に龍装術を使うなんて私も見たことがないから。助言もしてあげられないし」


「です······よね」


 自身も龍装術を学ぶだけに、その操作の難しさはユオルも解っているはずだ。

 より細かく、精密に形作る。それは奥義ともいえる技術。

 もし龍装術に「その先」があるならば、ニコラや、あのギュスタ・ミルマーダがみせた手法がそうであるのかも知れない。返す返すも、あの術への理解と駆使は見事だった。


「ようは一体一体の違いが判ればいいのか······。違い······ちがい······差」


ユオルがうんうんとした苦しまぎれの呟きを漏らす。

 と、これに刺激されたか、ロプスの脳に閃光か駆け抜けたのはその時だ。

 それだ、と卓をうって立ちあがる彼女を、ふたりが期待の眼差しをもって見上げた。



「形に差がつきにくいなら······色を変えるっていうのは!? 顔料(えのぐ)とか薬草の汁とか使ってさ!」



 いわれてニコラもはっと息を呑む。


「成程······その発想はありませんでした。良いですね!」


「うん、いいじゃないですか!」


 行けそうだ。ついに突破口をみつけたと盛りあがる三人。喜びの声が外まで漏れ聞こえたのか、この様子に、通りかかったマイシャまでがひょいと食堂をのぞきこんだ。


「なになに、なんの話?」


「あ、マイシャ。いま忙しい?」


「あー、うん。ちょっとね」


「そう······手伝って欲しいことがあったんだけど」


「いいよ勿論。帰ったらちゃんと手伝うからさ」


そう残してそそくさと出ていこうとする。

 何やらひっかかる。ロプスはあわてて訊いた。


「どこ行くの?」


「ちょっとねー」


答えはそれだけで、ひらひらと手を振って壁の向こうへ消えた。気にはなったが、まあ仕方ない。

 さて、決まればさっそく実行あるのみだ。

 ロプスは邸にあるありったけの顔料を揃えるべく、家令(じいや)室のベル紐をひく。





 そうして三日間の奮闘ののち。ついに準備は整ったのだった。





 説法芝居本番の当日。

 急拵えニコラ劇団の面々──ロプス、ユオル、マイシャ、そして特別にトニオ少年──は、道具一切を街教会へと運びこんで、夕べの公演のために支度を整えた。

 ただ演じるのでは特別感がないのでは、というマイシャの意見により、舞台にも凝ることにした。

 背景絵を描き、だいぶ荒削りながら急ごしらえの箱舞台もつくった。主役の水人形たちを後ろから照らす蝋燭を数本おける、特別の仕掛けが自慢のものだ。これでぐっと臨場感が増す。



「そろそろ時刻、ですね。皆さん、よろしくお願いいたします」


ニコラが頭を下げると、四人は銘々気合いのこもった返事を返した。



 本国からきたという僧侶の説法を聞きに、人々が三々五々集まって席を埋めていく。

 やがて刻限となり、かるい挨拶のあと、劇はしずかに始まった。



 それは傍からみても、なかなかのものだったと思う。

 舞台にならぶのは、金、赤、青、緑など、ニコラ苦心の色付けの素を垂らされた水人形たち。背後を揺らめく数本の灯りが照らし、その身体を透かし映す。

 ニコラがいつも通りの調子で本筋を謳いあげ、板舞台の後ろに隠れたロプス、ユオル、マイシャ、そして主役の聖公子様役に抜擢されたトニオ少年が、水人形たちの動きにあわせて声をあてる。

 問題の接触が危ぶまれる場面では、舞台の奥行きを活かしてたがいを交差させる演出に変更がなされた。

 これにより、観客側からは水人形たちの色がそれぞれ重なり混じりあって、よりいっそう幻想的な雰囲気を高めることになる。普段は賑やかな子供たちでさえ、ひと声もたてない。



 それは夢うつつ、幻想の絵巻。

 橙色の揺らめきが、水の演者たちの輝きと共鳴する。

 うかぶ波紋が光と影をないまぜにして、床へと神秘のヴェールとなっておちる───




 舞台をとり巻いた人々はうっとりと劇に見惚れ、そうして公演は大盛況のうちに幕を閉じた。






「終わっちゃった、ね······」


 どこか放心したような、浮ついた気分が心地よい。

 公演後。みなは寒空のもと、教会の扉をでた所で集まり余韻に浸っていた。

 暗くなった空にはすこし雲ががかかってはいるが、星が冷えた空気の中、ことさらチカチカ、キラキラと輝いてみえていた。道具などは明日とりに来てくれれば良いという申し出に甘えて、帰りは手ぶらで済んでいる。


「さて······どうしますか? これから」


 おなじく名残り惜しいのだろう。ユオルが誘いをかけてきた。

 たしかに、このまま街にくり出すのも悪くはないな、とロプスも思った。まだ遅すぎるということもなし、食事処は開いているだろう。このまま帰るのもなんだか勿体ない気もするし、いまの気分を胸に、夜食を食べて帰るのも良い。


「んー。トニオはどうすんの?」


 唇をとがらせたマイシャが、横にいたトニオを見下ろして水を向ける。


「僕はこれから友達と家々を回るんだ。聖歌を歌ってまわるんだよ?」


「へえ、いいじゃん」


 せっかくの雰囲気をこわすのは申し訳ない、といった風に、ニコラもそっと片手をあげた。


「すいません。私は先に失礼したいのです。思ったよりも緊張していたのか、疲れてしまって······」


 はたと気付いた。

 そうだ、ニコラは龍装術と語りで相当へばっている筈だよね。


「あっ、そうか。御免ね。じゃあ······今夜のところはこれでお開きにしよっか」


「ん? ロプスちゃんはトニオと一緒に行かなくていいのかにゃ?」


「そこまで子供じゃないやい」


びしっと、マイシャの茶化しにかえすツッコミも決まったところで、ニコラ劇団は無事、円満解散とあいなったのだった。




 手をふって去るトニオと別れた後。

 邸で待っていたのは、邸内にただよう美味なる芳香と、食卓にでーんと鎮座した鳥の丸焼きだった。

 何事だ、と三人が呆気にとられている中、仕掛け人のマイシャはひとりご満悦だ。


「おっ、出来てるー。メイドさん達ありがとね〜っ」


両手をすり合わせてこれにとびつくと、添えられていた長ナイフとフォークで器用に肉を切り分けていく。そうして骨付きのやつをホイ、とロプスに突きつけてきた。


「お疲れ、お疲れ。はい、私からのプレゼント♡」


「ねえ······これ、何処で獲ってきたの。まさか」


「まーまー、おカタいことはいいじゃん? ほぅれ、うんまいぞー?」


 ゆうら、ゆうらと鼻先を芳しい匂いが行ったり来たりする。ニコラではないが知らず緊張していたのか、急速に空腹が首をもたげてきた。


「はぐっ!」


我慢できずに食らいつく。


「お嬢様っ、はしたのう御座いますぞっ」


 爺やの小言もいまは耳に入らない。

 気分はふわついているし、なにより肉が美味しいんだもん。ひとつ何かをやり終えたという充足感とともに、肉汁が空腹をやさしく満たしていく。

 旨ぁい······。

 頬がゆるんだ。


 まあ、いっか。明日のことはまた明日だ。

 そう割り切って、皆こぞって席につくのだった。



誤字を修正しました。

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