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幻燈絵巻【思ひ出】①

息抜き編であります。


 今年もいよいよおし詰まり、街も新年生誕祭のお祭り期間に入ろうかというところ。邸外の道をいく人々の雰囲気も、どこか華やぎをまとう頃のことだ。

 冬季休暇をむかえ、ひさしぶりに遊びにきていた親友のひと言に、ロプサーヌ・アウルロアはあやうく紅茶を吹き出しそうになった。



「いま、このお邸噂になってるよ」


「え、何それ、どういうこと?」



 赤々とした薪の爆ぜる暖炉が、応接間の空気をほどよくゆるませている。

 ロプスは身をのり出すようにして、向かいに座ったお客、商会頭取令嬢クーベル・レイベンに訊ねかけた。

 彼女は相変わらずゆったりとした所作でもうひと口茶をふくみ、手元を温めるためかカップを両手でつつんでいる。お行儀の面ではよくないだろうが、なに、いまは友達同士の気軽な席だ。



「『最近、怪しい人たちの巣窟になってる』って。

 裏の林じゃ、朝な夕な独りで(はや)したてる声が響いてくるっていうし。さっき迎えに出てくれた女性(ひと)でしょ? 公園で野鳥を射落として嬉々として持ち帰ったってヒト。それに、出入りしてるお坊様は辻で滑稽劇やってるって」



 なんてことだ。知らぬ間にそんな事になっていようとは。

 いや、間違いじゃないのだ。

 ユオルはいまもいそいそ林に出かけては龍晶のご機嫌をとっているし、そういえばこの前の晩、謎鳥の丸焼きが夕餉のテーブルに並んでいたし、ふらっと尋ねきて以来ウチに居着いたあの坊様も、毎日とごかへ出かけていく。どれも根も葉もある──なんなら実まで結んでいる話だ。

 だから間違いじゃない、のだが······さすがに噂にのぼる程に悪目立ちしていようとは。


「······知らせてくれてありがと。重々いっとくよ······」


「事実なんだ······」


赤い顔をしてうつむく友人に、クーベルはまずかったかな、という顔をする。が、ありがたいことにそこは友人のこと。彼女もこれ以上は話題を膨らませるつもりはないようだった。


「──あ、そう。新年祭のことなんだけど、今年は学院でね?」


 気働きのする友人の舵とりにより、話は無事、年越しに華やぐ街の様子や皆の近況など、他愛もないほうへと逸れていった。





「お嬢様は新年祭はどんな事してたの?」


 数日後。

 薪割りをしていたユオルを退屈凌ぎに眺めていると、寄ってきた邸の小間使い、トニオ少年が訊ねかけてきた。


「おい?」


ユオルがやんわりと(たしな)める。


家令(ジイ)さんに聞かれたら大目玉だぞ」


 いかにこの邸が身分に小煩くないとはいえ、ケジメは付けなくてはならない。子供だからといって知らぬうちに緩んでしまえば、痛い目をみるのは自身なのだ。彼が常々口にしている持論だ。


「ははは、いいよユオル」


 そんなに肩肘張らなくてもいいのに、と思いつつ、ちいさな主人は寛容にわらう。


「そうだなぁ。私の所のは······あなたが思ってるほどのものじゃないよ。冬季休暇中だから内々の集まりはあるけど······まあ質素なものさ。基本、城内の教会でお祈りしながら年越しかな」


「ふうん、そうなんですね。王城なんだからもっと豪勢にやってるものだと」


ユオルが素直に応じると、トニオもうんうんと頷いている。



 新年祭といえば、か。季節柄よくのぼる話題だね······



 新年生誕祭。

 十二の月を一年とし、その年暮れから新年にかけての、一年をしめくくるお祭り。

 どのくらいの長さで、どんな事をして祝うのか。それは国や地域によってまちまちだ。この国では最後の二週間がこの期間にあたる。

 じつのところ、新年がいつから始まるのかも曖昧で、貴族や教会など社会ごとでバラつきがあるのだが、平民の間では、一月一日から新年、ということで浸透している。

 だからそれまで、新しい年の誕生を祝って騒ぐのだ。


 大の男が女装して踊りまくる、なんてユニークな騒ぎかたをする所もあるらしいけど······

 思いながら、しぜんふり返るのは留学にでる以前のこと。



 私にとっての新年祭──それは社交の催しに同席を許された、数少ない場だった。

 初めのうちは和やかで華やいだ雰囲気に胸を躍らせたものだ。だが集うほとんどの者らの態度が、どこかよそよそしく冷淡だと気づくのにそう回数はかからなかった。大人たちだけではなく、これを真似た子供たちまでもがそうだったから。

 次第にひき出されることが苦痛になっていったっけ。いつも壁際でひとり大人しくしていたのを憶えている。




 ──ああ、嫌だ嫌だ! 王城での記憶をふり返ると心が腐る。


 ロプスは息とともにそれらを吐き出す。それでも内心を零すことなく、


「まあウチは古風なとこあるしお固めだから」 


とわずかに笑んでみせる。

 うまく隠したつもりだったが、ユオルにはなにか察せられるものがあったらしい。態度でそれとわかる。それでも踏みこんでこない所は、やはり彼の美点といえる。胸をはれる訳でもなし、トニオの幸せな気分に水を差すだけだもの。


「だから街方のほうがよほど賑やかじゃないのかな。君たちの方はどんななの?」


 問われ返された彼は、主に答えられるのが誇らしいのか、すこし胸をはって言った。


「僕たちは、新年に贈りものを貰いに近所をまわるんですよ。あ、もちろん聖歌を歌ったあとですけどね」


「おお······そういえばそんな事もやったっけな······」


まだ幼かった頃を思い出してか、ユオルも空をみあげて相槌をうった。


「へえ、楽しそうじゃん」


「うんっ」


 こら、とまたユオルに嗜められ、少年は舌を出して「はい」といい直した。






「······あのさ。みんなの所ではさ。新年祭ってどうしてた?」


 午後のお茶時分。

 食堂に雁首そろえた面々に、ロプスはおなじ質問をぶつけてみた。

 べつにクーベルやトニオにあてられた訳ではないけれど、皆にも自分の知らない顔があるのだとあらためて気付かされた。

 この時期、いったいどうやって過ごしてきたのだろう。

 想像してみたら、何となく訊いてみたくなった。

 いきなりの質問に、彼らはそれぞれの反応をもって返してくれる。


「えー? まずクリスマス祝うでしょ〜。んで七面鳥食べてケーキ食べてぇ、ゲームしてぇプレゼント交換もしてぇ······あー、あと年明けは餅と雑煮とおせち食って······二年(もう)でかな?」


 マイシャが行儀悪く長卓につっぷし、足をぷらぷらさせながら一番手をきる。今日はなにも予定がないのか、いかにも暇といった感じだ。


「······クリ······モチ???」


突拍子もなくでた謎の言葉に頭がこんがらがる。


「······あぁ、ゴメンゴメン。これアッチの記憶(やつ)だったわ」


 だとしたらひどいウッカリだ。そんな調子で異世界の出身であることをバラせば、この国でもあっという間にとっ捕まってしまうだろう。もちろん、話自体はすっごく気にはなるのだけど。

 それにしても食べてばかりだなぁ、とロプスは苦笑する。


「そーりぃ〜」


とまた謎語を発し、彼女は頬杖をついて話をあらためた。


「ケシュカガでは馬鹿騒ぎかなぁ。一年の無事を、先祖と自然神に感謝して宴をやるの。さすがに新年迎える頃にゃ、教会行ってお祈りくらいはするけどねー」


 なるほど、宴会ね。あの獣渡り後の光景を思い返すと、さぞや賑やかなのだろうなあ。

 ロプスがそう予想をつけていると、ユオルもつづいてくれた。


「ウチの方でも新年までは何かしら催しやってましたね、二週間くらい。特別に育ててきた猪を潰して保存食作るんです。それで新年くるのを待って······あ、大道芸人なんかも来てました」


「私の方では──まぁ、ご想像のとおりです」 


 カップで口を湿らせて苦笑したのはニコラだ。


「粛々と新年生誕祭の支度を整えながら待ち、その日をミサとともに迎えるのです。ですから若い僧などははやく街に出たがってね。伝導役はいつも奪いあいでしたよ」


 それはそれは。さすがのお坊様たちも新年は浮かれるほどに楽しみなのかぁ、とすこしほっこりさせられていると、ここであらたに記憶が甦ったか、彼はもうひと言つけ足した。


「そういえば。まだ親元にいた頃、家々を子供たちだけで回って聖歌をうたい、ちょっとしたお菓子なんかも貰ったこともありましたね」


それは、朝トニオがいってたやつだろうか。


「やっぱり。他の国でも同じなんだなあ! 俺もやってましたよ」


「まあ神教の行事ですしね。もっとも、起源はマイシャ殿たちの自然信仰由来らしいですよ?」


「へえ?」


同様の思い出があるらしいふたりはその話で盛りあがっている。

 自分の名前がでたのに妙に静かだな、と視線をむけると、マイシャは手元にあった手拭き布をいじってなにやら遊んでいた。

 目が合うと、にっ、と笑う。


「どうよ」


自慢そうにいって両手をのけた。


 と、なんと。

 そこには布でできたリスが立っていた。

 いかんせん正体が布なのでややくたびれてはいるが、それはきちんとすまして座るリスにみえる。


「かわいーっ♡」


「ふぅむ、見事なものだ······」


 思わず目を輝やかせてしまったロプスはともかく、なぜだかニコラまでもが、えらく感心したようにくったりリスに眺めいっていた。

 あまりに真剣な眼差し。お坊様には家政分野の修養もあるのだろうか。問いたげにそんな顔をみせると、


「いえ。じつは私······こういう造形の妙にまるで(うと)いものですから」


と、ニコラは、恥ずかしそうに小指で頭の後ろを掻いた。



②に続きます。


微修正しました。

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