預けもの【巣立ち】
駆けつけたマイシャは絶句した。
あたりは暮色に染まり、星が瞬きはじめている。配された篝火のように残骸が燃えるなかで、まともに立っている者はひとりもいない。
「あ······マイシャ? よかった······」
彼女の無事を認めたロプスが微笑もうとした。が、わずか顔を歪めただけで、バッタリと石畳に倒れ伏してしまう。
「ロプスっ!?」
マイシャはあわてて駆け寄り助け起こす。
「······へへ、ちょっと失敗。······人魔結晶は?」
「大丈夫。今頃はザペル達が奴らのアジトを突き止める筈。それよりもアンタ達だよっ!」
「私は、まだ平気、かな。それよりユオルが······」
え、とみれば、彼は今しもニコラによって抱え起こされている所だった。
革鎧のあちこちが焼け焦げて欠け、衣服はもとの色も判らぬほどにボロボロに崩れてしまっているではないか。
「──マイシャ殿。怪我はないようですね。ロプサーヌ様をお願いできますか?色々とまずくなりそうです。その前にこの場を離れなければ」
もっともだ。ニコラの言にマイシャも頷いて同意し、ロプスの右脇に頭を滑りこませた。
以降のことは、後日報告で聞いた話となる。
その場を後にした四人は、いちどザペルらの下宿へと避難し、一時的な手当てをする間に、近郊の大街へとディルソム国軍の庇護をもとめて遣いを走らせた。
約定どおり、半日とたたずに国軍が到着し、ロプサーヌとユオル、そしてニコラを護衛しつつ帰投した。
マイシャはひとり残り、ザペルらと合流。
任務の推移を聞いた後、ともにロプスの待つ街へと参じた。
予測どおり、ミクリスの警兵隊はウェラヌスギア潜入兵の撹乱にあい、右往左往させられていたらしい。それでも数人は捕縛したが、大方は取り逃してしまったとのことだった。
その中にギュスタ・ミルマーダの姿はなく、他のどの報告にも、あの男が街の隅に流れ着いたという報せは聞かれなかったという。
「ふぅん。じゃ、無事に人魔結晶は回収できたんだね?」
療養室としてあてがわれた街教会の一室は暖かい。特別支給された薪を惜しみなく暖炉に焚べてくれているからだろう。
全面協力を約束しながら事の推移に間に合わなかったディルソム国軍は、これを気に病んでか、もっとよい宿舎での療養を勧めてくれた。
しかし他国の軍宿舎では、せっかく腕利きの治療師であるニコラがいても、その行き来はさすがに妨げがある。そこで辞退して、この街教会へと転がりこんだのだった。
いくつか並んだベッドのうちふたつを占拠している主従のまわりに、治療を助けるニコラと、報告にきたマイシャ、ザペルのケシュカガ組が顔を揃えていた。
比較的元気そうなロプスの様子に、マイシャはほっと胸を撫で下ろしている。その横でザペルは、ウムとうなずきを返す。
「やはりカドヴァリスの奴ら、まだ大量に持ちこんでいやがった。すべて奪取し踏み砕いた後、地に埋めてやったさ」
「そ。じゃあこれで貴方達の任務は完了だね」
病床に座った彼女が小さな手をのばしてくる。ザペルは丁寧にその手をとって握りしめた。
「思いがけぬ形となったが、君たちに出会えたことは救いだった。心より感謝する」
ロプスもにこりと笑み返したが、今ひとつその表情は晴れない。理由は奪還に協力すると約束した崩緑の大角のことだ。けっきょくあれはカドヴァリスの手に渡ってしまったのだ······
「国宝は、残念だったね······あっちに渡ったっちゃって」
「······なんだ、そのことか」
マイシャが素っ気なくいった。
「そのことなら気にしなくていいよ。あれ、偽物だから」
は?とその場に揃った一同、ひとしく絶句する。
「せいぜいが特別上等な盾壁の角ってところ。つけてた苔は本物からこそぎ取ったものだけどさ」
「こいつ······」
ザペルが心底呆れた、といった風に言葉を漏らしたが、あまりにも感情がすぎて後が続かなかった。妙な間がうまれても、さすがに皆気まずく、口をだすことは憚られる。
ややあって、どうにか感情をおし留めたザペルがふぅ、と息をついたことでようやく膠着はとけた。
理解はしている。こいつとて命じられるままに動いたに過ぎないことは。
たしかめるようにチラリと視線を投げた先の顔色も、けして無痛ではないことを裏付けている。
「ユオルは?······大丈夫そ?」
冴えぬ表情のまま声に緊張を潜ませて、マイシャは、ロプスの奥で半身を起こしていたユオルへと問いかけた。
「······大丈夫です、なんとか」
ちっともそうは見えない。身体全体に幾筋もの布帯が巻かれ、特に右腕は、首にかけて吊られているではないか。
ニコラがしかと釘を刺す。
「大丈夫なものですか。龍晶が護ってくれてたからいいようなものの······本来なら大火傷で生命はありませんでしたよ」
その言葉にユオルは真顔で固まり、マイシャはぐっと下唇をかんだ。
「······ちょっと。差しいれ買ってくる」
別れをいって踵をかえすザペルともども、マイシャは教会をでた。
外は鈍色の雲がわれて晴れ間がのぞき、午後のささやかな日差しが街並を金色に照らしている。
正面口につづく大階段を降りたところで、マイシャは足を止めた。負っていた荷からゴソゴソとなにかをとり出すと、それをザペルへと押しつける。
それは一通の書簡らしきものと、人魔結晶を納めたあの青い小箱だ。怪訝げに顔をあげる。
「お前、これ······」
「──悪いんだけどさ。それ、ケシュカガンの大爺様に届けてくんないかな。手紙は、父上に」
ザペルは口を開いて何かを言いかけたが、そのことについての言葉は呑み込んだ。代わりに問う。
「······もう、戻らないつもりなんだな」
こくり、とマイシャは視線を逸らしたまま無言でうなずく。勇士は一瞬、寂しげに眉毛を寄せた。
それでも何も言うことはなかった。
ふたつの預かり物を自身の荷のなかへ仕舞うと、ドン、と胸を叩いて歩きさった。
騒動の中心となった者たちの去った、ミクリスの街。その外れ。
人気がなりをひそめた水車小屋のなか、ふたつの訝しい集団が睨みあっていた。敵対的、という程にはないものの、緊張感で、小屋内の空気は張り詰めている。
受け荷を確認し終わったウェラヌスギア潜入隊の隊長は、手下がふたつある中箱を運んで下がるのを目で追いながら呟いた。
「······頭にきて帰ったと思っていたが」
むかうカドヴァリス側のリーダーも、皮肉に口の端をゆがめて応戦する。
「本来ならそうしている所さ。ケシュカガの連中は雪崩込んできやがるしな。まさか、アレもお宅らの差し金か?」
まさか、と隊長は肩をすくめてみせるのを、リーダーは一段鋭さの増した眼光で捉える。
「そうかね。報告じゃ、さんざウチの連中を屠ってくれたそうじゃないか」
「······敵の目を欺くにはまず──って奴だろう。もっとも。それを請け負ったのは暗殺部の連中だ、俺の領分ではないんでな」
隊長はこの時ばかりと、嫌味たっぷりに後ろに控えている人物へと視線をやる。
「そうだろう?ミルマーダ」
だが返事はない。
リーダーがつられてそちらに目をやると、相手の背後に立っていた人物は、先程ひき渡した荷箱へと歩いていくところだった。
なんとも奇妙な恰好をした男だ。全身に多量の布帯が走っている所はいかにも不気味。各所にわたる傷が夥しいのか、左脇の下へいれた木杖でかろうじて立っているといった様子だ。にも拘らず、研ぎ澄まされた凄味が漂っている。
手負いの獣、か······。リーダーは触らぬが良しと判断した。
その男は仲間の問いかけにも無反応のまま、いちどは閉められた箱の蓋を開けさせた。ザグリ、と荷のなかへ手をつっこみ、赤黒い忌まわしい結晶を掴みだす。
なにをとおもって眺めていると、それをなんと。事もなげに口へと放り呑みこんだ!
さすがに誰もが腹の底がゾッと冷えた。
布の間からふたつのぞいた黒い瞳が、ふたたび赤い不気味な色を帯びる。
ニタリ、と鬼気迫る笑みで、ギュスタ・ミルマーダは嗤った。
ありがとうございました。
次回で第三話、最終部となります。
一部を修正いたしました。




