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夕闇に帰す【血戦】④


「な······なんだコイツは······!??」


 でかいナメクジに腕が生えたもの、というか。

 とにかくそう形容するしかない謎の物体が、透ける身体をくゆらせて、燃える剣身に縋りついている。

 非力そうなその腕では不足だったか間に合わなかったのか。とにかく無様にも頭を割られてしまっているのだが、当人にはいたって堪えていないようだった。

 夕陽を透かして煌めく身体が示しているのは、組成が水だということ。


 水──ということは。


 しぜんと視線が誘われる。

 運河だ。

 商いの盛り場たる円形広場に重荷を運び込むための運河が、例外なくこの場にも通っている。ちょうどロプスの背後に。

 目を凝らすと、わずかにコレの這い出てきた道が煌めいて残っている。


 ならば人は? 人影はどこに?


 これが人為的な業の成さしめるものならば、かならず近くになくてはならない。

 視線が運河を遡る。

 いた。離れたアーチ橋の上。長身の人影。



「······アイツッッ!!」



 そこに立っていたのは、杖を携え、長衣をまとった僧の姿。

 ニコラレッティ・カノップスが袖をまくり、左腕を虚空へと突き出していた。その手、中指には琥珀色の輝きが瞬いている。


「──あれは、龍晶の輝き······」


「なん······? あの坊さんまで······龍晶······を?」



「っ······! 何で······なんでなんだっ······!!」



 突如叫ぶと、ギュスタは怪僧へと突進した。



「ぐッ!!」



 さらに気合いを集中すべく、ニコラが杖を持った右腕をもそえる。指輪に収められた輝きが精彩を増していく。



「グランディオッサ!!」



 呼び名に応えるがごとく運河から幾筋もの水流がたち、意思をもったようにギュスタに襲いかかる。



「ウラアッ!!!」



 動きはけして速くはない。しかも単調だ。

 だが無限に近い源泉を供給される水の奔流は、質量でギュスタの突進を押し留めようとはかる。一度はその波状攻撃に阻まれたものの、対抗してギュスタの左腕からも緑の輝きが溢れる。

 全力の魔法炎熱剣でひとつを蒸発せしめ、さらにもうひとつを龍装術による凍結でおし留め、後はことごとくに避けきる。


「······く······っ!」


 水牙の源泉は無限にあろうとも、もうひとつの源たるニコラの体力はそうも行かない。

 限界を悟ったニコラはやむなく術を解き、目前に迫っていた刃を樫の杖で間一髪受け止める。さしもの魔法剣も大量の水にすっかり熱を奪われてしまい、木の杖を燃やすまでには至らなかった。

 だがいまのギュスタには、そんなことはどうでもよかった。



「······どうしてっ······どうしてアンタはいつもそうなんだッッ······!」


間近に迫ったギュスタの顔は、苦々しげに歪んでみえた。


「······いつも?······なんの話ですッ!?」 


「······俺を憶えていないっての······? ハッ······忘れたとは言わせないよ!!」


 ギリギリと、たがいに単純な力の押し合いが続く。 

 そうさ、その顔。

 生まれ変わろうが、髪や瞳の色が違おうが、間違いないッ。

 だが向かい合うニコラは、皮肉に口の端を歪めた。



「······どうやら(いず)れかでお会いしたらしいが············あいにく。こちらにくる前の記憶は私には無くて、ねッ······!」


「!」


 フッ、と緩めていなし杖で打つが曲剣で受けられ、逆に橋から蹴り落とされる。



「ぐッ!!?」

「坊さんッッ!!」



 かろうじて運河へ落ちることは避けられたものの、ニコラもしたたかに背を打った。


 いかん、あれでは!


 だが、案に反して追撃はなかった。

 ギュスタは橋の上でハタと動きを止めていた。立ち尽くしているのだ。呆然と、何もない所をみつめて。



「······なんだそれ。何だよソレは······なら俺は今まで、何で······」



頭にとまっていたターバンが限界を迎えたか、のさりと橋上に落ちる。黒くながい髪が露わとなり、風にたなびいた。



 ただひたすらに彼を突き動かしてきた根源。それが唯一人の親友とよべるヨシチカとの再会。

 無事に会えたならどんな言葉を交わすのだろう。

 いきなり軽口を叩きあうのか、それともひとりだけ先にくたばりやがってと恨み言をいうのか。自身それすらも楽しみにしていたというのに······

 ただ昔みたいにやっていければ良い。例え、それが自分にとっては異なる世であろうとも構わないと思っていたのに。

 それが······『憶えていない』だって? ふざけるな······ッッ!!



「······だったら。思い出させてやるよォ······ッ! 一発二発目ひっ叩きゃあ記憶なんてすぐ戻んだろぉッ!?」



 危険な光を帯びるギュスタの鋭い眼光が、橋の下で起きあがったニコラを捉えた。



「ッ!······だァァァァァァ──────ッッ!!」



 痛む身体に鞭をいれ、ロプスが絶叫とともに立ちあがる。

 まだ立ち上がれる。

 ニコラを守るべく前へと出る。


 なら、まだ行けるッ!



「煩いんだよお前ェェェェ────ッッッ!!!」



 ギュスタは口中で呪詛を呟きつつ二本指で剣の腹をなぞる。描かれた文字が紅光を帯びて曲剣へと吸いこまれる。

 全身全霊の炎熱剣はもはや隠すことも出来ぬほどの激情を象るかのように、幾本もの炎の筋で渦を巻く。ゴッ、と背景を歪めるほどに迫力を増した得物を振りかざし、ヒラリと橋上からとび降りてみずからロプスへと向かう。

 二つの刃が交錯し、白熱の輝きが地上へ無数の星を刻む。

 拮抗状態から、出し惜しみなしの両手持ちで低身から跳ねあげられた一閃がついにロプスの態勢を崩す。



「ぐらァァァァァァァッッッ!!!」



 全力の横薙ぎが受けたロプスを吹き飛ばす。


 しまっ──


 巻き込むような衝撃を受け白槍が手からはじかれ、石畳のうえを転がる。



「くたばれェェァァァァッッ!!」


「くッそぉぉぉぉぉぉッッッ!!!」



 起き上がれッ、寝てる場合じゃねえぞ!いま動けないでどうする!!


 歯を食いしばってユオルも駆ける。ちいさな主のもとへ。


「このゴミィィィィッッッ!!!」

「ウォォォォォォッッッ!!!」


 横合いから迫るユオルと迎え討つギュスタの刃が絡み合う。正真正銘、死力を尽くした激突は五分と五分。油断も計算もないいま、今度は強引に押しこむということは叶わない。

 いや、それどころか······



 ッ!剣が······保たない······ッ!!?



 最後の最後で得物の質の差がでたか。

 度重なる熱の出入りにユオルの剣へ亀裂が走り、脆くも崩れていく。



「──ハッ!!」



 駄目だ······斬られるッ!



 覚った刹那、またしても憎らしい先達(アスタミオ)の言葉が甦る。


 死ぬまで止めろ!死んでも止めろ!盾がなければ──



「身体でッ、止めろぉおッッ!!」



 亀裂が刃元まで達せぬうちに、ユオルはなんと右腕の革篭手をみずから熱剣に押し当て、さらには剣すら手放してこれを支えにかかるではないか。



 コイツ──正気か······?


 炎熱はいまだ忌々しい風に散らされているとはいえ。

 刃も大概脆くなっているとはいえ。

 此方の力が少しでも勝れば革の篭手なぞなんの役に立とう。諸共に両断されて当然だというのに。


 コイツも大概イカれてやがる!


 こうなればあとは持久力の勝負。ユオルの体力が底をつくか、ギュスタの魔力が枯れるか。

 だがそんな決着をこのギュスタが待つはずなどない。

 そうだ。おかしいのだ。俺がこの、遅れた連中に並ばれているというこの事態そのものが。



「この俺がッ······!お前らっ、ニィィィッ!!!」



柄をとおし、ギュスタの魔力を吸い尽くす勢いで魔法剣が威力を増大させる。



「知ったっ、ことかッッッ!──お前なんかァァァァァァッッッ!!!」



 ユオルの心臓が跳ね、胸中に灯った火が焔となって爆ぜたと幻覚したつぎの瞬間。




 《──キェェェェッッ!!》




 突如、小龍の発する力が豹変した。

 無色の流れが赤の渦へと塗り替えられていく。風の流れが炎の渦へと取って変わったのだ。



「なッ!!??」


「──ユオル······きみ···········」


 熱い。全身が燻される。だが······これでッ!



 ユオルには、自身に起こった変化を実感する余裕さえなかった。ただ無我夢中の境地でギュスタの刃を掴む。

 ジュッ、と嫌な音と臭いがして苦痛に顔が歪む。刃が徐々に掌へと喰い込んでくるのが判る。

 だが、いかな銘剣とはいえ、相乗の熱に晒され続けては鋭さを保ち続けることは出来ない。曲剣の鋼身は赤熱し、ついにはグニャリと横へかしいだ。



「チッ──俺を火責めしようなんて······モブ風情······がァァァァッッッ!!!」



ありったけの魔力をこめて呪詛を編み、ギュスタも炎を放ちながら両手で組みつく。爆炎が起こりふたりを包む。



「ユオルゥッッ······!!」



 やはり炎を統べる術ではギュスタが上手か。ユオルの炎は一気に呑み込まれていく。


「ぐ······おッ!?」


 ふッ、と押し合っていた力が消失する。

 勝った、とギュスタが直感した刹那。



 ──龍装術は身で覚えた技にこそ真価を発揮する──


「ッ!」



 不意に沈み込んだユオルがギュスタへと背を向けると同時、曲げた右肘へギュスタの腹を乗せる。

 あっ、と思った時にはすでに宙に浮いていた。

 投げ、という合気を意識しての行動がふたたび風の龍装術を呼び起こし、ふたりにかかっていた炎が一気にギュスタへと浴びせかけられる。



「グイッッ!!」



 容赦なく背を打ち、余剰の勢いでゴロゴロと地面を転がるギュスタ。


 助かった。たったの一ヶ月そこそことはいえ、みっちりと仕込まれた警兵時代の捕縛術鍛錬は無駄ではなかったのだ······


 精根尽き果て意識を失って倒れたユオルの燻りを、ニコラがあわてて水で鎮める。




「ぅ······ぐ············っ」


 その蠢きにロプスは肌を泡立てて、投げ出されたギュスタを食い入るようにみる。

 全身に煙をたち昇らせながらも。

 ボロ屑のようになった衣を引きずりながらも。それでも奴は立ちあがってくるではないか。

 口許がなおも何事かを呟いている。呪詛だ、と覚る。


「──このッ!」


 ロプスは地面に転がる白槍のもとへと跳びこむと、起きあがり様一閃。強烈な光が薄闇を裂いてギュスタへと放たれた。

 間一髪、放たれようとしていた炎ごと、光の矢はギュスタを弾きとばす。

 だが。だが、まだ。


 起き上がる、というの?


 広場の際まで押し出されたギュスタは、右肩を貫かれてもなお立ちなおり、動くはずもない右腕を持ちあげてくるではないか。


 不死身······一瞬そんな言葉がみる者の頭をかすめた。


 が。

 ダラリと右腕が下げられ、ギュスタの瞳から赤い発光が失せる。

 そのまま仰向けに倒れこみ、ついに水路へと落ちて飛沫をたてた。



修養の道に入りし以上、諸君は家を捨てねばならぬ。

名を捨てねばならぬ。繋がりを、俗世の栄達を、親兄弟をも捨て去らねばならぬ。

そうしてこそ、神の御座所への門は開かれるのだ。

それは人だけに留まらぬ。龍とてまた、同じ。

古き友より寄進された輝きもみな、諸君とおなじく号をもって呼ばれる。

もしも諸君らが修養を積み、神の託宣を受けること叶えば、彼らと道を共にすることもあろう。


            「新人修道僧への勧め」より


所属龍晶リスト

 ······

 ······

 ······号グランディオッサ

            ニコラレッティ・カノップス


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