夕闇に帰す【血戦】③
「うらァァァッッ!!!」
そうだ、俺にはもうひとつの力がある。隠していたのではない。
これまで使い方を知らなかった第三の力が!
ギュスタが自らの不甲斐なさに激するように叫ぶと、左二の腕に潜ませていた緑の輝きが力を解き放つ。
迅速に肘から下が氷塊に包まれ、即席の盾として、ユオルの繰る未熟な剣を苦もなく弾き返した。
「んなッ!?」
なんて無茶だ。長引けば肘から下を持っていかれるぞ!
「ヒャハハハハハッ」
まるで鬼神。勝利のためなら己の腕さえ切り捨てる。なにがこの男をここまでにさせるのだ!
ただ判ることはひとつ。こいつを相手取る以上、こちらも命懸けで。そして相手を仕留め切る覚悟を持たねばならないということだ!
──しかし······なんて奴だ。
ユオルは執念の産物ともいえる姿勢に戦慄を覚える。
あれはまるで······氷の篭手。そう、甲冑の篭手だ。
ただ氷で腕を凍てつかせただけではなく、きちんと手指を握る可動式の機構まで再現されているではないか。龍装術とはあそこまで出来るものなのか。
過去に例をみないはずだ、とロプスも舌を巻く。
あれほど緻密に術を使いこなすなんて。さすがは氷の空中階段を造っただけのことはある。
「ハッ!」
ガッ、と氷片を散らかして剛腕と化した掌が開かれる。
なんだと思う間もなく、まるで弾弓──矢ではなく弾丸などを射出するパチンコの類──の如くに、幾つもの雹が繰り出された。
「うッ!?」
ユオルは剣を構えて防ぐものの、全身を襲いくる拳大の嵐をすべて防げるわけもない。
「うげッ!」
肩、腕、足などに弾氷は容赦なく激突する。
とっさに頭をかばったのがせめてもの救いだったろう。ギュスタも苦し紛れであったためか、威力は鉄の剣を折るほどには届かなかったのも幸いした。
とはいえ、打ち身や擦り傷を避けられたとは言いがたく、最後は正面から殴り倒されるように地面へと叩きつけられた。
「ユオッ······!」
「うらァァァァァッッッ!!!」
とっさに飛び出そうとしたロプスにも氷塊が迫る。
「ぐっ······! が······ッ!!」
さしもの戦乙女も、実体のある物理的な攻撃を捌くには、あくまで身一本だけが頼みだ。こちらも頭部への痛撃は避けられたものの、多弾を食らって足元もおぼつかない。
片膝をつき、槍の柄にすがってなんとか体を起こす。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ······!」
荒く息をつくギュスタから、ボロリ、と氷のガントレットが崩れ落ち、紫色に変じた腕がむき出しになる。これをみ、彼は自身を嘲るように哄笑する。据わった血走る目がロプスを捉えた。
奴だって疲弊している、それは間違いないのだ。
自分とひっきりなし打ちあいを続け、魔法剣の維持に加えて、魔法、さらには龍装術まで。体力・精神力への負担は並じゃない。ここまでの制圧力を出せるのも、ひとえにその源があってこそなのだ。人には限度というものがあるのだから。
「う······くっ······」
だが此方の疲弊はそれ以上か。腹は疼くし息もあがる。全身の痛みが思考力を奪っていく。
「ハッ······」
ギュスタはロプスの状態を正確に察知していた。だらりと提げた左腕もそのままに、曲剣の柄に唾を吐きかけて握り直し、この機逃すまじと足早に詰め寄ってくる。
「だ······団、長っ······!」
ユオルはいまだ起きあがれず藻掻いている。
頭上に炎熱揺らめく凶刃が掲げられる。
「······これで······詰みだ······ッ!!」
刃が勢いよく振り下ろされる!
が──
聞こえたのは。
感じたものは。
刃が喰い込む激痛でも、肉が灼かれる悍ましい音でもなかった。
バジュウウウウウッッッ!
聞こえたのは凄まじい蒸発音。
液体が沸騰し蒸気化していく時のそれだ。
鍛冶屋の店先でみるような。紅く熱した鉄を締めるために水桶へとつっ込んだ時のような、そのまんまな音。
「なっ······?」
「!?」
ロプスは目を見張って頭上の光景を、透明感のある幕越しにみる。
暮れ空が揺らいでみえた。
まるで川底から天を透かし見ているみたい······
ギュスタも目を見張る。その物体? は自身の刃をたしかに弾くだけの勢いを宿している。何よりも、
「熱が奪われていく、だって······?」
忽然と両者の間に顕れたのは氷の──いや、違う。もっと滑らかな動きを伴ったもの。
そう、水だ。
水の立像なのだ。
ロプスのかわりに頭を真っ二つにされながらも、自身の宿す『流れ』で魔法剣の熱を奪いつづけている。
「な······なんだ、コイツ······!?」




