夕闇に帰す【血戦】②
「やあ。さんざん面白いことしてくれるじゃないか」
建物群のうむ暗がりから、夕陽のあたる広場へと狂戦士がいでる。半身が朱の陽をかぶり、不吉な色に染まっている。
ロプサーヌとユオルは左右にならび、それぞれに構えをとった。戦慄とともに、槍を、剣を抜き放つ。
「······あれ、どうしたの? もう逃げないのかな」
「見逃してくれるってんならな。だがそうじゃないんだろ!」
ギュスタはニマリと目を細める。
「威勢がいいじゃないか、弱いくせに。そうさ。逃げたら逃げたで愉しい······けどそろそろ飽きてきたからさ」
ズラリと抜き放つ曲剣の面が、光線を帯びて赤い尾をひく。
「狩るよ······ここで」
間髪入れずに炎柱をぶっ放した。
パッと散ったふたりの間をすり抜けた炎は背後にあった焼け残りに直撃し、またも炎上せしめる。
それは決戦の舞台を照らす照明。そしてギュスタが突っこむのは大方の予想通り。
「まずはお前ぇェェェッ!!」
明らかに手強いロプサーヌの方。
······ッ! やはり団長を狙ってくるかッ!
此方なんてまるで構うつもりもないと言わんばかりに隙だらけの背をむけるギュスタに、ユオルは憤然とする。
たしかに自分の剣なんぞ、ヤツからしたら無いも同然なのだろう。ご明察だ、罪人逮捕に振るったことすらない。
そもそもが警兵の本分は殺すことではなく捕縛すること。しっかり修められていたとしても精々がそれだ。盾も昨日のドサクサで手放したまま。身を庇うものは何もない。
だが。
ユオルの脳裏に、あの森で魅せられたアスタミオの姿が甦る。
──身を守るのは何も盾だけじゃない!
ユオルはすっと息を吸うと一気にとび出した。嬉々としてロプスと打ち合うギュスタの背を脅かす。
「ハッ、正気?」
当然見逃すはずもなく、ギュスタはロプスへと牽制をかけた隙に難なくユオルの刃を防ぐ。
さあ······燃えてなくなれ······ッ!!
だが。
そうはならなかった。
「ぐ······おおおおッッ!!」
「!?」
炎熱の作用のみを付与された剣は、ユオルの直剣と互角に交わったまま。いや、体格の差の分、わずかに押し込んでくるではないか。
その刃の周囲が陽炎のような揺らめきに彩られているのが判った。
「······へぇ、思ったよりは器用なことするじゃん······」
「単純な燃える剣じゃないってんなら······風でだって防げるッ!」
──いいぞユオル!
ロプスはもてる精一杯で難敵をふせぐ部下を心中で誇りながら、白槍の穂先を地へとたてる。周囲からは白熱の輝きが溢れ、ユオルの足元から広がった光を吸収していく。
銘「戦乙女」がいま再び目を醒まし、失われていた柄が形成され完全な槍の形をなした。
「さあ出番だよ、戦乙女ッ!!」
「!!」
これまでは剣と剣の間合いであったものが一気に広がる。
ロプスの懐が深くなったのに加え、彼女は自身本来の間合いで十全の力が発揮できるのだ。
主従の狙いどおり両面からの挟撃に晒されることで魔法と魔法剣の両立による手数の差は一気に詰まる。迅速な対処を余儀なくされるために魔法を編むための呪詛詠唱の機会はほぼ失われ、魔法剣一本と体術のみでの立ち回りを強いられる。
この世界にきて数年。
久々に味わう追い詰められた状況に、ギュスタの中でおき忘れていた感覚が甦ってくる。
そうだ、この悪意だ。いつも俺はこれに晒されていた──
ギュスタは、代々医者や弁護士などをおおく輩出してきた知識階級の家に生を受けた。貴族──とはいわぬまでも、世間一般にはじゅうぶん成功者の部類と受けとられるだろう家柄だ。皮肉なことに、生活の環境だけならアチラの世界のほうが恵まれていたといってよかろう。
だが、その世界でギュスタは落ちこぼれだった。
頭の出来が人より劣っていたとは、いまも思っていない。
劣っていたのは、周囲と巧く同調する能力だ。
その歪みは成長しても直ることはなく、むしろ反りはどんどん大きくなっていった。当時の父の口癖が、「すこしは兄貴の倅を見習え」だった。
彼には歳のすこしだけ離れた兄と呼べる存在がいた。それが父言うところの兄貴の倅──従兄のヨシチカだ。近所に住んでもおり兄弟同然に育った。
親同士の見栄のはり合いに関せず、ふたりは仲もよく、気も合っていた。まわりと衝突ばかりしていたギュスタも、ヨシチカの前では素直に自分をさらけ出せた。
ヨシチカは学業も優秀。しかも温厚で、一族の期待の星にして、有名国立大の医大生······
本来ならばギュスタにとって誹りの因ともいえるはずなのだが、彼からすればそれは上辺だけのことで、けしてヨシチカの内面を正確にあらわした言葉ではない。馬鹿な周囲が勝手にほざいているだけのことで、聞くにも値しなかった。
ある夜のことだ。
ヨシチカの駆る大型二輪でひさびさに憂さ晴らしに出かけた。よく鬱憤が貯まると、こうしてヨシチカはギュスタを誘うことがあったが、その夜はたまたまギュスタの方から誘ったのだった。
爽快だった。
胸に詰まっていた靄が風と闇のなかへ吐きだせたと感じていた。
だが。
突然の事故。
原因が何だったのかは解らない。ただ突然ヨシチカが車体のバランスを崩し、ふたりは路面に投げだされた。
ギュスタは大怪我を負ったものの致命傷を免れたが、ヨシチカは······。
それからがギュスタにとって、本当の地獄だった。
何故お前が、何故お前のほうが、と陰口に叩かれ続け、ときには面と向かって言われることもあった。不満をぶち撒けようとも、聞いてくれるヨシチカはもういない。それがなによりも辛かった。
何故だ、とは、むしろ自分が一番言いたいことだ。
なぜあの夜に限ってお前は、彼を誘ってしまったのだ、と。
罪への呵責と、周囲の悪感情からなる檻から抜け出せず、ギュスタの生活はいっそう荒んでいった。学校なぞ行くはずもなく、外に出れば喧嘩を繰りかえす日々。
そうして奇しくもその最中、多人数に待ち伏せを食い、死ぬほど殴られて意識をうしなった直後──この世界にいたのだ。
目の前にいたのは、姿は男か女か分からぬような、細い身体に灰のローブをまとい、華奢な外見に不釣り合いなほど大きな二本角をそなえた肌の白い人物。
彼? はみずから魔神を名乗り、ギュスタが魔術的な儀式でこの世に招聘されたのだと言った。
彼は笑った。いくらなんでも人生最後にみる夢がこれとは。
このテの話なんぞ読んだこともないし、興味さえなかった。否応なく記憶にあるのは、クラスの連中が話題にして騒いでいたからだ。「異世界転生もの」とかいう奴だろう、これは。だとしたら自分に回ってくるのはお門違いも甚だしい。
だがその魔神とやらは、見透かすように宣ったのだ。
『ヨシチカもこの世界に転生してきている』
と。
少なくとも狙いは当たりだった。
ギュスタにこの世界で生きていく理由が出来たのだから。
彼は大陸六国のひとつ、ウェラヌスギアへと降りたつ運命を受けいれた。
初めて目覚めたのはスラムの中だ。事故か手違いか······まあ、どうでもいい。彼はとくに焦ることはなかった。むしろ自身にはお似合いの始まりだと思った。
此方にきて得られた特異体質【完全体現】があれば、どんな技術、どんな言語とて苦も無く習得できる。
勿論、この才に助けられたことは大きい。が、もともと彼のスペックは高い。文明的に遅れた世界のスラムに巣食う連中とは、あきらかに段が違っていたのだ。
日々を繋ぐうち、やがて彼は、転生者集団と銘を打ち仲間を募っていた、鬼鎧団なる組織と出会う。
武闘派で頭もまわる彼は重宝され、瞬く間に首領、バーハルト某の右腕にまで昇りつめた。
しかし内心では、団の活動や信条を軽んじ、馬鹿にまでしていた。
こんな封建的な階級社会の内において、貴族に背くなど愚か意外の何物でもない。反抗で得られるものなぞ、なにもありはしないのだから。
皮肉にも一歩退いてみえたものは、過去での己自身の姿だったという訳だ。
程なくして、貴族家ミルマーダがその存在を嗅ぎつけた。遣いをよこし、ありがたくも彼を養子に迎えたいという。
彼はこの言葉をふたつ返事でうけ入れ、あっさりと仲間たちを見限った。前世での反省を活かしたのだ。
こうして彼は名をも捨て、ギュスタ・ミルマーダとなった。
こちらの世界のルールは彼の性に合っていた。どれだけ暴れても咎められることは稀で、むしろ称賛さえされた。たとえそれが人を殺める行為であったととしても、だ。
以降、彼は貪欲に力をもとめ続け、強者を降してはその全てを奪ってきた。心の奥底で、ヨシチカとの再会を待ちわびながら······
だから······だからだ。
こんな奴らに。こんな世界の雑魚どもに殺られる俺でいい筈がない······!
やはり転生・転移ものって難しいんですね······
強制的に過去エピがくっ付いてくるわ。




