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夕闇に帰す【血戦】①

お昼に一気放出。


「やった!やりましたね団長っ!」


 待ちかまえていた路地裏へととび込んできたロプスを、ユオルは両腕をひろげて迎える。顔色は案の定よくはない。やはり無理があったのだ。だがその苦労は報われた。


「これで奴は仲間がくるまで屋根に止めだ。マイシャ殿に時間を稼げましたね!」


 唯一の逃げ口は、ギュスタがあの場所へと誘われたとき攀じ登ったロープのみだが、隣部屋に潜んでいたニコラによって切られている手筈だ。

 つまり、どう転んでも奴はもう自力ではあすこから降りられない。まさに野ざらし、天空の檻だ。



 すっ、と空の切れ目に影がさす。

 屋上の端にギュスタの黒い人影が立ち尽くしているのがここからでも見える。マントを風にはためかせ、それは一見、途方に暮れているように見えた。

 ザマをみろ、お前はそこで足留めだ。



 だが──


「えっ!?」



上擦った声をあげたのはユオルだ。

 やつの足元。それも、何もない空中に、なにやら煌めく靄のような粒子が集まっている。やがてその靄は結集し実体を得、厚い板の形で宙に浮いたままピタリと静止した。

 のしり、とギュスタが足を乗せても、塊は揺らぐ様子もない。さらにもう一段、まったくおなじ煌めきが現れ、やはり塊をなしていく。その橙色の塊がみっつ、よっつ、いつつ、と、ギュスタが足を踏み出すよりもはやく次々と宙に生成され、段をなしながらついには地上へと繋がった。

 そう段だ。まさに階段。ほのかに赤い煙のたつ下り道を、ギュスタは、まるで高みに据えられた玉座から臣下の面前へと降る王のごとく、事もなげに平然と降りてくるではないか。



「嘘······だろ? なんで······あれも魔法なのか??」



 奮戦したにも関わらず狙いを破られたロプスは、苦々しげにこの様を眺めて、ひとつの結論を口にする。

 それは恐らく、さらに事態を切迫させるであろう結論。



「いや······多分違うよ。魔法じゃあそこまで器用なことはできないと思う。少なくとも人のものでは」


では何故、と問いたげなユオルが口を開くのも待たなかった。



「龍装術だ······そう考えるのが······一番しっくりくる」



 愕然とする。

 体術・魔法・魔法剣にくわえて、そのうえに龍装術まで使う敵だって? そんなのとどうやり合えばいいっていうんだ······!



 ザッ、とギュスタが最後の段に足を乗せた所で、ユオルはハッと我に返った。

 いかん! 呆けている場合ではなかったのだ!



「団長っ、こっちへ!」



いうと小柄な身体に肩を貸して、大急ぎで路地裏を抜ける。





「けど何で······龍装術は国の秘法じゃないんですかっ?」


 理不尽ともいえる展開に、我知らず責める口調になってしまう。団長が悪いわけではないと判っているのに。


「······龍装術は、龍晶がなければ使えない。逆をいけば、あれば使えるかも知れないってことさ。サヴェリウスは当然秘匿を徹底してる。けど、漏れるものはどうしたってある······大昔は網もゆるゆるだっただろうし。その代から伝わっているものは各国に散らばって遺っててもおかしくはないんだ」


 なるほど言われてみれば、かくいう自分も先輩(アスタミオ)からそれを預けられている身だ。姫の護衛を務める者への特別な配慮だということは承知しているが、もし、もし万が一自分が死んで回収不可能にでもなれば、それだけで一個の龍晶が国外へ流出したことになる。そして龍晶は大昔から存在し続けているのだから。


「何処にどんな大物が遺されててもおかしくはないってことか······っ」


人と龍の時の差に歯噛みするしかなかった。




 このまま行くとあの円形広場にでるな。

 頭の隅でそんな考えを転がしつつも、ユオルは先をいそぐ。

 圧倒的な能力をもつ相手を抑えるには如何にすれば良いか······

 まっとうに思いつくのは手数を増やす方法。それもただ頭数を揃えるのではなく、挟撃を加えるのだ。狙いを分散させ、的を絞らせないようにして持久戦へと持ち込む──


 この条件に、強制的に相手を陥れることの可能な地形がある。それがこの路地裏のような、左右を塞がれた場所。

 ここであれば、ひとりが上手く回りこんで背後をとるだけで、相手は前後からの襲撃に晒されることになり、しかもふたりという最少の人数でもどうにか実現が可能だ。奴もどうしたって無傷での突破は諦めざるを得まい。


 だがこの策には明確な穴がある。

 ひとつには、すでに一戦したロプサーヌの消耗が激しいこと。

 そしてふたつには、さっき奴がみせた龍装術の性質だ。

 夕陽のせいで赤い煙がたっているようにみえたあの岩塊のような物体······紛れもない、氷だ。超自然の力で自在に扱える固体。土よりはまだマシとはいえ、これが厄介だ。


 もしあの氷で狭い路地に蓋をされてしまえば?


  容易にどちらかと一対一という構図ができ、形勢はあっという間に逆転するだろう。これではただ、ロプスの得手である俊敏な機動力を自ら縛ってしまうだけ。

 だからこの策はもう捨てだ。

 いまは彼女の動きまわるに充分な場へ出ることのほうが先決であろう。第二案として考えていたこの策はそもそもが的外れであったのだ、くそッ······!







 市のたっていた円形広場は前日のままだった。すこしは片付けようという努力の跡はみられたものの、そこここにはいまだ、焼け残った露店の残骸が小山のように積まれていた。

 凶行のおこった現場ということで、この街の守備隊なり、警兵隊なりが封鎖をしてくれていると思ったのだが、その様子もない。ウェラヌスの連中を追い回すのに忙殺されてでもいるのか、兵らしい姿さえひとりも見かけなかった。事前に相談はしたが、やはり手が回らなかったようだ。



「······こうなったら何とかふたりでやるしかない······ね」


 あからさまな逆風にロプサーヌは苦笑いをする。


「大丈夫······団長のことは必ず俺が護ってみせます」


「ありがと、頼もしいよ」



 一瞬、逃げる、という選択肢はないのだろうかと考えてもみる。このまま何もかも放りだして逃げてしまう、という選択は出来ないのか、と。

 実力が上の敵なんていて当然。逃げることは恥かもしれないが、死ねばそれまで。

 彼女には彼女の目標があり、そのために一時の恥を呑もうと、それはなんら悔いるものではない筈だ。マイシャのための時だって稼いだではないか。

 だが、彼女は頷かないだろう。

 彼女にとって、ここで傷つけられた民と窮地の友を見捨てることは、かかげた旗印の意義を張りぼてにすることと同じ。かつてあの鬼鎧の男──バーハルトとやりあった時とは状況も責任も違うのだと、彼女の厳しく光る水色の瞳がそう告げている。



 ならば。

 主人がそう望むなら、従者もそれに倣おう。


 ユオルは、胸のうちに(くすぶ)るありったけの炭火を掻き起した。

 いまこの時のために、自分はこの少女の傍にいたのだ。



「やあ。散々面白いことしてくれるじゃないか」



 不吉をよぶ声が、静かな決意の空気を破った。


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