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屋上の決斗【檻】


「お邪魔しま~す」


 まるで自宅の扉を開くような気安さで男は扉をあける。

 陽はそろそろと傾きつつあり、室内を、開け放たれたままの窓からいる夕日が昏く照らしている。ときおり薄寒い風が吹きこんで、壁がけにされた装飾を揺らす。無灯であることが示すとおり、中は無人だ。

 ただ不自然に、誘うように。窓辺で切り取られた外の風景にゆれる物がある。(ロープ)だった。


「······ふぅん」


 なかなかの趣向だ、とギュスタはほくそ笑む。

 あの坊主がひとり槍使いどもから離れたのは、この宿を見張っていた連中が確認している。おそらくは、あのチビの治療をひき受けただけだったのだろう。だからもう、遠慮なく思いっ切り()れる。

 本音をいえばあの男も残っていた方が都合が良かったのだが、まあいい。追跡にはひとり付けてあるし、まずは愉しんでからゆっくり再会といこう。



「いいよ。イカれたその誘いにのってやろうじゃん」



 ギュスタにとっても、確かに任務は大切なものだ。たとえそれが、大戦獣由来だという古臭く汚らしい物であっても、奪ってこいと言われたら忠犬よろしく持っていかねばならない。

 すべては貴族どもの信用を得るため。

 どいつもこいつも切り刻んでやりたくなる連中ばかりだが、己を強くするためには寄り添っておく方が便利だからだ。


 ただ、だからといって自身の趣味興味までを放り捨てるまでに彼は賢くはなかった。


 結果は結果だ。だがそれは過程の先に必ずあるものであって、ならばその道中を愉しまなくてどうするのか。せっかく掴んだこの力を奮って、奪って、存分に愉しむ。だから成果は意味も得るものだし、その間に立ち塞がる障害が強いほど歓迎するべきなのだ。



 緊張感に背筋をゾクゾクと戦かせながら、注意を怠らず窓から顔をだして周囲の様子を窺う。

 気配はない。ひろい通りを挟んだ向かいの建物からはかなり距離がある。もっとも、あの凄腕の射手が狙うとなればなんの障害にもならないだろうが。


 彼は心中で笑みながら、手を伸ばして縄をぐいと引いてみる。これも大丈夫。どうやら屋上の尖塔やら煙突やらに結わえつけてあるらしい。

 念の為呪詛をとなえ、空にむけて熱剣閃を翔ばしてみる。手応えなし、まあいい。


「!」


 ひと息吸いこむと賭けに打ってでた。すなわち縄を掴んでの一気登攀(とうはん)

 案の定矢が襲ってくる。あらかじめ予見していた対応である。彼は難なくその一矢を篭手で弾く。

 そのスリルにギュスタはまた己を昂らせる。

 大丈夫だ。こいつはあの女弓師が放ったものではない。

 高低差で威力は死んでいるし、それを補う工夫もみられずお粗末にすぎる。縄を絶って落下させる精密さもなければ、こちらが屋上へと至るまでに撃ち切る速射の腕もない。おそらくは別の者の仕業。それも素人同然の腕の。

 一撃目さえ躱してしまえば、たとえ機械弓とて追いつけない。




 身軽な体捌きで屋上へと昇りつめたギュスタの瞳を、一瞬沈みかけの橙陽が射る。

 宿の屋上は縁こそ斜めになっているものの、かなりの広さを平坦な造りが占める構造をしている。高さはゆうに街を眺望できるほどあった。これを遮るものといえば等間隔にたつ煙突くらいのもので、茜さす空には淡桃をまとわせた雲がたなびいて、真にもの寂しげに映える。



 ちょうど自分と対角線上に、自身を追い詰めるようにたつ人影がひとつ。

 ギュスタは曲剣を抜き放ちながら、ちいさな人影にむけて言葉をなげる。


「サシとはね。しかもずいふん洒落た舞台だ」


「······まあね。これでも騎士だから。生命がけの場を飾りたてる努力は惜しまないよ」


人影は不敵に応える。



「······さすが騎士の国だ。自分の散り際を彩る。そういうのは嫌いじゃない」


「お褒めの言葉、ありがとう」


 ロプサーヌ・アウルロアはゆっくりと槍を構えた。



「けどその散り際は私のものとは限らないよッ!」



 いい様槍を振るう。

 光が明滅し、ギュスタの頬を焦がした。


 チ······逆光ッ······!



 彼は相手の腕が閃くやいなや近い煙突の陰に転がりこむ。さすが······ゾクゾクさせてくれる!


 建物はおあつらえ向きに縦の幅が勝る長方形をしている。横への移動を封じ距離をとれる以上、飛び道具を有する側に利があるだろう。本来ならば魔法もちのこちらに旗があがる筈が、流石は神具、光の矢を翔ばしてこようとは。

 この数基ある煙突もけしてアドバンテージともなるまい。たがいに遮蔽物となり盾ともなる。顔をだす瞬間を狙い撃たれる確率はたかく、そうなればいっそ無いほうがマシだ。

 だが近づいてしまえさえすれば。前回の手合わせでみる限り詰みだ。



「やり合う前にひとつ、名乗りといこうよ!」


 横合いから吹きくる風に負けぬよう、ロプスは声を張りあげる。


「私はロプサーヌ・アウルロア。貴方は?」


 自分の不利を自覚していないのか、そこまで格好をつけたいか。

 ギュスタはそっと首を伸ばして目標を視野に捉える。みる限りガキがひとり。煙突の裏に隠れてでもいなければだが。



「······ギュスタ・ミルマーダ」


「よろしく、ギュスタ! じゃあ──死んでッ!」



 ギュスタの口端が釣りあがる。

 返答がわりと業火の柱を少女に向かって叩きつける。驚いたことに少女はこれを前飛び込みで躱すと、自ら距離を詰めてくるではないか。


「!」


 白槍が輝く。鋭い刃閃をたがいに受け止めたロプスとギュスタは天蓋の舞台で睨みあう。


「ハッハーッ!」


 デタラメにみえて容赦微塵もない斬撃が空を裂いて繰り出される。これを煙突を回りこみながらもことごとく受け切るロプスも負けてはいない。体を入れかえヒラリヒラリと舞鳥のごとく、重圧をいなし、受け止め、突き返して前へ出る。

 背中に負った荷袋が弾む。

 わざわざ足枷をつけて······いや、何か仕込みが入っているのか。

 暮れなずむ灰黒の雲が芝居の終わりを告げるように暗幕をかける夕の間に、まだだまだだと抗うように、両者の交わす物騒な火と筋がチカチカと閃いた。



 さすがに体格差は如何ともし難い。競り合ううちに、次第にロプスが押され始めた。

 だが抗い続ける甲斐はある。この、ギュスタという魔法剣士の違和感に勘づき始めていた。


 確かに攻撃自体の精度は凄まじいものがある。サヴェリウスの騎士たちと同格といってもいいかもしれない。

 だが全体の動きそのものは、そう『疾い』とは感じない。その証拠に、初手の魔法を放ってからの間に一気に押し込まれることがなかった。

 こちらの動きを警戒してのことか、あるいは魔法剣士特有のぎこちなさゆえか。

 いずれにしても、そう──彼はマイシャとは違う。   

 動きの速度、体の捌き、駆ける速さまでがせいぜい並といったところなのだ。自分たちとも大差はない。鍛錬を積み重ねていけば、いつかは必ず到達できる範囲に留まっているのだ。

 魔法は確かに脅威だ。まともに喰らえば戦乙女の加護があっても致命傷。魔法剣とてこちらの得物が普遍的なものであればひとたまりもなかったろう。

 だが奴に自ら間をとる様子はない。魔法にしろ魔法剣にしろ呪詛の詠唱は必須なのにもかかわらず。

 奴はみずから有利な展開を放り出しているのだ。


 こちらを舐めてのことか──どちらにしろこれならいける!



 スッと刺して来たところを躱し、反撃の突き返しののち龍装術で夕風に舞い跳躍。相手の頭上を一気に跳びこえ背後を脅かす。


「ハッ!!」


 ギュスタも心得ていたとばかり首を傾げて槍先を回避。着地と同時に押し出してきた突きを曲剣で絡め取る。


「くっ······!」


 やはり。剣の型をなぞるというか、武器が絡むと飛躍的に速度が上がる!



 が、ここでやっと、ギュスタは間をとるように自ら下がる。

 ターバンの一部が切れ、その右頬には僅かながら血が赤い筋を引いていた。これを手指で拭い、ギュスタはしげしげと眺めいって満足そうな笑みを浮かべる。


「やるね、こう来なくちゃ。たとえ狩るのが兎でも抵抗無しじゃつまらない······」


「······キミ、おかしいよ」


「そうかな? 可笑しいのはこの世界の方でしよ。そこここに危険な力がゴロゴロあってさ。振るいたい放題、遊びたい放題じゃないか。なのに何故みんな、もっと使ってみたいと思わないのかな?」


「みんなこの世界を守りたいと思ってるからだよッッ!!」


 ロプスが突っ込む。笑んでいたギュスタの口許が素早く動く。


 しまった、予想以上に早い! だがもう······!


 曲剣の周囲が陽炎のように歪み、受けた槍先をいなして振り下ろされる。左の二の腕あたりをかすめ、ロプスの顔が苦痛に歪む。

 さらなる呪詛の詠唱が脅威を告げる。

 早い、と直感した刹那、なかば本能的に退くことを選択。すんでの所で火球を避けて屋上を転がる。

 紅蓮の火球は間断なく襲い、ロプスに態勢をなおす暇を与えてくれない。どんどん身体が重くなってくるのが判る。前に受けた破壊の跡が尾を引いているのが判る。


 やはり······もう限界······っ! ここが······潮目っ。



 ロプスはとうとう屋上の際まで追い詰められる。

 勝利を確信して、ギュスタは呪詛を唱えながらにじり寄る。

 踵につたわる屋上の縁の感触が心細い。別れ際にマイシャとかわした会話が甦った。



 ──これ、持ってきな。


 ──え、でもこれ······──いいの。


 ──だって時を稼いでくれるんじゃん。だったらさ、こうしちゃえば良くない?



 ロプスはゆっくりと背にしていた荷を降ろす。そしてギュスタが一撃を放つ直前、荷を蹴りあげた。

 瞬時、ギュスタの意識がロプスから逸れ、空に浮いたに荷袋のなかから顔を覗かせた箱にむく。



 あれは──そう、例のブツがはいった箱······!



 次に視線を移した時にはもう、ロプスは屋根を蹴り、その身の半分ほども屋上の向こう──そう、宙空に投げだしていた。



「!!」


 馬鹿な、自決? 飛び降りだと!?



 おもわず走り寄ると、限られた舞台のその向こうには、芸人よろしく、長大な縄に身を委ねて宙を舞うロプスの姿。

 これにはギュスタも目を見張った。この高さをロープ一本頼りに飛び降りたというのか、なんという度胸!

 またもお預けをくったという悔しみよりも、これだけの相手だったのだという喜びの方が勝っていた。この女、けして俺を飽きさせない、と。


 二、三度おおきく振られながらも何とか落下の衝撃を緩和させたロプスは、槍先をひと振りして命綱を切る。

 投げだされ勢いこんで路面に落下するところ、足元に突風を巻き起こすという力技によって衝撃をさらに緩和。そのままゴロゴロと転がりはしたものの、即座に立ちあがって建物の陰へと消えた。

 



 ギュスタはその影と、ひとり高みへとり残された己を省みたが、「仕方ない」と放られていた荷のほうへ歩みよる。

 曲剣の先で半分出ていた箱から布袋をはずすと、しゃがみ込んであらためる。

 上品な音をたてて開いた箱の中身ががらんどうであったことに嗤った。



ありがとうございました。

明日の正午にも更新予定です。


一部、誤りを訂正いたしました。

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