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取り引き【戯劇】

ありがとうございます。

一気に投稿! と行きたいところなのですが、やはり手直しはしたく······



 通説として、我々カドヴァリスは軍事に精彩を欠く、という認識がある。それは必ずしも間違ってはいない。

 だが軍勢とは、数を揃えてはじめて機能するものであると考えると、事情が違ってくる。


 カドヴァリスにはもう随分昔から、鶏闘(ケトラ)という競技が存在している。

 その祖は隣国ケシュカガの戦士育成の儀式であったもので、カドヴァリスが娯楽としてとり入れ、国認可のもと営んできた。

 一対一、または同数少人数での限られた空間での競い合い。勝者と敗者を死がわかつ競技。その刹那の瞬きに観客は金を賭けるのだ。

 貴族らは己のお抱え闘奴にこぞって財を注ぎ込み、賞金と、なによりも栄誉を掻っ攫おうと手ぐすねをひく。

 この公然とした殺し合いはいまや民草の間まで根をはり、国技と呼んでもいい程までになっている。

 人の可能性を追求するという、一見聞こえのいい信条をもつこの国と、この『競技』は相性が良かった。百年にわたる蓄積で得られた情報により、闘奴らの水準は向上の一途を続け、これを糧に兵士らは鍛えられていく。

 いまや少数精鋭という範囲に限れば、けしてケシュカガの勇士らに劣るものではなくなっている。

 かく想う己もそういう闘奴あがりなのだが······




 分別どころのカドヴァリス工作隊リーダーは皮肉めいた笑みを浮かべ、たったいま自身の腕から翔び立っていった(カラス)の背を見送った。


「──伝手(ツテ)がついた。くれぐれも無駄死には避けろよ。なんの得にもならんからな」


オウ、と二十人ばかりの商団に扮した男らは腰をあげる。






 街外れの廃屋跡。

 かつて暗黒時代に築かれた、そして現代はみる影もなく崩れ、あるいは埋もれたふるく低い石垣の間を、薄寒い夕の風が吹き抜ける。

 空が、透明感のある青と橙の二色にわかたれる様を遠く見ながら、マイシャは胸中にうかぶ想いを反芻していた。



 ごめんよ、ロプス。本当はアンタらだけにあの危険なターバン男の相手なんて任せたくはない。

 けど私にも国務がある。それは、何よりも優先すべきもの。私の帰属する、いまの私の──マイシャ・ツガロワの基。でもこれが終わったなら······



 そこで黙考は断ちきられる。

 風が地をさらうなか、風狼なみに鍛えられた鋭い聴覚が大勢の足音を聴きとったからだ。天与の(ギフト)『審眼』の範囲にも入る。

 数にして六人。反応からして、おそらく服の下に軽鎧を着込んでいる······

 やがて六人ばかりの男らが現れた。先頭に外套をまとった男がひとり。これが頭だろうと思われる。

 マイシャは背後にひとりだけ従った、鉱石に詳しいという勇士をかえり見、目で合図をかわした。




「よう、みろよ。アチラはあんなに可愛らしいお嬢さんだぜ」


 先頭を歩くリーダーの軽口に、背後の連中は下卑た嗤いをたてた。ひとしきり部下をほぐせたとみて、男はフッ、と口許をひき締め直す。相手方に合わせるべく、ひとりに付いてくるよう促して歩を進める。



「待たせたか」


「いえ」


「そっちはふたりだけかい?」


「さて、どう見えるかしら」


 上背のある男はじっとマイシャを見下ろしている風をして、耳を澄ませ周囲の気配を察知せんと努めているらしい。やがてわずかに肩をすくめた。



「まあいいさ。早速だが、モノを見せてもらおうか」



 マイシャは背後にたつ勇士に頷くと、彼は懐から厚布に包まれたものをとり出した。これを広げると、そこには確かに獣の一部とおぼしい硬質の塊がのっている。

 見るかぎりかなり古いもののようで、苔の間からのぞく細かな(キズ)がついた表面の、夕陽を照り返す硬度といい、取り扱う従者の両手を沈みこませている重量といい、いかにもな感はあるようだ。


「検めても?」

「ご自由に」


 男は指先でつつっと表面を撫でる。ポロポロと青黒い苔が落ちた。


「古いものだとは聞いているんだが。たしか三百年モノだったか。もう少し客受けよく出来なかったのかい、こいつは」


「あら、考えた結果よ。苔だとて薬効がないとは限らないじゃない? ウチは素材の味で勝負なの」


 フン、と男はうら若い女勇士の賢しげな顔を一瞥し、背後の男にうながす。男はじっと大角に視線を固定し、その深みからくる不可視ななにかを探っているようだ。さらに目を閉じて手をかざしみる。


「間違いない、魔力反応はある。並みのものよりも濃い」


そうか、と頭の男はうなずき、ニヤリと笑みを浮かべたままマイシャへ目を戻す。



「満足いったなら、こちらも検めさせてくれる?」


「······勿論だ」


 男は外套のなかに手をつっ込むと、内側についているらしい物入れ袋から青い小箱を掴みだして、バカリと開けてみせる。

 まるで高価な宝石のように、敷かれた軟布のうえに収まっているものにマイシャは目を見張った。


 赤い赤い、血の色をした結晶。


 大きさは(たなごころ)に収まるほどで、思っていたようにゴツゴツとした角はなく、滑らかに丸みがある縦長の形をしていた。

 一目みて硬度も純度もたかいと解る。半端な店の先で見られるような安物とも確かに違う。

 しかし宝石などではけしてありえない、毒々しく、内部に蠢くような『流れ』を有したそれ。

 拍動を認めても目の錯覚だとは思わぬ、それ。

 美しくも無くはない。が、嫌悪感のほうが先立つ。


 なんて禍々しいものか······


 マイシャは眉間に皺を寄せながらも、背後の勇士にまた頷きかける。勇士も先程からじっと目をものに注いでいたが、彼女の視線に気づくと、黙したまま頷きを返す。

 あきらかに識っている鉱石の類ではない、という合図──


「いいでしょう。では交換、ということで宜しいかしら」


 男の側でも頷き、マイシャが小箱を、相手の従者が包みを、たがいに受けとった。



「確かに······。ところでだけど。結晶はこれで全てかしら?」



 口振りは冗談めかしているが、まっすぐ射抜く緑色の瞳は、けして緩みを感じさせぬものだ。リーダーの男はほどよい具合に刺激をくれるこの女を気に入ったとみえる。ゆっくりと顔を近づける。頬に口づけできるほどまでに近づいても制しようとしない彼女の栗毛の髪をとった。


「ああ、いい匂いだ。こちとら命懸けの日々でご無沙汰だったからな。堪らんよ」


 マイシャは冷徹な瞳で男を一瞥する。


「相手をしてもいいのよ。相当痛いことになっちゃうだろけど」


「フ、そう怖い顔しなさんな。後輩連中の気持ちを代弁したまでさ」


 そう囁いて、男はすんなりと離れた。


「無駄な詮索はよして、さっさと帰ったほうが身のためだと忠告する。まずはお互い任務が大事、だろう」


フッ、とマイシャも不敵な笑みを返した。冗談の通じる相手は嫌いじゃない。


「ではお見送りいたしますわ。どうぞ殿方からお先に」




 男たちが夕陽の下を去っていくのを見届けてから、マイシャは付いてきてくれた勇士へとふり返る。


「······終わった。潜んでいた連中も去ったわ。警戒はしてるだろうから、尾行はくれぐれも慎重にとザペルに。後は頼む」


応、と勇士は応えると、駆け足で去った。




「さて······私も行かないとな」



 そう、きっと持ち堪えてくれているだろう。

 もうひとつの仲間たちのもとへ。


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