深層②【錯綜】
「貴女も秘密をかかえているのでしょう? 国宝の盗難という秘密に潜ませた、同胞にも言えない、より深い秘密を······」
室内を不穏な沈黙が満たす。
秘密? マイシャにこれ以上のどんな隠し事があるというのか。だがそう主張するこの僧こそ一体何者なのだ。
「何なんだアンタ!!」
言い様ユオルは剣を抜き放った。と同時におおいに悔やんだ。
抜かった! 位置が悪すぎる! ここからでは団長を盾にされて手が出せない!
案の定ニコラは慌てず騒がず笑むと、そっと身体を休めるロプスの左腕に手をやる。瞼をあげたロプスの身体が、わずかに緊張して震えたのがわかる。
たしかにマイシャの言う通りだ。
騒ぎの中またあって彼女を治療してくれた──なんてそんな偶然、この世にどれだけある。いや、無いと思っていなければならなかったのだ!
第一にまず、あのターバン野郎は彼の顔をみて驚いていた。彼の顔をみてみずから退いたのではなかったのか!
「答えろ!」
「··················」
ニコラは依然、薄っすらとした笑みを浮かべたまま微動だにしない。
「私が何者であろうと」
彼は言った。
「貴女方のご友人が秘密を抱えていることに疑いはありません」
ユオルはじりとロプスの伏す床へ寄りながらも、揺れる心中で必死に思案を巡らせる。
マイシャは異邦人にして転生者である。いまも『異世界』での記憶を持っている。
その彼女が、郷里の医者にダブってみえる、といった。現カドヴァリスの基礎となった技術をもつ世だ。さぞかしこの世界よりも進歩した処なのだろうくらいは想像がつく。
この、国法盗難騒動にからむ国はみっつ。
宝を持ち出されたケシュカガと、その分析依頼先のウェラヌスギア。そして横合いから奪取を試みると予想されるカドヴァリスだ。その最後の勢力の一端がいま、この街に姿を現さない理由なんてあるだろうか。
「可笑しなこと言うね、あやしいお坊さん?」
「············」
二対一の視殺戦が続くことしばし。先に折れたのは鉄面皮をかぶったニコラの方であった。
「······降参です。わかりました、私の方から話をしましょう。······たしかに。私がユオル君らと再会したのは偶然ではない。なぜなら、私もこの街を目指していたからです。漠然とながらこの状況を予想してね」
ザワリ、とユオルは自身の血が騒ぐのを感じた。さらにロプスの方へ歩み寄ろうとする奴を、さすがにニコラが鋭い視線で制した。
「仰るとおり、私はとある筋より遣わされた者······ですがかの国の遣いで来たのではありません。私の受け先は神教国です」
「神教国······」
まったく思慮外、という訳でもない。
神教国。
武力のサヴェリウスとはまた違う、平穏と信仰の象徴としてたつ世界の中心。人々の心の拠り所にして皆の主。そんな世界の教導者たる者らまでが、この事件に介入してこようとは。話があまりにも壮大になりすぎる······。
が、むしろこの答えは、かえって疑惑を補強することにしかならないのではないか。
「······便利だね。苦しくなればその名を出すだけでいいなんて」
「ときには不便にもなるのですよ、お嬢さん。ですが、私の言葉がその場逃れの嘘かどうかは、この先を聞いてくれれば解ります。とくに貴女にはね」
「··················」
このまま放っておいたらまた睨み合いが続くだけだ。ユオルは焦れったく介入する。
「──でも。いや······じゃ、なんで神教国がこの件に関心を」
「貴方たちと同じです、ユオル君。大陸の平和を願う同志としての」
怪僧はあっけらかんと言ってのける。だが先程反省したばかりだ。易々と言いくるめられるものか。
そう。僧侶の容貌をしているからといって、それが真実の姿とは限らないのだ。たとえザペルらは思いつかなくとも、あのターバン野郎どもなら平気でやるだろう。
「じゃ、アンタは神教神殿の命をうけて仲裁に?」
「そこまでの直接的な行動ではありません。正直後手にまわった感は否めませんが、監視程度で済むと思っていたもので。なにせ貴方がたのお国許からはなんの報せもありませんでしたから」
自前の非力な情報網で、とやや皮肉めいたことをいって、ニコラはいまだ懐疑の視線を向けるマイシャを仰ぐ。
「言ってしまうと、私が派遣されたのは別件です。······さて。これ以上をお話すると、私は必然的に貴女の秘密をも暴露することになるのですが············よろしいですか?」
マイシャは無表情に僧侶を見つめていたが、フ、とちいさく嗤うと、お手上げとばかり両手をあげてみせる。ツカツカと出入り口のドアへ寄って、いきなりガチャリとやった。
「お待たせ」
そこにはなんと、渋い表情で仁王立ちするザペル・クニャックの姿があるではないか。
「──済んだか」
いーえ、と返答をぶち、マイシャは促す。
「入りなよ。いまからこのお坊さんが手間を省いてくれるってさ」




