深層①【錯綜】
収まりが悪いので二部に分割いたしました。
ロプサーヌを背負い、ひたすら街中を駆ける。
目立つおおきな通りを行くが、広場での騒ぎに半信半疑なひとと、逃げ出してきたひとでごった返し、なかなか前に進めない。
危機が去った直後、ニコラは背負われたロプスをみ、その顔色の蒼白なのに自身もハッと顔色を変えた。
「これはいけない。ただちに治癒を!」
「俺達追われてて······街中じゃ不味いんです! せめて外まで!」
「いけません! 安静にできるところでなければ──早く!」
そうして四人が駆けこんだのは、ロプスとユオルがとっていた宿の一室だった。
立地的に街の中央広場からは近すぎず遠すぎす、絶妙な距離をとってはいるが、現況ではその繊細な配慮がうらめしい。またいつウェラヌスギアが襲ってくることか。だからせめて、こうしてふたつある窓を閉じて、外の騒動には一端目をつむる。
掛物をとっ払った床のうえへといそぎロプスを寝かせる。この脇にかがみこんだニコラは、口中を確認した後、失礼、と断って青あざの浮かぶ腹をむき出しにさせると、神経を集中して患部を触診していく。
大丈夫だ落ち着け。慎重に判断を下すのだ。頭のなかで自身にそう言い聞かせ、ささいな異変をも見逃すまいと努める。
反対のベッド端には心配を隠さないユオルが、窓際には壁に張りつくようにしてマイシャが陣取り、外の様子を窺う。ときおりその視線がベッドの方へチラチラと向くのは、巻きこんでしまったことを苦にしてのことだろう。
細心を極めた触診ののち、ニコラがやっと顔をあげた。あり難いことに、その面には安堵の色が浮かんでいる。そのことに、ユオルが詰めていた息をちいさく吐いた。
「よかった、骨や臓器に損傷はないようです。これなら私の力でも何とか······」
ニコラはいうと呼吸をととのえ、彼らが厚く信奉するところの神の言祝ぎの言霊を口中で素早くつぶやき、「ふ」と気合いをこめる。
う、とわずかにロプサーヌが呻いたが、やさしく触れられた掌から溢れた金色の光がいきわたるにつれ、表情を柔らかくしていった。
「······どうですか? 大丈夫なんでしょうか?」
ふっと息をついて床脇の椅子へと腰を落としたニコラに、ユオルは訊ねた。額に汗をうっすら滲ませた修道僧は、彼を落ち着けるように静かに微笑んだ。
「ええ。大事には至っていなかったので。じきに善くなりますが──叶うなら二、三日ははげしく動かない方がいいいと思います」
「ありがとうございます! ほんと、なんとお礼を言ったらいいか······」
動かないなんてそれは無理だ、と心中で歯噛みしながら、それでもユオルは頭を下げた。あの追手ども。特にあのイカれたターバン野郎がむざむざとり逃がしてくれるとは考えにくい。
だがそれでも、自力で立てるだけでもありがたい。
ロプスがうっすらと瞼をあげる。ぼやけた視界に、こちらを覗き込むユオルとニコラの顔が浮かんだ。
「······ユオル?」
「大丈夫です団長。ニコラ修道士が治療してくれましたから」
彼女はゆっくりニコラへ視線をうつすと、驚いたように一度瞬いた。この奇妙な縁に彼女も驚いているのだろう。すこし休んでいてください、と声をかけると、わずかに頷きを返して瞼を閉じた。
とにかく一刻も早く街を出よう。そうユオルは主張する。
「俺たちだけでは、もうどうにもならない。ディルソム国軍に頼るしかない。すこしでも早く軍の駐留地まで駆けこむべきです」
室内にいる室内にいるふたりの人物。
ニコラはベッドの脇の椅子にかけて患者の様子をみつつ、マイシャは棒立ちのまま一言も発しなかった。ややあってようやく、「ん。まあそうよね」と返ってきた。
「······でもその前に」
マイシャはツカツカと寄って、ニコラへと視線を落とす。
「貴方、何者?」
「?」
質問の意図が理解できない様子で、問いかけをくったニコラも彼女を見上げている。
「は? だから言ったでしょう? 彼は大陸神教の僧侶で、道行きにたまたま遇って、それで」
「うん、それは分かった」
マイシャはニコラから片時も視線をはずさない。まるでどんな些細な変化も見落としてやるものかといった風に。
「偶然あって仲良くなった。そこまでは、ね。けど、こんな騒ぎの渦中でまたも偶々再会する──なんてそんな偶然、私はこの世にはないと思ってる」
「··················」
ニコラは依然、薄っすらとした笑みを浮かべたまま微動だにしなかった。
「──神のお導きです、とでも言わないわけ?」
「······そうですね。敬虔な宗徒ならそう言うべきなのでしょうね」
「どうも気になるのよ、あなたの所作」
マイシャは相手のあまりの動じなさに緊張感を逃すように息をつぐ。
「少なくとも私の知ってる僧侶のそれとは違う。連中、何でもかんでも奇蹟の術を見せびらかしたがるじゃん? でもあなたはそうじゃない。それに、どうにもダブるのよねー。······前世でのお医者さんの姿と······」
最後の台詞には覿面の効果が込められていた。それまで落ち着き払っていたニコラの鉄面皮にあきらかな動揺が走ったのを、ユオルでさえ見逃さなかった。
今のはどういう反応だ? いやその前に──医者だと? 医者······医療······それはつまりカドヴァリスの──
いま、マイシャのもつ大角の欠片に直接興味を示しているのは、あのイカれターバン野郎の与している魔導大国ウェラヌスギアと、そしてもうひとつ。
それが医療興国と異名をとる西方の国カドヴァリス──
ニコラはなにを思ったか、フー、とやや長い溜め息をついた。何かを観念してのことかと勘ぐってみれば、
「貴女こそ、なにを隠しているのですか?」
さらに場を混乱させる、そして聞き流せない質問を返すではないか。
しずかに澄んだ灰の瞳が理知的な輝きを宿して、マイシャを真っ向捉えている。
「貴女も秘密をかかえているのでしょう? 同胞にも仲間にも言えないような秘密を······」




