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牢内の誓い

話はふたたびユオルたちへと戻ります。

前回までは盗賊団の捕虜となっていましたが······


 隣領、国境(デ・ヴェ)領。賊徒どもはその領内の山中に大拠点を築いていた。

 手回しのよいことに前もって準備されていた幌馬車に詰め込まれたユオルたちは、麓からすこしの登山を強要された。

 表口からは分からぬよう隠された彼らの通い路は、傾斜に丸太や石などで段をつけて工夫がなされ、樹間からチラチラみえる(かがり)火は、要所要所の闇をはぎとり、山肌の並々ならぬ険しさを露わにしている。

 その堅牢たる様にみなは、万が一の脱走も困難であることを知らしめられるのだった。






 一面おおきく洞が空いた(いわや)

 昔、とてつもない規模でごっそりと岩肌が崩落してできたような巨大な洞。岩場の各所には灯り皿が炎を揺らめかせ辺りを黄色く染めて、一種神秘的な雰囲気をつくりだしている。



「······わかったな? では行け」



 仁王立ちした鎧男が、ガチャリと金音をさせながらつめたくいい放つ。

 あの男だ。超技術の代物たる鬼の鎧を纏った盗賊団の首魁にして、ユオルの剣を折り、腹を蹴飛ばしたあの男。

 歳の頃は二十代といったところか。

 ながい肩あたりまで垂れた、おそらく金の髪に、瞳の色は暗くてよく分からない。厳しい鎧を着こなすに足る堂々たる体躯が、心許ない明かりに壁のように浮かびあがる。

 が、そのこと以外はこちらでよく見る外見ではあるし、言語にも訛りはあるが淀みはない。噂通り、転生者(とくてんつき)であるのはほぼ間違いないようである。


 念押しの言葉をうけたのは、不承不承ながら首肯したロスキー警兵隊の制服をまとう中年の男だ。来たときと同じく、三人の手下に見張られながら牢へと帰っていく。

 その背を見送りながら、首領(ボス)とともにたむろしていた数人の男たちも腰をあげる。


「······奴ら、のってくるかな」


「これまでと同じさ。こうなったら道はひとつしかない。だろ?」


「······とはいえ腐っても官憲だろうしな。ま、それならそれでいいさ」


首領(ボス)・バーハルトはフンと瞳を冷たくする。


「我々に益のない輩になど用はないからな」








「どうかしてる! 気は確かか?!」


 すっかり暗くなった牢内の静寂を、怒気が破る。

 激して立ちあがった青年をなだめるように、老練の兵は落ち着き払っていった。


「まぁ落ち着け、若いの。座って話をしよう」



 ロスキー警兵隊の捕虜たち十人あまりは、揃って木で組まれた巨大な檻のなかへブチ込まれていた。無論ながら、武装の類は丸々没収されている。


「断る!」


 にべもない返答に、やれやれと老練な兵たちは顔を見合わせる。たがまあ、それも無理はあるまい。



「賊徒に寝返るだって!! 俺達が──俺達ゃ警兵隊だぞ!? それが······それが強盗どもの手下になれってのか!!」



 いま、牢内は文字どおりふたつに割れていた。比較的年かさの連中と、ユオルら新米兵とに、である。

 若い連中はいきりたって腰を浮かせているのに比べて、老練兵たちは床にべたりと座り込んだまま、意気も消沈気味であった。

 彼らにはしかと見えているのだ。どうにもならない現実というものが。


「まあ聴け!」


 やいのやいのと(うるさ)い声を一度黙らせてから、その老練な兵はいった。


「ふぅ。······じゃどうする? このままここで朽ち果てるか」


「抜け出す! 脱走すればいい!」


「どうやってだ。連中がそこの扉を油断して開けてくれると思っているのか? 外に出られないことには、それさえままならないんだぞ」


「だ、だからといって······!」


 べつの老練兵がついで言う。


「それにな? よしんばロスキーに帰りつけたとしても、隊長殿はよい顔をしないだろう。今頃俺達は、『勇敢に戦って戦死』したことになっているだろうからな」


 部下から脱落者がでるくらいなら、名誉の討ち死にをしたのだということにする。お偉方の常套手段だ、とその兵士は語る。

 そんな馬鹿な······と若手側の幾人かに動揺がはしった。


「······どうやら囚われたのは、ここにいるだけのようだ。全体からみれば大した数じゃない。

 全滅ならまだしも、そんな所へ『名誉の戦死』をした者がノコノコ出ていってみろ。密偵扱いされるのがオチだぞ」


「そ──んな······馬鹿げた話があるか!」


「············あるんだよ、この世にはな。なんせあの若僧(しきかん)のヘマの生き証人なんだぞ、お前」


 いきり立っていた若いのは、上がった血が下がるにつれ理解が脳に染みたのか、ドカリと膝から崩れ落ちるように座りこんで項垂れてしまった。


「しばらくは当然監視されるだろうが······それでも、な? まずはここを出てからのことだぞ?」





 一時の高揚から消沈へ。

 警兵らはみな、眠りについた。

 心穏やかに寝入った者は誰ひとりとしておるまい。これからの先行きを、離れた家族にふたたび会える未来を、みな不安に想っていた。

 ユオルも牢の柱によりかかって襲いくる肌寒さにふるえていたが、心は熱気と興奮にざわついてとても寝付けない。


 戦死扱い? 俺が······? 俺達が? まだ何も成していない。なのに──これで······人生終わりだって?



 それは不意のことだ。

 ゴスリと、横合いから肘突きがはいった。見咎めると、暗闇のなか、岩の隙間からのわずかな光に爛々と輝く瞳がふたつ、こちらを捉えている。

 さきほど気炎をあげていたあの同期、マズノルだ。


「······なぁ、お前はどう思う?」

きわめて声を殺して訊いてくる。

「ジジィどもはああ言うが、そんなことあるもんか。だろ?」


 コクリ、とユオルは無言で頷きをかえす。マズノルはわずかに喜色をにじませていった。


「そうさ、奴らはすっかり怖気づいちまったんだ。だが俺達はちがう。

 ······さっき何人かとも話した。

 まあ、奴らもまったく間違っちゃいないさ、たしかにな。(ここ)を出てナンボだ。

 だから俺達は従うフリをして脱走の隙をうかがう。何としてもロスキーなり、近くの兵舎に駆けこんで、ここの情報をぶち撒けてやらないか?」


 ユオルはそっと静寂を見透かすように耳を澄ませてから、仲間と瞳をあわせて力強く頷きあった。

 マズノルは満足そうに笑むと、ひとつふたつユオルの肩を心強くたたいて、ゴソゴソと寝にいる。


 そうだよな、たしかにコイツの言う通りだ。このまま終わってなんかやるものか······!



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