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禍った剣【災悪】②

ありがとうございます。

話をまとめるために、ちょこっとだけお休みします。


 あれっ? ······これっ、何だっ······?


 いつも以上に走るという行為が辛い。息切れ、というよりも、すでに全力疾走を二回ほど済ませた後のような虚脱感があり、全体に力が回らない。あっという間に置き去りになるユオルを、ふたりが振りかえる。


「ちょっとなに! あのくらい走ったくらいでさ!」


「龍装術の(にえ)のせいだ! あれは体力消耗するから仕方ないんだ。まだ慣れてないのにあんな無茶するからっ」


だが休む猶予などない。足を止めれば待つのは最悪の末路だ。折れ曲がる路地をもてる限りの力で疾走する。



「見ぃつけた······」


 背後から詰めるギュスタが、ついに最後尾のユオルを視界に捉える。

 不吉な声にユオルの背筋がゾッと凍りつく。

 振り向かずとも判る。やつはまるで隠れ潜む鼠をみつけた猫のように、朱い瞳の眼を見開いているだろう。

 あと少しだ。ほんの目と鼻の先に広場が迫っている。そこに紛れ込めさえすれば。隠密である以上、ウェラヌスの連中も無茶はできないはずなのだ。

 だが、遠い。



「くそっ!!」


 どうせ追いつかれるならば。

 盾を手に足を止めたユオルのこのなかば捨て鉢な判断は、ある意味において正解だった。

 直後、三人の背後を襲う炎の柱が盾を直撃した。かろうじて龍装術の干渉で炎熱は路地を溢れる奔流とはならず、爆発でユオルを転がせる程度に留まった。



「っ、自分で魔法をッ!?」



 この事実は驚愕の事態を告げている。

 やつの武芸はホンモノだ。剣技への対応に慣れているロプスだからこそ反応できたのであって、疾風の繰矢を修めたあのマイシャさえ出し抜いたのだから。

 剣技も優秀なうえにみずから魔法も操る······


「でもそれじゃまるで──」


そう、それはまさに。



「魔法······剣士?」



 昔、お伽噺でさんざん聞いてきた英雄譚。ある種の伝説と化した存在の、あの?



「さぁ、もっと見せてくれよ。君達の手の内」


 いっさい躊躇うことなく剣を閃かせ、熱のこもる場にギュスタが踊りこんでくる。


「くッ!?」


 とっさに繰りだす盾と熱傷を呼ぶ刃がかち合い、軋み音をあげる。龍装術の風圧が危険な刃の焦熱を奪い去る。



「だけどっ! 魔法剣っていったらもっとこう──炎やら雷やら纏った剣じゃないのかよッ!!」


「馬鹿なのアンタ。どこの世界に技の特性垂れ流しで戦う奴がいるっての?」



「ユオル!!」


 背後からの声にとっさに身を屈める直後、髪の先をかすめて瞬矢がギュスタへ襲いかかる。がこれもギュスタは物ともせず剣で払いのける。


「オラッ!!」


 ちょうど脚先にあったユオルと盾を蹴りあげる。よろめきざま、さらに畳み掛けるように流麗な連続蹴りが襲う。


「ぐあッ!!」



 ごろごろと無様に地面を転がりでたところが、ちょうど広場の入口だった。突然の闖入者に、露店の主や客らは何事かと覗きみる。あわてて立ちあがるが脚がもつれ、派手に前へとすっ転ぶ。

 くそ、力が入らない。それでも······一歩でも前へ。



「たァァァァッッ!!」



 部下の窮地にたまらずロプスがとって返す。これも涼しい顔で受けとめたギュスタと壮絶な突き合いが始まった。


「いいねいいね、やっぱアンタが一番イイよ······!」




「うおぁぁッッ!!」

「ヒャアアア──────ッ!!」


 突然始まった乱闘に広場はたちまち混乱に陥った。 




 圧倒的な実力。いっさい無情に人を狩る場への慣れ。狂気に輝く血色の瞳。

 さしものロプサーヌも、身の内から本能的な恐怖が沸きあがってくるのを抑えきれない。


「ハッハーッ!」


 一瞬の怯みを突かれ、ロプスの腹に完璧な蹴りが入り、ちいさな身体が三ヤードはすっ飛んだ。


「ぐふッ!」

「コイツッッ!!」


 マイシャがありったけの矢を速度にまかせて乱れ撃つ。いよいよ調子に乗って手がつけられなくなってきたギュスタは、この神業にさえ完璧に対応してみせる。魔法剣で魔力を高める間の隙を補い、あとはもう火柱でまとめて薙ぎ払う。

 広場はたちどころに災禍に舐めつくされ、人々が我先にと逃げ惑う。この隙にユオルはロプスを背負うと、脱兎のごとく人々の群れに紛れこむ。悔しいがいまは逃走しか術がない。



 一瞬前までの穏やかな光景が作り事であったかのようだ。まるで書物の別の(ページ)をいきなり二十かそこいらすっ飛ばして開いてしまった時のような感じというか。

 露店は叩き壊され、車は傾ぎ、荷はひっくり返され投げだされ、食物は路上に散乱し無惨にも踏み(にじ)られている。燃えるものはすべて業火の海の餌となり、禍々しい熱に揺らめく路地に流れるあれは、まさか血ではあるまいか。



「······くそっ! なんてことだ······無茶苦茶じゃないかッ!」



 舌しか動かせない己が恨めしい。

 思いかえせばこれまでも、川底の砂中から金塊を拾うよりも難しいとされる異邦人に、幸か不幸か出遭ってきた。

 鬼鎧の(脳内まで)桃色幽霊にしても、マイシャにしてもそれぞれ大概だったが、それでもまだ常識は持っていた。

 だがあのターバン野郎は──奴だけは底が抜けている。この国を······人をなんだと思っていやがるんだ。






 しまった、ユオルらを見失ってしまった。気配を探ろうにもこう場が混乱していては······

 焦るがいまは下手に探し回るとかえって状況を悪くする。しかしこちらの勝手に巻き込んでしまった以上、あのふたりを置いて脱出するのは······

 一瞬躊躇ったマイシャの右腕が、不意に飛んできた何かによって絡めとられる。投げ縄だ。


「!」


「······捜したぞ、マイシャ・ツガロワ······!」


 炎熱のなか、その縄の端を力強く手繰るのは、憤怒と興奮と喜びに(かお)をゆがめる、国宝追跡隊隊長ザペル・クニャックの姿だ。騒ぎをみて駆けつけたにちがいない。


「これで宝弓に選ばれし勇者の物語も終わりだな。堕ちたもんだ······!」


「そうかもねザペル。私も出来れば会いたくなかったけどっ」


 いうとマイシャはみずから突進して彼の懐へと飛び込んだ。 


「んなッ!!? 何のつもりだっ!?」


思ってもみなかった対応に、追跡者とは思えぬ声の上擦りをみせるザペル。


「いいからッ!! 私を連れてく前にやる事があるよッ!!」


そう叫んでバッと指を指すほうをみると、炎を踏み込んでウェラヌスの潜兵らが迫ってくる。


「······ウェラヌスギアかよッ!!」


「まずはアイツらを頼むよ!?」


「貴っ様、この期に及んで······ッ!」


「同胞には逃げも隠れもしない! 角を奪われてもいいのッ!!」


「うッ──うぬぅ〜〜〜ッッッ!!」


 ウェラヌス兵が呪詛を唱えはじめる。マイシャがとり出したナイフでロープを切るなか、ザペルと共に駆けつけたケシュカガ隊も次々と矢を放ちウェラヌス兵らの詠唱への集中を奪う。


「やむを得ん、出直すぞ! ツガロワを逃がすなよッ!!」





 背中のロプスがちいさく呻く。揺すられてやられた処が痛むのだろう。だがいまは耐えてもらうしかない。

 心のなかで詫びながら、ユオルは煙のなかを逃げる人にかくれて脱出を試みる。



「すまないそこの方! 力を貸してもらえまいか!」


 ふいに横合いから声をかけられ、反射的に目をむける。そこには倒れた木材の下敷きになって起きあがれないでいる男と、これを助けようとしているのか、ひとりの粗末なローブの男がうずくまっていた。声をかけてきたのはその男らしい。短い髪と風体で僧らしいと分かった。

 悪いが手は貸せぬ。そう言い分けようとして、ユオルはわずかに息を呑んだ。


「あんた······」


 逃げ遅れた露天商に手を貸していたのは。

 つい数日前に分かれたばかりの修道僧ニコラレッティ・カノップスではないか。


「あの坊様っ?」

「君は──たしかユオル君でしたか!」


 ニコラは、彼が負っている人影に目をやって理解はしたようだった。それを承知で頼み込んでくる。


「すまない、それでも頼みたい!」


 やむを得ない。ユオルはロプスに断っていったん彼女を降ろすと、ニコラとふたりして露店の残骸を押しあげる。さいわい二人分の力でもどうにか隙間を作ることが出来たため、挟まれていた男は自力で抜け出し、ふたりに礼だけいうとさっさと逃げてしまった。



「いたぞ!」


 入れ違いに刺すような声がしてウェラヌスギア兵が二名、煙のなかから現れた。


「くそっ」


ユオルは、どうにか構えるので精一杯なロプスの前に立ちはだかると、剣を抜いて威嚇する。



「何事です! これは!」



 頑とした声を放ったのはニコラだった。これまでの柔和な雰囲気からは想像もつかない迫力のこもるこの大喝に、ウェラヌス兵だけでなくユオルも、驚きに目を見張る。

 彼は長身を見せつけるように、もっていた杖をカツンと石畳に打ちつけ、とび入ってきたふたりを見据えている。


「この騒ぎは貴方がたが原因か!」


 面倒だと思ったのだろう。追ってきたウェラヌスギア兵は舌打ちして視線を合わせると、即座に斬りかかった。


「っ、無体なッ!」


 旅の僧侶はよほど危険を乗り越えてきたとみえた。

 驚くほどの機敏な動きで一撃目をかわしてみせると、手にしていた杖で二撃目を弾き、杖頭で相手の鳩尾(みぞおち)を打つ。のみならずユオルにかかっていたもう一方の顎をかち上げたではないか。

 ただの木の杖と思われたそれは、中に何か仕込まれてでもいるのか、相当な硬度と威力をもっていた。本当に旅の坊主かと疑いたくなる働きだ。



「いたいた。良かった······まだ残ってたよ」



 だが。

 総身がゾワッと鳥肌をたてる。

 聞こえたのは今のところ最も聞きたくない声。煙のなかから現れたのは、あのターバン野郎、ギュスタ・ミルマーダの姿だ。


 くそったれ、最悪だ······ッ。


 ユオルもロプスも、いよいよ進退きわまったと認めざるを得なかった。


「君たちさぁ、サヴェリウスの人でしょ? だったら逃がす訳にはいかないんだよね、悪いけど」


 立つのがやっとなロプスの様子をみていささか興趣を削がれたらしく、ギュスタは平坦な口調でいった。そこへニコラが悠然と割って入った。


「?」


「坊さん、危ない! そいつは」


「お退きなさい。この狼藉は見過ごせませんよ」


 どう見ても僧侶然とした男の蛮勇を、ギュスタは嗤いとばす。


「へえ、じゃあアンタが代わりになって──··················」


 なんだ? 急に黙りこんでしまった。


 まったくの。本当にまったくの意外なことに。   

 あの凶暴な男が、ぽかんと口を開いたままニコラを凝視し、立ち尽くしているではないか。唇からは意図もしない言葉も漏れたようだった。だがあたりの騒音でこれを聴きとるまでは叶わない。


「······?」


相手からの視線に気付いたのだろう。ニコラも不審におもって、ギュスタの顔を見つめている。



「おい、何をしている。そいつは不味い!」



 あまりにも呆然としていたため、背後から肩を掴まれるまであのギュスタが気づけずにいた。即座に眉を吊りあげる。


「······あ?」


「大陸神教の坊主だ、そいつは! ()れば国許がうるさい!」



 大陸神教。

 それは各国に根をはる一大宗教勢力。影響力という点だけでいえば大陸随一を誇るだろう。サヴェリウスが盟主たりえるのも、ひとつには神教国との協調路線が鍵であるといってもよい。信仰による民への浸透の凄まじさもあって、その権威は政治的な意味でも絶対に軽視できないのだ。

 さらにニコラのように各地を巡る僧らは、その巨大組織の目そのものである。

 彼らの見聞から得られ、蓄積された膨大な情報は大陸の内情を網羅している。もしこれが意図をもって外部に漏れでもしたら······想像もつかない被害だってこうむり得る。


 隊のリーダーらしき風格の男は、聞かん気の仲間に数人がかりで説得を試みる。


「長居は無用だ、行くぞ!!」

「退くんだ! 派手にやりすぎた!」

「そうだ、これ以上は······!」


「······チッ」



 かろうじて虚勢をはるロプスとユオルを睨み、さらにニコラへとチラと視線をやる。

 そうして最後に舌打ちを残すと、危険な男はマントを翻して煙の奥へと消えていった。


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