禍った剣【災悪】①
「これはどーいうことかなぁ、話が違う。君が受け渡し人で合ってるんだよね。それともこっちの情報が間違ってるのかなぁ······」
路地裏に口調とは裏腹な、親しみを微塵も感じさせない声が意外なほど通る。
だが受けたマイシャに気負う様子はない。ロプスとユオルを下がらせるように前へ出ると、
「あれ? ひょっとしてウェラヌスの御仁だった? だったらゴメンねー。てっきりカドヴァリスの連中かと」
抜け抜けと言い放つ。
ウェラヌスギア······!?
主従は驚いてたがいに顔を見合わせる。
いっこうに悪びれないマイシャからの返答をうけた青年は身動ぎひとつしない。だがわずか、ほんの僅かに黒い片眉をあげた。
「言い訳が苦しいよ。さっきは物をそのふたりにも見せてたじゃん。無関係の知人だから隠したかった、なんて通じると? どうせそのふたりもグルなんでしょ」
「言い訳もなにも、この娘たちとは偶然この街で再会しただけだからね。おたがい吃驚してたんだよ。ねー?」
突如話をふられては、ロプスもかろうじて「ねーっ」と合わせるしかない。
「······ふーん、まあいいや。で、どうなの? 渡す気はあるわけ?」
そう訊ねる割には、眼前の青年はすでに腰に提げていたらしき曲剣を抜き放っている。すたすたと無造作に距離が詰まる。あたりに満ち始める殺気にマイシャも眼つきを鋭くした。
「『分析結果は共有すること』······これが条件だったはずだよ。殺しても奪う、なんて目をしてる子を、お姉さん信じられないなァ······」
ターバンの青年、ギュスタ・ミルマーダは、見る者をゾッとさせるような酷薄な笑みを浮かべると、襟巻きをたくしあげ、何事か呟いた。と次の瞬間、
「っ!?」
一切の躊躇いもなく突っ込んできたではないか。
異様に疾い。まるで路地を滑るように間が詰まった。充分に警戒していたマイシャすらも対応が間に合わない。獣の突進とは違う、完全に呼吸の裏をついた武術家の動きが迫る。
だが斬りつける直前、小さな影が間にわって入った。
「──団長ッ!!」
剣の柄に手をかけたままユオルが叫ぶ。
一見剣にもみえる槍、宝槍「戦乙女」をもってギュスタの凶刃を受け止めるは、未来の騎士団長ロプサーヌ・アウルロアだ。
「話はこっちのほうが先なんだ。いいとこなんだから順番は守ってもらえる?」
ギュスタはどうみても歳下の、それも少女が己の不意打ちを止めた事実に目を見張っていたが、その眼光に愉悦の妖しい光が宿ると同時、ニイッ、と口を大きく歪めた。
「っ!? 熱ッッッ!!!」
「団長ぉッッ!?」
「ほぅら、消し炭になりなよォ!!!」
力に任せて剣を振る。驚いた拍子に拮抗を崩されたロプスが、本来の重量差で軽々と吹き飛ばされた。それでも身軽さをいかして即座に身体の均衡をとり戻し、なんとか片膝をつく程度にはもち堪える。
なんらかの攻撃を受けた事の裏付けに、小さな身体からはまるで燻されたかのように煙が幾筋もあがっていた。
だがそれだけだ。火傷さえも負ってはいない······
ギュスタは意外そうに己の剣をみつめ、つづいて戦乙女のはなつ光に包まれているロプスに目をやる。
その瞳には驚きとともに歓びが満ちていく。
「······もしかしてそれ、神具? じゃあ──君達も『異邦人』なんだね? ──そうだ、絶対にそうだアハハハハッッ!! その槍の光、防御魔法の効果もあるんだよねェ!?」
事実に驚くのはなにも彼だけではない。それはロプスら三人にしても同じだ。
「まさかコイツ!?」
「異邦人ッ!!」
ギュスタはお構いなしとばかり高笑いを続ける。薄気味悪い。まるで歓びで狂いでもしたかのようだ。
「あー、いいよいいよ。異邦人と出逢ったのは君らでふた組目だ。しかも敵方なんてぇ······最っ高じゃないかァ!」
赤い、この世界をしても珍奇な瞳が爛々と輝いているのを見、マイシャは構えたまま眉を顰める。
「うっひゃあ、キっショ。目がイっちゃってるよありゃあ」
「やれッ!!」
ギュスタの命令を合図に、背後に控えていたターバン男たちが口早に呪詛のような言葉を紡ぎ始める。
「ッ! あれ攻魔詠唱ッ!!」
「こいつら魔法をッ! 団長ッ!!」
ユオルの声に反応して即座にロプスが動く。
逃がすものかとギュスタが胴斬りに薙いでくるところを、ひと間早く身を屈めていたロプスが下をくぐり抜けるとみせて、一躍。ギュスタも意表をつかれるほどの跳躍でこれを躱し、ふたりへと合流をしてのける。
ターバン男たち──ウェラヌスギア兵から極炎の火線が放たれ、石畳のうえであるにも拘らず炎の円陣が三人の行く手退く手を塞ぎ、この場へと縫いつける。火勢はどうみても衰える気配はない。本物の攻撃魔法の熱に炙られたユオルの背筋をゾッと悪寒が走った。
不味い、ここはほとんど袋小路だ。こんな処に閉じ込められでもしたら······ッ!
「団長ッ、マイシャ殿ッ!!」
続いてくれると信じて駆けだす。盾を構え、無謀にも炎の壁へと突撃を試みる。
無茶は承知のうえ、それでも留まるよりはマシだ!
追いこまれた相棒の覚悟に応えて、腕輪におさまった龍晶が蒼緑の輝きを放つ。小龍の哭き声とともに三人を、地面より巻き起こった竜巻が包む。
望外の威力は眼前を塞ぐ炎を蝋燭の火のごとく吹き飛ばした。
「「!!」」
「やった······っ!」
「なに自分で驚いてんのッ! 行って!!」
まんまと三人が逃げていく。が、ギュスタには慌てる素振りはみられない。おそろしい程の切り替えのはやさで、ひとり冷静に分析を重ねる。
「なんだアレ? 魔法かな? いや、違うな。······龍装術かぁ。ってことはサヴェリウス関連の······? いいね、益々イイ」
まるで天に感謝するように空を仰いだニタニタ独り嗤いがぴたりと止まる。ふたたび襟巻きで口許を隠して、現実へと意識をひき戻した。
「逃さないよ。あんだけいいモノ見せといてさ」
表現を修正しました。




