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異国の来訪者たち【遭遇】②


「まままッ······マイシャ!? キミ──何やってんの!?」


 人が心底驚いた時、言葉ってものは役立たずになるものらしい。ただ、パニックの渦中でもひねり出たひと言に適宜な意図を集約させたあたり、やはりロプスの回転は早いのだ。

 いっぽう、問われた側であるところのマイシャは、のん気な様子で左腕に紙袋を持ちかえ、なかから豚焼串を抜きだして頬張った。


「なにって······観光?」

「ちょっとこっち!」


ん〜、と口が塞がって文句のいえない奴をひっ張りこむのはまたしても辻横である。



「ホントどうなってんのさ!!」



 ロプスはぷんすかしながらマイシャを睨みあげる。なにをそんなに怒っているのか解りかねる、といった風のマイシャは眉根を寄せていった。


「んんゆ? んんんんんっ」


 ······まず口のなかの物をなんとかしてからで頼みます、おふたり共。


 脱力したロプスがマイシャの口からはみ出たままの木串をぐいとひっこ抜くと、刺さっていたものはすぽんと綺麗に抜ける。それを彼女は口いっぱいに頬張って味わいながら、やがてゴクンと呑みくだす。


「いやー、この国は楽しいね。しょっちゅうこんな祭りやってんの? いいなぁ。この豚串も素材は微妙っぽいけどいい味してる! まさか故郷の味にもっかい会えるとは思わなかったよ」


二本目をとり出そうとする所をガシッと抑え、ロプスはそろそろ本気の怒りで頬をひき攣らせながら睨めあげる。



「どう、いう、こと! なのっ!?」



さすがにマイシャも、にへらっと歯をみせて観念したように笑った。




 とりあえず立ち話は危険なので、宿まで移動しながら状況を確認しようということになった。

 逃亡中であるとの触れ込みなマイシャの恰好は、(ケシュカガ)であったときとはやはり様変わりしている。

 濃茶の長髪をうしろでゆるりと三つ編みで束ねている所は同じだが、首元には淡桃の襟巻き、冬用の長裾な緑色チュニックのうえに茶のベスト。腰に巻いた太めに見える革ベルトのサイドに、おなじく革素材の収納ポケットを提げている。スカートのようにひろがる裾とロングブーツの間からは黒タイツ履きの脚がのぞいており、背には肩がけの荷袋に革筒、弓を負っていた。

 ただしその弓は、あの威力諸々ゴツい宝弓ではない。



「一体何があったの? この街にだって追手が来てるんだよ?」


「ふぅん。誰だって言ってた?」


 たしか──第九牙氏族のザペル・クニャック、だったか。


 そう伝えると、マイシャは表情を露骨に苦くしてぼやいた。 


「アイツかぁ······。いやね? 宝弓への挑戦権で争ってからやたらウザ絡みされててさぁ······チャンスだっつってしゃしゃり出てきたのね。ホントねちっこい男だわサイテー」 


「で、どうなの? ホントにやったの?」


 咎める──というよりは心配でキツくなるロプスの口調にマイシャは肩を竦めると、「これ持ってて」と片手がすでに塞がっているユオルへさらなる荷を押しつける。

 なにかと思ってみていると、負っていた袋のなかからゴソゴソと長い箱の頭を覗かせてみせた。間違いなく「アレ」の角が入っていそうなサイズ。

 ロプスは額を押さえてハーッと長い溜め息をついた。


「よりにもよってキミが? 何でぇ······?」


「まあまあ、そう怒んないでよ。これにも色々と訳があってさぁ」




 そうこうするうちにも三人の足取りは淀みなく進む。ちょうど建物が壁のように並んで、左右の視界を塞いでいる裏通りへと入っていた。

 人が四人ならんで通れるほどの道の右手側にほぼ道と同幅の水路がはしり、目線のすこし先には、ちいさな石橋がかかっている。十字路になっているために、この空間だけが裏通りのなかに出来たかくれた庭とでもいうように、ひとつすっぽりと抜けていた。旧路とみえて石畳もすべて石灰色で、表とちがって地味で落ち着きがある。


 ぶつくさこぼすロプスをマイシャがあやしている。やらかした張本人が心配する側よりも緊迫感に欠けているのはどういうことなのだろう。ユオルはひとり心中で突っ込んでいた。


 と、ここで。

 マイシャの足が唐突にぴたりと停まった。

 この様子にロプスが敏感に上へと視線を走らせると、景観にサッと影をひいて屋根の凹凸に隠れるものを認める。



「ほら言わんこっちゃない······ッ!」


 追手か? だとしたら非常にまずい。大したスペースもない場で挟み撃ちでもされたらひとたまりもない。


 泡を食ったロプスが宝槍へと手を伸ばそうとするのを、こんどはマイシャがそっと手で制する。

 髪を直すふりをして背中の革筒の留め金をはずすと、瞬く間の早技で弓に矢をつがえて前方──ふたりにとっての背後へ連射する。


「ギャゥ!」

「ぐうッ!?」


という叫びがほぼ同時に聞こえ、ガタタッと何かが転がり落ちる音。相変わらず見事な腕だ。

 彼女の弓が薄い光をうけて放つ鈍銀の光沢がこちらの目をも射た。近頃ディルソムであらたに出回っているという金属装飾具つきの弓だ。


「あれ、宝弓は? たしか······サ、サーリフ············」


「サーリフ・チョノルね。あれ弦が切れてたじゃん? だからいま直して貰ってんの。いやー、お婆の言うことにゃ特殊な弦らしくてさぁ、結構時間がかかるって話でね」


そういううちにもマイシャは立て続けに三本矢をぶっ放している。


「······いいんすか? お仲間なんじゃ」 


 圧倒的な制圧力に、心配は無用だったか、とユオルはなかば呆れた声をだした。その情け容赦のなさに、気遣って振りかえる余裕まであるほどだ。


「あー、いいのいいの。ウチの連中じゃないみたいだしさ」


 いいながらマイシャはまた矢を抜きだし、戯れに指先で器用にくるくる回す余裕まで見せつけてから、振り向きざま今度は自身の背後へヒョッと放つ。またひとり叫び声をあげて見事な屋根落ちをみせながら、三階ほどの高さから水路へと転げ落ちた。

 命中精度は言わずもがなだが、よく喋くりながら射れるものだと感心するよりほかはない。


「私判るんだよねー、気配ってヤツ? ふたりを見つけられたのもその力のお陰ってわけ」


「······それってやっぱり異邦人の」


「そ、神様からの賜り物。【審眼】っていうんだってさ。どう? カッコいいっしょ」


 チッ、これだから転生者ってやつは······


「おっ、いいねーその表情。キミも変わってないねえ」



 どうやら無駄な動きにみえる矢回しは、潜んでいる者達が逃げ出すタイミングに合わせるためのものであったらしい。最後の一射が放たれ、胸下を射られた男とおぼしき影が大仰に身を反らせて反対の通りへと落ちていった。

 マイシャが弓を降ろしたのを合図にして、ロプスは小橋へと駆けつける。水の上を射落とされた男がうつ伏せに浮いて、ゆっくりと下流へとおし出されていくのがみえた。

 灰色のターバンに襟巻き。身は最低限の軽装武具をつけた動き重視の恰好をしている。


「······見たことない兵装か。何処のだろ」  


「さあ、ディルソムの物ではないようです」


歩いてきたマイシャもふたりの後ろからひょいと覗きこむ。


「······ん。ウチのでもディルソムのでもなきゃとり敢えずいいや」


 あとはもう知らんとばかりの言い様に、ユオルはそっと非難の色を滲ませた。

 ホント、どういう教育されてんだ戦士の国の連中は。というか早速この国に迷惑をかけているじゃないか。

 隣通りから人集りのあげる声が響いてくる。どうやら急いだ方が良さようだ。


「──とりあえず私達の宿へ。そこでがっつり聴かせて貰うからねっ!」





『ちょっ、ちょっ、ちょっ······そんな都合よく通ると思ってんの?』



 ギョッと身がすくんだ。まったく聞き慣れない声だった。

 彷徨う視線が、むかう先の暗がりよりひとり、人物が歩いてくるのを捉える。

 建物の影から抜けでるように現れたその人影は、けして威圧的な体躯という訳ではない。むしろ声に似合って、背は並みで肩まわりも華奢にうつる。

 さきほど哀れにも水に落ちた男とよく似た恰好で、灰色のターバンに襟巻きで口許をかくし、旅装のマントで膝下までを覆っていた。その下からはダブついた古風なズボンに黒革のブーツが覗いている。



 ロプサーヌらには知る術もない。

 数日前、隣街の水車小屋でカドヴァリスの者らを虐殺したあの青年であった。



【審眼】

熱感知式センサーの映像のように、脳内で投影される感じ。無機物と有機物の違いも識別できるため、全身を覆ってでもいない限り隙間を狙い撃たれる。

ただし本人の未熟さもあって、探知できる範囲はせいぜい二十メートルほど。


誤字を修正しました。


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