異国の来訪者たち【遭遇】①
旅程四日目の午後。
ふたりは文字どおり這々の体で、目的地、グリージェ子爵領ミクリスへといたった。
「ふへぇ、綺麗な処だねぇ······」
ミクリスは運河と商売の街であるともっぱらの評である。噂は違うことはないようで、淡いミルク色をした石壁の建物の間を、大小の運河が縦横に走っている。ちかくの山脈から湧き出したそれは、やがては神教国の大湖へとそそぐのだ。
どちらかといえば大陸も中部から南部にいる地域のため、まだ晩秋の香がのこり、空はたかく晴れ、空気も爽快このうえない。
街のあちこちには石造りのアーチ橋がかかり、景観に立体の趣きを与えている。その下を悠々と荷を積んで行き交うのは舟だ。
ほかの街とくらべて路に馬車は数えるほどしかない。馬というものは停めるのも面倒をみるのも、とにかく場所をとる。ここでの流通の主役は水運であり、車といえば、せいぜい人力の手押し車くらいのもので充分に間に合っているらしい。
時間があれば宿をとりがてら散策しよう。いかにもそんな気分をもり立ててくれる街並みなのだった。
が──
「いまはとにかく寝みたい······」
ユオルの心よりの呟きに、今回ばかりはロプスも同意見だった。賑わう街のなかを、ふたりだけがまるで木乃伊のように呻きながらノッソリと進む。
途上、道を尋ねながらも、出掛けに仕入れた情報にあるお勧めの上宿をなんとか割りだして部屋をとった。さすがに公衆浴場へいく元気などない。部屋に湯盥を貰って身を清めると、飯も食わずにベッドへと堕ちた。
翌朝。
なんとか動けるだけの元気を快復させた主従は、筋肉痛を我慢しながら、指定された合流場所をさして宿をでた。向かう先もまた宿の一室の予定だ。ただふたりの宿と比べるとずっと庶民よりの、大部屋に多人数をおし込む、木張りの壁床が剥きだしな類の安宿らしい。
「う〜っ、まだ休み足りないよ〜」
「俺もです······」
先日とは一転、空は気怠げに雲を垂れこめさせている。これも手伝ってか、ロプスは待合所へ向かう間もぶちぶちこぼしていた。まったくの同意だと示して追従する。
さすがにこの強行軍は堪えた、身体が重い。もしこのあとに荒事が控えているとなれば悲惨なことになったろう。まあそのへん、今日は監視役という名のオマケなので心配はいらないんだろうが。
もの待ちげな彼らはふた部屋を二十人ばかりで占拠していた。
「お待ちしておりました。今回は我が国のためにお骨折りくださり、感謝に堪えません」
流暢なサヴェリウス語でそうのべて、代表とおぼしき男が握手を求めてきた。
「よろしく」
不調をおし隠し、ロプスもこれに応じる。
潜入追跡が任務というだけあって、男はすっかりディルソムで活動する、商人然とした恰好に装っている。帽子に白シャツ、ズボンにブーツ履き······
比肩して、勇士のなかでは背丈は平均といったところか。はしっこそうだが、流石にガッチリとした身体をもった男だ。顔までは変えられぬため異国の顔立ちは如何ともし難いのだが、そのたち振舞いから他国の商人としては充分に通じるだろう。よその血が混じっているらしく、ケシュカガ人にしては珍しい金髪で、その点も潜入には適しているといえた。やや狡そうな茶の瞳をもつ目がこちらを詮索するように探っている。
まわりをとり巻く面々も似たり寄ったりの恰好で、旅の商団に扮しているのだろうとユオルは見受けた。
「私、第九牙氏族、ザペル・クニャックと申します」
「特使のロプサーヌ・アウルロアです。それで······犯人の足取りはどうなっていますか?」
率直なロプスのこの問いに、ザペルと名乗った男は眉をちょっと顰めてみせる。
「団長······」
ユオルがそっと嗜める。
今回自分たちはたんなる協力者なのだ。あえて前面にでる必要はない。言外にそう滲ませると、ロプスはこれを受けて、あらためて言葉をつけ加える。
「──もちろん、支障がなければで結構です」
あきらかにお飾りであろう幼い少女を見下している風のザペルは、気をとり直して答えた。
「──オホン。まずは西の国境を抜けた形跡はない。したがって賊はビオヒャイ辺りから南へと出国したと思われる。ディルソムの機関からの情報提供により、行く先が三地点にまでしぼり込まれ、うち、最も可能性の高い街ということで我々が出張ってきた、という次第です」
「ディルソムを信用しておられるのですね?」
「まあ、我々は他国では少々目立ちますからな。それに愚かにも、賊は弓を隠すことを失念していたようだ」
「これから具体的にどう動かれるおつもりですか?」
ロプスの問いかけには無駄がない。ザペルは一瞬おし黙って目の前の、背丈は己の胸にも届かないような幼い貴人をみつめ返す。
呑み込みは存外早いようだ······
「······これより皆で捜索に出ようと思います。貴女がたのお手を煩わせることはありませんので、どうかお部屋でお寛ぎください。伝手役としてここへは二名残して参りますので、何かあればそちらに」
後はもう、どうぞお先に、と言わんばかり、黙ってこちらを見守るのみだった。
正直ありがたいお言葉だ。せめて後もう一日は、宿で疲れをとりたい。ユオルは心中でほっと息をついたが、冷ややかな対応をうけたロプサーヌの胸中は違っていた。その横柄な様子にすこしムッとしてみせる。
なんだろう。あの国の大人は皆がみんなこんな感じなんだろうか。
とはいえ、「手伝いなどいらない」と言われてしまえばそれまでだ。くれぐれもいき過ぎのないように釘を刺すと、ユオルともども戸口へと足をかけた。
ふと引っかかりが脳裏をかすめ、最後の問いかけを投げる。
そうだ、まだ訊いていない事があった。
「そうそう、犯人の目星はついたのですか?」
ザペルは眉間に皺を寄せながら、じつに嫌そうにその名を口にした。
「第八牙氏族令嬢、マイシャ・ツガロワ────」
無関係を装うためにも彼らに先立って宿をでたふたりは、しばらく呑気に街をいく旅人を装ったのち、みつけた横町の暗がりへズイと折れこんだ。
あたりに人影はなし。途端にずっと我慢してきた気持ちが爆発する。
「は!? 何で?? マイシャが?? なんでアレをっ!??」
「わかりませんよ、俺に訊かれたって!」
「でもでも言ってたよね? 私の聞き間違い?!」
「いえ······俺にもはっきりそうと聞こえました······っ」
後はぐっと沈黙の幕がおりる。頭の中を「何故?」の文字がぐるぐる巡り、理解の方が追いつかない。
そもそもマイシャは、「崩緑」に複雑な感情を抱いてきた。宴会の最中ほかより聞いた話で、あれのせいで弟妹や母を亡くしているらしいとも知った。
そうした哀しみと鍛錬の果てに、あの日自分達と協力して一矢を報い、あの巨角を一部とはいえヘシ折るという快挙をやって退けたのだ······。
「でも······でもでも、そんな事、あの娘が············」
とここまで言ってロプスは口をつぐんだ。ユオルもおなじ思いを抱きはじめている。
当然マイシャは、宝に関して特別な想いを抱いていることだろう。そして彼女は何というか······狡猾なところがある。実際彼女が犯人だと思うか? と問われれば、まさかあの人が──という台詞が続いてこないのも事実だ。
やらかしそうかといえば、やらかしそうではあるのだ。だが······
「──そうだよ。そもそもマイシャだってあの角を折ったんだ。きっとなにか理由があるんだよ、でなきゃ······」
主人の言葉にそうだよな、とユオルも思いなおす。なにより彼女は身内のことを大切にしていた。これを無下にして国法を犯すわけがない。
そう、そうだ。あの視察旅行の道中もたびたび、無断で資源の持ちだしは禁則だと、自身で口にしていたではないか。
「とにかく、そうと知っちゃあ私たちものんびり構えている訳にはいかないよ。何としても彼らより先にマイシャを見つけなきゃ······!」
焦って駆けだそうとするロプスをユオルはひき留める。
「待ってください! まずは物資の調達を。俺たちは最低限の荷しか持っていないんですよ? さきに補給を済ませましょう。話はそれからです」
ふたりはざわめく心をなんとか抑えて、毎日なにかしらの露店がでるという常設市へと足をはこんだ。
中央に円形の広場をすえる商い通りには、彼らの思いとは真逆の、陽気な空気が漂っていた。まるで季節はずれの花が咲いたようだ。桃色だの黄だの緑だの水色だのといった布屋根をもつ露店がズラリと大通りの両端をしめ、ときに広場をもよぎって縦横に、迷路のごとき通路を作りあげている。
肉屋、菜物屋、貴金属屋、香水屋、木工細工屋といったものから、串焼きや汁物、甘味など、調理した品をだす店もおおく出ており、空腹を誘う香ばしい匂いをさかしげに放っている。港が近いからか、塩漬けながら魚屋まであった。
それらが橙色の石畳のうえで賑やかにお客を呼びこんでいる。
いつもなら目を輝かせているだろう風景の間をゆくうちも、ロプスの頭は対応策の思案で一杯だった。
彼女を見つけたとしてどうする? ようは宝が戻ればいいわけだから、それだけ返して彼女を逃がす?
でもそれじゃずっと追われる身だ。
ならいっそダメ元で父上に泣きついて亡命させてもらうか?
でもあの父上がそう簡単に動いてくれるとも思えない。なにせ国家的犯罪だ······ああもう!
自分には出来ないことが多すぎる。ロプスはその事実を実感せずにはいられなかった。
下ばかり向いて歩いていたから。
自分の行く手をさえぎる革靴のさきが視界に入ったことに、ロプスは誰かと進路がぶつかったことをやっと覚った。
ごめんなさい、と断って右へ寄ると、相手も右に寄る。あっと思って左に寄ると、相手も左に寄る。しょうがないとその場で立ち止まっても相手は行き違おうとはしない。
悩んでいた分いささかムッとしていると、なぜかユオルがバンバンと、やけに強めな力で肩を叩いてきた。
痛いな。かりにも主人の、しかも乙女の身体に気安く触れるんじゃないよ。
サッとユオルを睨みあげると、彼はこちらなんか見てもおらず、まるで幽霊でもみつけたような貌をして前方を凝視しているではないか。
怪訝におもって顔をあげると──
「や、ロプスちゃん。はろはろ〜」
まったく締まりなく両手を紙袋で一杯にしたマイシャが、ニマニマ笑って立っているではないか。
「「マイッ──むぐぅ!!!」」
叫びだす寸前、ユオルがその口をかろうじて塞いだ。
国宝の来歴の変更に伴い、台詞を微修正しました。




