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不可解な王命【依頼】②


 指令書のいう報せとやらは、その日の夕刻、不意の客人によってもたらされた。



「失礼いたします、お嬢様。プレスベルグ嬢がご挨拶にみえられました」


「ヤシャロ先輩が?······わかった、応接間へお越し願って。あとお茶をお願い」



 応接間兼書斎となっている部屋へと通されたヤシャロ・プレスベルグは、ひととおり室内を見渡したあと、微笑む。

 室内は、ごく一般的なディルソムで見られる形式の造りだ。

 壁にかかったいくつかの絵画に、茶革の厚い本が何冊も詰めこまれた背のたかい本棚。部屋にあわせた、小さめながらあたたかな暖炉。執務卓ひとつと、接客用の卓を挟むようにして長椅子が二脚ならび、床には下からの寒気を遮断する橙色の絨毯が敷いてある。

 比較的シックな風合いのなかに、この家のちいさな主が出迎える様はいつ見てもちぐはぐだ。


「報せもなく、しかもこんな時刻の訪問の非礼、どうかお許し願いたい」


 ヤシャロはこの国でも数少ない、ロプサーヌの真の身分を知っている人間である。そしていかに年長、学院の先輩であろうとも、礼を失する性分ではない。

 ロプスは元先輩からの対応をどうにもむず痒く感じながらも、どうぞ、と席を勧めた。


「本日お邪魔したのは他でもない。君達(・・)に頼み事があってね」


 席に着くなり、ヤシャロは学院謹製の外套の下においた革鞄から大きめの封に入った書簡をとり出して、卓の上へと滑らせる。目を落としたロプスは、そこに留められている印にかるく唇を開いた。



「······これは、ディルソム国議会の」



 そう。封にはこの国のトップ、中央政治議会からの正式な書類の証である紋が、正面に青い大盤印で刻まれてあった。

 開けても? と目でうかがうと、ヤシャロも黙したままうなずき返し、運ばれてきた湯気のたつ紅茶をひと口含んだ。

 書簡には以下のような文章がならんでいた。




『ディルソム国を代表して、国議会議長以下、議員連名にてご挨拶申しあげます。


 すでにご本家筋よりお聞き及びでありましょうや。  

 さる二月前、盟友国ケシュカガより、殿下もお関わりのあると側聞いたします、大戦獣「崩緑」の大角の一部が盗難にあい、国外へ持ちだされたとの報が内々にありました。

 かの国はこれを奪還すべく、もっとも取引きの場となりうる疑い濃厚な我が国への調査協力を打診してきた次第です。

 明記は控えさせて頂きますが、かの国との背後関係を鑑み、我が国の関係機関も同様の結論に至りました。

 もちろん我々としてもこれを看過することは参りませず、殿下のお国許とも計ったうえで、非礼の段、伏してお願い申しあげる所存です。


 なにとぞケシュカガよりの密使団と行動をともにし、合力を賜りませ。当国も表立っての行動をとることは叶いませぬが、全面的な協力をお約束いたします。

 諸々の事情をよくよく(えい)慮いただき、どうかご承諾下されませんことを──』



 なんとも堅苦しい文字のならぶ書状から顔をあげ、ロプスはまん丸な青い瞳を元先輩へむけた。


「······つまり?」


「つまり? ケシュカガ国からの追跡隊のお供をして、彼らに盟主国の関係者として捜索の名目を付与し、かついき過ぎのないよう監視してほしい、ってところかな」


 なるほど、朝からずっとはぐらかされていた詳細とはこういうことだったか。堀は完全に埋まっていたという訳だ。まさか二国間にわたった協議がすでにまとまっていたとは恐れいる。


「······失礼、先輩。従者を同席させてもよろしいでしょうか」


 もちろん、とヤシャロは鷹揚にうなずいてみせた。



 部屋の外で控えていたユオルは緊張した様子で室内へとはいる。扉をあけると、暖められた空気がむわりと全身をつつんだ。


「やあ、一(べつ)以来だね」


と気さくに声をかけてくるヤシャロに、

「は。お嬢様もご健勝なご様子で」

と返して、壁際へと直立不動でたった。ロプスがあらましを説明する。



「──という訳なんだ」


「······なるほど、です」



 要するに、またあの(いかめ)しい連中と合同で、独断に先走った奴からお宝(アレ)をとり返せということらしい、と彼は状況を理解する。いや? 手伝いというのなら、なにも自分達が矢面にたつ必要はないのか。自国の問題だ、彼らも手前勝手に片をつけたいだろうし。

 ただ重要なのは、これが他国の領土で、それもここディルソムで行われようとしていることだ。

 元国民としても、母国(ココ)に他所の争いを持ちこまれてはいい気はしない。無関係な者が巻きこまれでもしたらさらに業腹だ。


「それはまあ······解るんですが」


「うん? 何だい?」


「いえその──あの大角を巡って······ってところが。いったいあんな物が何になるんでしょう。はっきり申してそこまで重要な物なのかな、と······」



 モノ自体は戦勝会のおりに拝ませてもらったことはある。仰々しく飾りたてた大箱に収められたそれは、確かに堂々としたものだった。

 だが目がいったのは大きさだけだ。それを除けばどうみても、ただの古臭い、苔むした汚らしい産物としか映らなかった。大騒ぎするほどの価値があるなどとは、自分にはどうしても思えない。


「うん──確かに、他国の者から見ればそれが正直なところだろうね」


 ヤシャロは長いスカートのなかで組んでいた足を組み替えて、謎めいた笑みをみせる。なんだかそれは、教師がそこそこに察しの悪い教え子にむける笑みのようで。なるほど、学院内での人気はこういう所にもあるのだろうとひとり納得する。


「まあ国の宝······ということは置いておいても、すこし考えてみてくれないか? ここに、我々でさえせいぜい七十年ほどしか届かぬ生を、ゆうに三百は生きた生物がいる。ましてそれは戦獣だ。これだけでも期待される用途は幅広いだろう。盾壁と称される種の角には薬効となる成分が確認されているとも言うしね。我々素人が思いつくだけでも、医療、建築用法、もちろん戦獣の性能向上の知見や魔術素材なんてところはザラに思いつく」


可能性の塊だよ、とヤシャロは長釈をむすんだ。


「······なるほど。だからカドヴァリスとウェラヌスギアの名が出てくるのですね」


 よくわかる解釈だ。未知の薬剤となれば医療技術で一等群を抜くカドヴァリスが、魔術関連であればウェラヌスギアが。なるほど、双方ともどれだけの関心を示すかは想像に難くない。


「じゃあそのコソ泥は、ウェラヌスギアとの取引きを望んでいる、ということか······」


ロプスが口を挟んだ。


「? どうしてそう言い切れるんです?」


「だって考えてもご覧よ。もしカドヴァリスに持ちこむ気なら、ここまでわざわざ出てくる必要ないでしょ。隣国なんだもの」


「──そう。最近は水面下で資源戦争をしている、なんて噂もある。西の国境はまず封鎖されているだろう」


 でも、ヤシャロは言葉を続ける。


「そうと決めつけは早計だよ、ロプサーヌ。どこにでも考えの異なる者はいるものだろう? あくまでも素材の分析先としてウェラヌスギアを頼ったほうが都合がいいだろう、って程度に留めていおいてくれ」


 これだけ言うと、ヤシャロは外套と荷をもって立ちあがった。


「すこし長居をしてしまった、私はこれで。いい忘れていたが、君達のむかう先はディルソム西南部。グリージェ子爵領ミクリスの街だよ。······いいかい、ふたりとも。この問題を上首尾に結べば、我が国は貴女方に借りを作ることになる。もちろん、我が父もおおいに感謝するだろう。······これは好機だ」



 見送りは結構。そう言い残してヤシャロが去った後、ロプスは悔しさと可笑しさが混ざった笑みで口の端を歪めた。


「先輩もズルい言い方するなぁ······」


 とにかくこれで知らんぷりを決めこむことはもう出来ないわけだ。目的地は決まった。理由もある。ならば、あとは行動に移るのみだ。


「······ケシュカガの勇士達か。ひょっとするとマイシャ殿も出張ってきてるかも知れませんね」


「! そうだね。腕利きを揃えるんなら充分あり得るか。それも楽しみだね」


 さっそく支度にとり掛かるべく、ロプスは家令室につづく呼び鈴の紐をひいた。






 同時刻。処はディルソムの西方。

 神教国湖岸にもほど近い田舎町のさらにはずれ。


 燃え盛る炎は、木組みの水車小屋をいとも容易く崩壊せしめた。おりしもそぼ降る雨がシトシトとながく続いているにも関わらず、火は一向に衰える兆しをみせない。むしろ抗うように舐め尽くすように、上へ上へと昇りつめていく。

 窮した男たちはやむなく潜んでいた住居の二階窓から飛び降りるが、待っているのは凶刃、そして死だ。飛び降りた直後を狙い打ちされては、どんな得物を持っていようが無価値である。

 まるで影のように迫る軽装の者どもに囲まれ、ひとり残された男は、背後にした水まじりの足音に剣を構えてむき直る。



「何故だ! なぜお前達が俺らを攻撃するッ!!」



 だが、半身を炎に照らされた人影は答えない。腰に帯びた曲剣をゆっくりと抜き放つ。

 頭にはターバン。はためかせた厚めのマントの下に軽鎧を着込んだ、兵士にしては華奢とも思える体格の少年。


「答えろ! ウェラヌスの(イヌ)どもめッッ!!」


 やけになって引き攣るような声に、はじめて男の表情が変わる。ニヤリと浮かべるは残忍な笑み。可笑しくて仕様のない、というような。


「知るかよ。僕らは言われてるんだ、上から。カドヴァリスの連中は見つけ次第始末しろってね」


「な──!」


 スッ、と少年のもつ曲剣が突き出される。男の方も剣を構えなおすが、少年は間合いを詰めるでも何かを放つでもなく、ただわずか口許で仄めかしただけだ。


「······?」


 と、男は違和感に気づく。


 なんだ? 剣の柄が──いや、剣が熱い!


 思う間もなく刃が赤熱し、ドロリと飴のように溶け落ちた。同時に握りしめる柄からも恐ろしい熱を感じ、反射的にこれをとり落とす。グニャリと醜く曲がった剣は、地のぬかるみに落ちると盛大に蒸気をあげた。


「!??」


「ま、任務なら仕方ないよ。おたくらも密偵なんでしょ。仕方ない、仕方ない」


 迫る絶望を感じとって、男は我が身を宥めるように両手で擦り始める。


 剣だけじゃない!! 身体が······全身が······熱いッッ!!!


 少年の朱鷺(とき)色の瞳をもつ両眼は、あきらかに歪んでいた。


「死ぬのも任務のうち、ってことで······ご苦労様」



ケシュカガ。

自然崇拝を信条とする戦士の国。

草分けにして本家であるケシュカガン家を第一牙氏族として頂点に戴き、九家からなる分家がこれを支えて、国土を統治している。

首都にとどまる本家をのぞき、国民の大半が半遊牧生活を送る。厳しい環境に強かに寄り添ううちに、自然と強壮な戦士は育まれるのだろう。

驚くべきことに、前大戦の忌み子である戦獣もひそかに棲息しているという。


ミシェル・レビィー・ロライア著「六国案内」より



誤字を修正しました。

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