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不可解な王命【依頼】①





 冴えた空気をひと息吸って、ながく吐く。

 マントの内より板金貼りの盾をつき出す。目をつむっていざ盾を構えると、ユオル・デルバーニェは心のなかで龍晶に語りかけた。


 さぁ龍晶、今日もたのしい朝練の時刻だ。お前の力をみせてくれよ!


 だが中腰姿勢のままいくらそう誘ってみても、腕輪におさまった蒼緑色の晶石はうんともすんとも応えなかった。

 これではただ盾の重さを堪えているだけだ。しごく単純な腕っぷし鍛錬である。



「············」



 ユオルはいったん腰をあげると、ふたたび本腰をいれて盾を構えなおす。頭のなかであの時の記憶を探る。

 ──迫ってくる岩雪崩のような獣どもの突進。背後には護るべき己の主とうら若き乙女。


 さあ出番だ龍晶、お前の力が必要だ。と言うかなければ死ぬ!

 ······いいか? 死ぬんだぞ!? 俺もお前もご主人様たちもみんな······っ!



「──────!」



 風が吹きさり、人並みに伸びた黒髪をさらう。


 ただし、これは天然混じりっけなしの冷線をひいた初冬の乾風である。脳内の自分はあわれ獣の下敷きになり非業の最期をとげた。

 なぜかちゃっかり女子ふたりは助かっている()が浮かんだが。


「······死んだよ」


 非難の色を滲ませて、彼はガックリと膝をおとした。冷えた地面が心に()みる。


「なんだよ、たかが訓練じゃやる気も出ないってか? お〜?」


蒼緑の結晶からヌルリと起きあがる光の虚像が小馬鹿にするように揺れる様を()めつけてやる。




「やあ、(はかど)っとるかね。それはなに? 足腰強化の訓練?」



 背後からの声がまたなんとも腹立たしい。

 不貞腐(ふてくさ)れながら視線をむけると、おのれの主人であるところのロプサーヌ・アウルロアが、ニマつく口許をお情けで隠してたっている。万全の冷え対策を施された全身はマントにすっぽりと包まれ、すこしモコついていて、いかにも温かそうだった。


「ほっといて下さい」


「まあまあ、ひと休みして朝ご飯といこうよ」


そういって、後ろ手にしていた籠を持ちあげてみせた。




 ピクニック、というには季節はずれだし、時間帯もはやい。ゆいいつ場所だけは適度にマッチしているといえるだろうか。

 ここはアウルロア邸裏庭に隣接する林のなか。様々考えた結果、ユオルが特訓場に選んだ場だ。

 ここであれば、たとえ計算外の出力がでたとしても人目につく危険を減らすことができる。そしてなにより龍装術を学んだ環境にちかい。


 苔むした切り株に広げられた布地のうえへ、手籠のなかから様々なものが、てきぱきと並べられていく。

 木製の皿二枚にカップふたつ。水筒。さらに別分けにされた包みのなかからは、見事に焼きあがったパンに鳥肉をはさんだ、携帯食というにはすこしかさばる料理。


「ん」


 自らもパンを頬張りながら渡してくるやつを受けとり、水筒からカップに中身を注ぎ入れる。紅茶かと踏んでいたのだが何とスープだった。平時の貴族にしては粗野な振舞いだ。武骨な気風のつよいというサヴェリウス流か。

 ありがたく口に含むと、小さくして煮込まれた野菜の味がほのかに薫った。おもった程には熱は失われておらず、じんわりとでも身体を温めてくれる。



「苦戦しているようだねぇ」


 切り株を椅子に口をモゴモゴさせるロプスは、即席卓のうえにはずし置かれた腕輪よりのぞく小龍の顎を、指先でチョイチョイと撫でてやっている。けしからんことに、龍の幻影は身を揺らしキャイキャイと喜んでいるように見えた。


 コイツ、人を見てやがる。浮気者め······



 ユオルはパンを齧りながら半目で龍晶を眺めていたが、ふと思い返されたことにいき当たって、咀嚼していたものをゴクリと呑み下してから問う。


「そう言えば。アスタミオが、団長の護剣にも龍晶が仕込まれてるって言ってたんですが」


「ああ、うん」


 彼女は肌見離さず持っている護剣をベルトから外してみせる。銀の鍔に黒鞘。金の刺繍で三つ首龍紋が縫いこまれているあの小剣。

 おもえばこれが縁で彼女と知り合ったようなものだ。まだ半年と経ってはいないが、こうしてとっくり見るとすこし懐かしくも思える。


「······目立つ所にはないようですね。鞘の内側とかですかね?」


 首を傾げていると、ロプスは鞘をつかんでサッと抜き放った。おもわず目を見張る。



「おおっ? 何ですかそれ。まさかその刀身全部が」


「そ。龍晶だよ」



 まさに龍晶で出来た剣。そう喩えて然るべきだろう。

 本来なら鋼の刀身である部分がすべて、美しい煌めきをもつ橙色の宝玉になっている。律儀にも、きちんと両刃のナイフそのままの形なのがまた、随分と都合がいいというか。まさか削ったのではあるまいが。


「まさか、最初からこの形なんだ」



 先達(アスタミオ)の話によれば、龍装術の要となるこれら龍晶は、いまは亡き龍の心臓が結晶となったものなのだという。

 年を経た龍のそれほど、形が複雑化、もしくは巨大化するとのことだったが······色なんかの違いはどうなのだろう。

 たとえば、自分に預けられたものはあの通り蒼緑色。対して彼女のものは橙色だ。

 ひょっとして使用できる装術の違いによるものなのだろうか。風ならば緑、炎ならば赤、というように。


「残念ながらハズレ。使える術種と色は関係ないんだ。私が使ってるのも風の装術でしょ?」


 ······たしかに。


「これはね、やっぱり龍晶としての年月の違いらしいのさ。いま解っているだけでいうと、若いほど青に近く、年を経たものほど赤に近い、って感じかな。最後には白か黒になると言われてるけど、これは文献に残っているだけで、現存はしていないね」


「へぇ、なるほど······」


 ロプスの護剣は王家から授かったもので、言ってみれば時代がついた骨董品。きっと歴代の姫様たちにも懐中の剣として受け継がれてきたのだろう。そのぶん熟しているという訳なのだ。

 となれば。省みて、おのずとそうなる訳だ。



 お前、本当にヒヨッコなのだな······


 生温かい目線をくれてやると、こちらの思いを察しでもしたか、小龍の幻影はポウ、と不満げに光を吐きだしてみせる。

 そんな様と龍晶の護剣を見比べるうちに、また、ふとある思いが過った。


「そうか。龍は死後、龍晶になるんですもんね······」


「? うん?」


「いえ、なんか······人と比べて、とてつもなく長いなって。ずっと後の時代にそうやって残っていくのって、どんな感じなんでしょう」


 ロプサーヌは水色の瞳をもつ眼をまん丸にしてこちらを見つめる。ふっ、とながい睫毛が伏せられた。その仕草に、一瞬少女とは思えない大人びた気配を感じ、ユオルは内心ドキリとした。


「······そうだね。人は······ほとんどの生き物は、亡くなれば土に還るだけだから。そう考えると、このコたちには私達の時代がどう見えてるんだろうね」


そう言って、また小龍の顎を撫でた。



 っと、いけないいけない。荘重な空気に当てられて話がついしおらしくなってしまった。

 ユオルはわざと勢いをつけ、ムシャリと最後のひと口でパンを腹へと収める。


「さて! そろそろ爺やさんがお冠でしょうから、戻りましょうか。今日も雑用雑用っ」


つとめて明るくいって、片付けを始める。


 ほんと。人も意思や記憶をはっきりと遺せれば、戦場なんて無くせるんだろうに······







 一般として食堂は、主人一家のみが使う間である。だがこの邸にはロプスにならぶ者がいないため、実質彼女の専用と化している。

 精緻に積まれた灰黒の壁にふとい石柱、しっかりとした飴色の梁をもつ高い天井。全体として四角くばった空間のなか、息を抜くようにまるい頂点を等間隔にならべた明かりとりの窓があり、中央の長卓のうえには、メイド衆の心遣いを感じる、季節の花を活けた花瓶が控えめにおかれている。

 ひとりで食事を摂るだけならここまで広いスペースは不必要にもおもえるが、来客を(もてな)すためにはまったくの無用とも断じて外せない。それでも小柄な彼女がポツンとひとり席につく様は、よけいに部屋を広くみせていた。



 朝餉(あさげ)のあとは届いた書簡などをチェックするのが習慣になっている。

 そしていま食卓のうえの銀盆を見下ろして、ロプサーヌは顔を(しか)めていた。いや、正確には銀盆のうえに一通だけ残った書状をみて、だ。

 書の封は自家の紋である三つ首龍紋の封蝋で紅く彩られている。王室からの書状──それも彼女の父からのものであるのは明らかだ。

 ふっと息をついた彼女は、これをそっと手にとると、静かに銀盆のしたへと隠し──



「お嬢様?」


切ることなく、家令(じいや)の声にやむなくその手が止まる。


「······見なかった事にしちゃ、ダメかな?」


「ダメですな」


「うう······」



 まだ騎士団の出資者(パトロン)探しに見当もついていないのに、また他所へ飛ばされちゃたまらないよ······


 やむなくナイフをとりあげ、封を切る。とりだした、折り目のついた上質な紙片には、厳格で几帳面な筆者を彷彿とさせるペン文字が整然と並んでいた。


「············?」


だが、そこに記されていた内容にロプサーヌは首をひねった。



「······崩緑の角をとり返す手伝い??」



 崩緑、とは。あのバカでかい古戦獣の名で合っているはずだが。マイシャと一緒になってへし折ったあの角の。

 それが秘密裡にもち出され、ケシュカガはその奪還を図っている······と?

 それはまあ、分かった。というか一応、理解だけはした。

 妙なのはそれより後。盗難があったという事実以外の情報。すなわち何処へいって何をしろといった、当然あるべき具体的な指示が今回はまったく欠けていることだ。ただ、おっての報せを待て、とだけある。


 王室の宝庫から国宝が盗みだされた。それも他国へと横流しを疑われる目的で。

 そう考えれば大問題だし、自分たちも関わり死ぬ目にあって得た、いわば勝利と友情の証といっていいものと同じ品を奪われたわけだ。これを奪還するのだと言われれば、そりゃ手伝っても良いかと思うのは人情だ。

 が。それならそれで詳細をはぐらかす必要はないだろうに······


 怪訝な心情を顔にはりつけたまま、ロプスはいったん書状を置いた。




龍晶の魂の年齢による色の変化は、だいたい恒星の一生と同じです。

新星(青)→赤色巨星(赤)→ブラックホールоr白色矮星って感じで。


国宝の来歴の変更にともない、一部を微修正いたしました。


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