休日【息抜き】
秋も終わりに近づいてきたある日。
ディルソムのとある街にあるアウルロア邸は、にわかに活気づいていた。
準備はもう何日も前から進められているのだが、開催を明日に控えた今日はいよいよ追い込みとあって、けわしい顔をした使用人らの手によって場が整えられていく。
明日、何があるのかといえば、いわゆるパーティーだ。
とくに意味があって催されるものではなく、強いて言うなら【アウルロア嬢ただいま記念】ということになる。はやい話が、学友を招待して一日楽しんで貰おうということらしい。とはいえ主客が学生の身で学期中ということもあり、夜にはお開きになるのだが······
またいつどこへ飛ばされるか判らぬ身だ。
これまでお世話になった皆にお礼の意味も込めて、とロプサーヌが企画した。殊勝なことだ、とユオルなどはつくづく思う。
いや待て? 団長のことだから、将来を見越しての人材・資金面でのコネ作りの狙いもあるのかも知れない。──本当、これだから貴族ってやつは恐ろしい。
だが、肝心のそのホストはというと。
ただいま自室で缶詰め中だった。
元凶は先日来の、ケシュカガにおいての戦獣調査の報告書。
これは完全なものにせねばと──なんせ提出先にいるのが国王陛下だ──家令さんが監修を申し出、あげく三度も書き直しを食らって半ベソをかいていた。今頃、明日に間に合うよう猛烈にペンを走らせていることだろう。
一方、ユオルといえば暇で暇で。
身を持て余して、今もこうして裏庭のベンチにひとり腰をおろしている。
彼に出来る用なんてせいぜい買い出しくらいのものだ。それにしたってこの辺は土地不案内で、いちいち指図が必要だった。済んでしまえばもはや邪魔でしかない。
なので、こうして裏にひっ込んでいるという次第だ。
裏庭は小ぢんまりとし、表庭のミニチュア版といった風情。だからといって管理に手を抜いている訳ではなく、芝生はスッキリとしているし、マメに心を砕かれた小さな花壇には秋を思わせるオレンジの愛らしい花が揺れて、見る者にほっとひと息をつかせてくれる。
さらに、今日は常にはない設え──秋天のもと、三基ほどの白い丸テーブルに椅子が三脚、来客用と主人用に出してあった。
かれこれ一ヶ月ぶりの祖国になる。
いろいろぶっ飛んだ経験······それこそ何度か死にかけたのだ、もちろん感慨はある。
だが、帰ってきたという実感はといえば薄かった。
この街は故郷からはだいぶ離れているし、そもそも階層的な意味あいで世界がちがうというか······
膝に頬杖をついて欠伸をかみ殺していると、この邸の小間使いをしている少年、トニオが駆け寄ってきた。
「あ、こんな所にいた! もーっ、ユオルさん! お客様が着いたよっ!」
「──そうかっ」
ユオルはにわかに緊張して立ちあがる。
明日の本会には無役の彼ではあるが、今日に限っていえばしっかりとした役目が与えられていた。それも中々に重要な役目である。
すなわち、たったいま到来を告げられたお客様のご案内だ。
「どちらの方だ?」歩きながら問う。
「おふたりともだよ、一緒に来られたみたい。あと、お付きの人があわせて······九人かな」
「了解。お前、家令さんに報せてこい。あ、あと厨房にもな」
「わかった!」
向かう先は裏門だ。
なぜに裏門か。内々の招待であるためだ。今からお迎えするお客様はこの邸の主人にとって特別な方々だという。
明日の本会では入れ替わり立ち替わりお客が訪れる。
誰を招待するかしないかという判断はとにかく繊細な作業であり、挨拶に割く時間も均等でなければならぬらしい。だから本当に語り合いたい相手とじっくり親しむ、という訳には行かないのだろうな、とはユオルも推測している。
門へ出ると、人目を忍ぶようにして地味目の馬車が停まっていた。その周囲には、なるほど、護衛職とおぼしき九人ばかりの男たちがこれを囲むようにして立っている。
いずれ劣らぬ巧者の様子に、こちらまで身が強張る。見るからに服装の違うことからも、二組が混じっている事が解った。六人ほどの一組は立派な仕立ての黒軍服をまとっており、残りの三人は揃えではあるが、いくらか劣る深緑の装いだ。当然ながら全員が帯剣している。
護衛組の隊長とおぼしき厳しい人物が、招待状を二枚、こちらへ向かって示した。
「こちら、プレスベルグ家御令嬢ヤシャロ様、ならびにレイベン家御令嬢クーベル様だ。宜しいな?」
「お待ち申しあげておりました、どうぞ」
ユオルも緊張気味に答えて道をあける。
馬車の扉が開き、まずは同乗していた黒軍服の女性が出、つぎに、豊かな黒髪を揺らした長身の令嬢、ヤシャロ・プレスベルグが、優雅な所作でステップから地面へと降りたつ。
その後につづくのが、ふわりとした栗毛の髪を肩先に届くあたりで切り揃えたクーベル・レイベン嬢だ。ふたりとも、想像に反して白地に黄土色の軍服ににた、おそらくは学院の制服姿だった。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、こちらになります」
ユオルは先立って、若干ぎこちない足取りで一行を裏庭へと誘った。
「いらっしゃいませ」
裏庭へ通ると、すでに家令氏が待ち構えており、ふたりの令嬢を出迎えた。
正直助かった。自分には案内が精一杯で、このうえお相手など荷が重い。
「ではユオル殿? お客様のご到着をお嬢様に報せて参ります。その間お相手を」
······えっ?
そんなの私が行きますという前に、家令氏はキビキビと邸の方へひっ込んでしまう。おのれジジイ。
メイドチームの手によって、テーブルのうえにはおもてなしのティーセットや茶菓子が運びこまれていくのを、ヤシャロは席で微笑みながら、クーベルは興味深げに、そしてユオルは顔をひき攣らせて、それぞれ無言で眺めた。
最後にメイド長がカップにティーを注ぎ、一礼して背後に控える。ヤシャロ嬢がゆったりとした仕草でカップをかかげ、ひと口含んでまた違った微笑を浮かべた。
「うん、良い香りだ。学院での疲れが溶けていくようだよ。
ほらレイベン嬢? つっ立っていないで君も呼ばれたらどうだい。美味しいよ?」
「あ、はい」
どういう訳かじっ、と値踏みするような視線でこちらをみていたクーベル嬢がやっと席につき、「あ、ほんと。こっちでは珍しい香りですね」と相槌をうった。
ユオルが密かにほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、ヤシャロの金の瞳がスッと上向いてこちらを真っ直ぐに射抜いた。
「君がユオル・デバルーニェか?」
他者への指示慣れを感じさせる口調に、ユオルは反射的に直立不動の姿勢となる。
どうにも元来、自分は美人と貴族には弱いようだ。何としたものか、とずっと後ろ、生垣の前でずらりと控える護衛の方々に視線をやると、「早くお答えしろ」とばかりに睨まれた。
「──ハッ、そうであります」
「なるほどなるほど······」ヤシャロは興味深げに笑む。
「なんでもコドルカでは大変だったそうじゃないか。その上ロスキーでは亡くなったとも聞いたのだけれど」
「······や、それは······」
ギクリとしたが、何とか持ちこたえる。
「は。危ない所をアウルロア様に救って頂きました。
ロスキー······というのは良く分かりませんが。私も主人と同じくサヴェリウス出身ですので」
アハハハッ、とヤシャロは小粋なジョークでもきいたとばかりに声をたてた。
「まあいい、そういう事にしておこう。ご褒美に君が望むなら誤解をといてもいいと思ったけれど、確かに。君らはこのままの方がいいのだろうね?」
「もー、先輩。あんまり苛めては駄目ですよ。彼はロプスのお気に入りなんですから」
控えめにたしなめると、クーベルが席を立ち、ツカツカと近寄ってきた。
······なんというか、近かった。いい匂いがする。
「そんなに緊張しないで良いですよぉ。私も貴方と同じ、身分は平民なんです。
先輩もロプスも優しいから、こうして仲良くして下さっているだけなんですから」
いやいや、とんでもない。同じ平民というが、彼女はかのレイベン商会頭取の娘だというではないか。大金持ちだ。そこに圧倒的な格差がある。
しどろもどろになっていると、急に彼女に手をとられた。なんと、両手を包みこんでくるではないか。
突然のことに大混乱に陥ったままその柔らかい掌の感触にうっとりして······いや待て、そんなことはないぞとハタと気付いた。
確かに柔らかくも温かくもあるのだが、何というかこう──これは握りダコ? では? なにかそれなりの重みの物を毎日ぶん回していなけりゃ出来ないモノが······
「ロプサーヌのこと、宜しく護ってくださいね?」
そのままグッと握り込まれる。
「······っ、あだっ!! あだだだだッ!!?」
痛い痛い、なんつー握力ですかお嬢様!?
いや、とんでもない怪力だ。いでっ! ちょっ──誰か助けて──────ッ!!
「何ですか、もぅ、嫌だなぁ。ちょっと握手しただけじゃないですか。お芝居までお上手なのね?
これならロプスも飽きないで済みそうだけど、あんまり過ぎると彼女も不安に思いますよぉ?」
いやいやいや、この人怖い! 発想が漢すぎるだろ! とそこまで考えるに至って、そういえばこのふたりは上位軍人の卵だったことを思い出した。
折れたわけではないが、ボキッと関節が嫌な音をたてたため急いで、
「全力を尽くしますッ!?」
と誓った所で。
「あーっ、やっと終わったよ〜ぉ」
手首をブラブラさせながら、いつもより若干癖の強まった感のある髪を撫でつけながら、ロプサーヌが家令ともども姿を現した。現してくれた。
「ロプス!」
「やあ、ロプサーヌ君」
「あ、お二人とも! いらっしゃーい」
パッ、と笑顔を咲かせたロプサーヌだったが、いまだ手をとりあっているユオルとクーベルに目を留めると、ジトリと湿度を増した視線を、躾のなっていない部下にむけてくる。
「······ちょっとユオル? なに人の友達の手をとってニヤニヤしてるのさ」
いや、これはニヤついてるんじゃなくて痛みを堪えて──アダダダダッッ!
「やだなぁロプス。ちょうどいま、貴女のことをよろしくってお願いしてただけだよー」
やっと解放してくれたクーベルは、たっと彼女に駆け寄ると、今度こそ親愛の情をこめて旧友と握手をかわす。
「今日は時間あるんでしょ?」
「うんっ、いっぱい話そうっ!」
友人に背を押されるように席へとついたロプサーヌは、ヤシャロとも握手をかわし、カップを傾けた。
話題は豊富にある。
ロプスが学院を去ってからのこと、いま巷で流行っていること、ケシュカガ旅行での体験談など、賑やかな声は絶えることがなかった。
うららかな午後の日は過ぎていく。
ああやってにこやかに談笑にふける三人の姿は、傍目からみればまるで一枚の名画のようで。なんだかいつまでも観ていられる。
そんな思いが顔に出ていたのか、ふとこちらを睨んでいるロプスの視線に気付いた。
「······なに? なにか言いたいことでも?」
不機嫌さを装ってはいるが、照れ隠しなのは明白だ。
「いえいえ。滅相もない」
ユオルは無難な答えを返したものの、妙な学友をお持ちですね、とか、従姉上様といいアスタミオといい、なんで貴女はヘンな連中にばかり好かれるのですかね、とか、言いたいことなら沢山ある。
「ふーん、あっそ······」
まるでこちらの考えを読みとったかのように言うと、ロプサーヌはまた友人たちとの語らいへと戻った。
だがまあ、つまる所はこう思うのだ。
今日が晴れて本当に良かったな、と。




