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はじまりの焦炎④


 砂地をつよく踏みこむ。

 たたたっと軽やかに助走をつけ、完璧なタイミングで跳躍。ちいさな身体はいっさいの無駄なく、カーテンのように垂れ下がった網梯子の上方にとりつく。

 ぶらんぶらん揺れて力を削ぐことこのうえないが、彼女はとくに気にする様子もなく昇っていき、すえられた太柱の頂上天板に置かれたベルをカンと鳴らすと、下り用のロープをスルスルと淀みなく降下する。

 安全策の弾力マットから華麗に地へと帰還。

 ロープ焼け防止の革グローブをはめた片手をはいっ、と挙げる。


「「おお〜〜〜〜〜っっっ」」


 誰がみても最速の記録だろう。見守っていた女生徒から歓声と拍手がおこった。

 厳しいと評判の教官にもとくに何か言われるでもなく、いいでしょう、とうなずいて見送られる。


「次っ!」




 号令に挙手応答して走りだす生徒を尻目に、ふーっ、と息を吐いてもどってきたロプスは、みなから微妙な距離をとってすわる同級生の横に腰を落とした。



「何度みても凄いなぁ、ロプスの動き」



 と、これはその年上の同級生の、心底羨ましそうな声だ。そうして己を顧み、あーあ、私ももう少し鍛えないとなぁ、とため息をつく。


「······やっぱり、ちっちゃい上にバネがあるから出来るのかなぁ······」



 ロプスは、これで裏表のない希少な友人の全身をためつすがめつした。

 肩口までの茶の髪に茶の瞳。顔つきも愛らしい。

 いまは運動の課題中であるからして、恰好はいつもの制服とはちがい、とうぜん運動着である。さりげなく異邦人(さいせんたん)の文化をとりいれた普段のそれとは違い、こちらの方は貴族伝統の恰好。

 しろい袖幅のある、袖口のつまったゆったり目のブラウスに、薄茶の狩猟用ズボンをゲートルでまき、足下は運動むきのミニブーツだ。

 ······なぜこちらだけ旧態依然としているのか。

 なにがしかのアレな配慮を感じなくもないが、それらは闇案件だと推察しているのでふかくは考えないことにする。

 おそらく、答えはいま目の前にある。



「······私からしたら、クーベルのが羨ましいんだけどね」



 こちらでの友人、と、そう呼べる関係になるだろう。それが彼女、クーベル・レイベンだった。

 ともに他国の出であり、おなじ異邦人作家の愛読者であることから話がひろがり親しくなった。

 たしかに実家は裕福な商家であり、身分は平民にすぎない。だがそこが気にいっている。



 きょとんとしている所は彼女に他意のない証しではあるものの、こちらを羨ましがるなんて勘違いもいいところだ。

 彼女はべつに太っているわけではない、学院(ここ)で数年にわたって鍛えられているのだから。

 問題は、いまだロプスに兆しのない『必要なふくよかさ』のほうにあり、ソコがまったくケシカランところなのだ。


 ここにきて得た数少ないガチ勢の友人なんだ。隙あらばと狙っている貴族(おとこ)どもから私が守ってあげないと······


 むーっと一点(・・)を睨んで考えにふけっているロプスの不躾(ぶしつけ)な視線にさすがのクーベルも気付いたか、えいっ、とばかりいきなりちいさな身体を両腕に抱えこんだ。



「!!!?」


 なんという圧倒的な包容力の暴力! まだまだ甘くみていたとは──!

 ······呆気なく陥落したロプスであった。


 くそぅ、いつか私もこれくらいにはなってやるんだからっ······


『······クーベルは、絶対に前線へ出ちゃ駄目だからねっ。もがっ』


「え? そうね、私も内勤がいいかなぁ」






 とくに顔をあわせる機会の多いもうひとりに声をかけられたのは、ちょうど昼食時のこと。

 生徒たちが溢れかえる食堂(カフェテリア)で、テーブルにならぶ料理をいそいそと口に運んでいるときだった。


 この人といると、どうしたって顔はうつむきがちになってしまう。


 むかいには、優美な先輩であるヤシャロ・プレスベルグの姿。そう、朝、仲良しグループにとりかこまれていたあの先輩である。

 青味をおびた長髪をさらりと流し、生まれもっての余裕を感じさせる金の瞳は蠱惑(こわく)的で、相対するものをどこか落ち着かない気分にさせる。


 傍目からみればこの組み合わせ、完全に『飛び級ではいってきた年少の後輩を気にかける優しい先輩』という体だ。

 それは、まあ、いい。

 ではなにが困るのかといって、生徒自治会の役員もつとめるこちらの方は男女ともに支持層がふかいことで······

 まわりからはつねに、「あの娘プレスベルグさんに気にかけられてるのね可愛い」だの、「なにあの娘、先輩に馴れ馴れしんじゃない」だのの真反対な声が漏れ聞こえてくる。

 これが地味に辛い。


 こんなことなら最初から校舎裏にでも場所指定すればよかったと後悔しつつ、さすがは貴族(ビップ)のテーブル、絶品の肉料理をきりわけ、舌に乗せる。


 むぅ、このソース美味い。



 そうそう、これはまったくの余談になるが、校舎裏といえばあすこは本当になにもない所で、正直がっかりした。

 学院(ここ)へきた当初は、クーベルも好きな異邦人の紡ぎ手、ミシェル・レビィーの書いた物語に憧れて、通るたびにソワついたものだ。

 が、読み物に描かれていた甘やかなイベントはついぞなく。

 出くわしたのは平民の男子生徒が集団でイジメにあっているというクソな場面だけだ。

 思わずビックリして固まった、という体で目視し続け、散会させてやったが。さすがに必要以上に歳下な留学生女子の前では(はばか)られたらしい。

 おっといけない、大事な話があるのだっけ。


 とにかく、つぎからは校舎裏にしてもらお······


 密かにそう決心して、どうやらこちらを待っているらしい彼女に、ロプスはみずから話をきり出した。


「で、先輩。ご用とはなんでしょうか?」


「ああ、それが······」


「?」


 どういうつもりか。

 ヤシャロは珍しく緊張に表情をひきしめてナプキンで口許を拭うと、口ごもった。


「父上からね。······どうも近隣に密偵(スパイ)が紛れたらしい」


「············密偵(スパイ)?」


 それだけで伝わる、これは剣呑(・・)な話なのだ、と。武門貴族という、上にも下にも力量を問われつづける立場である者なら、看過できない言葉だ。

 本来ならこんなに人目のある場で話すことではないが、昼時ともあってカフェテリアには賑やかに会話が飛びかっており、小声であれば漏れ聞こえる心配もしなくてよさそうではある。


「目的は学院の()か、それとも外にあるのか······それはまだ判然としないけれど、一応キミに教えておくように言われてね。

 もしかすると、貴女の家の事情、だったりするかもだからね」


 声音には含みがある。ロプスの碧の瞳をもつ眼が、ほんのわずかに大きくなった。


「当国からの者、だとお思いなのですか」


だがヤシャロはこれに直接は答えず、グラスの水で口を湿らせた。


「······本当に、貴女は何者なのかな? ロプサーヌ・アウルロア嬢」


ほんのりと強張りをやわらげていう。


「『他国の、一等貴族のご令嬢。賓客(ひんきゃく)として迎えよ』

 上からの指示はただこれだけ。父上がこれ以上をと調べても、なにも出てこなかった············」


「······調べられた。まぁ、当然ですね」


 あまり愉快ではない話題だ。カチャカチャとナイフをくって間を稼ぐ。


「勝手に、と申し訳なく思っているから、こうして話していると思ってくれないかな? ······うちの父も国家の安全と機密をまもる立場にあるのだからそこは譲れない。

 けれど······そんな立場をもってしても、なにも出てこなかったんだ」


「············」


 瞬間、賑わいがひと際大きくなったように感じられ、ふたりの間に奇妙な空白が生じた気がした。

 と、ふっ、とヤシャロは空気を緩ませるように笑ってみせる。


「『出てこなかった』······きっとそれが答えなんたろう。私はそれで得心した。

 と、言う訳で、この学院内に限っては私は君を守るよ。これまで通り、お目付け役としてね」


 それだけ残して、この愛すべきなのだろう賢明な先輩は、先に行っている、と席をたったのだった。







 夕刻。

 留学の滞在先として与えられた屋敷の庭で、ふたたび運動着に着替えた少女は、うーんと伸びをした。


 あくまでもここは仮初めの宿。だがうかうかしていると、終の棲家にされかねない。

 白磁の噴水。緑なす果樹。趣きをこらした花園といったまことに結構な造りは、十そこそこの身には余るほどだ。

 散歩するには充分に広く、周りはぐるりと樹木と高い塀に囲まれているため、外の目も届かない。


 おとなしいご令嬢なら、諦めて骨抜きになってもいいと思えるほどには美しい軟禁牢獄。

 彼女(ロプス)はそんな庭で、似つかわしくない白槍をふり回しはじめる。



 急がなくては······何としても私が有益であると、お父様たちに認めさせてやるのだ!



なぜ運動着(それ)だけが旧態依然としているのか、それは永遠の謎············


異邦人のデザインをみて担当者が気絶したか······

それとも、どこの世界にもマニアはいるものなのか······


微修正しました。


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