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船路


 誰もがボロボロだった。

 猛烈に踏み荒らされた地面に投げだされた三人は放心したようになにもない所を見つめていたが、マイシャがポツリと呟いた「なんじゃこりゃあ······」という意味不明な呟きをきっかけに顔を見合わせ、どっと笑った。

 死にかけた反動だろうと思う。そうでなければ、こんな状況でこうも笑えることなんてないもの。たがい泥だらけの顔も、ボサボサの髪も、剛弓が元の姿へもどっているのも、その弦が切れてしまっているのさえ腹をくすぐった。




 砦ではツィージェンが配下からの報告を受けていた。

 愛娘がやってのけたという言葉に彼は何度も頷くと、拳を高々と突きあげて咆哮する。勇士たちは一斉に勝鬨をあげた。その陰で、彼は密やかに溢れた涙を拭ったのだった。




「あっはっは······あー、ヤバ。なんでこんなに可笑しいんだろ。ホント······色々吹っ飛んだわ」


 拳の裏で悲喜こもごも綯い交ぜの涙を拭うと、マイシャは立ちあがってロプサーヌへと手を伸ばした。ロプスも笑顔でこれを掴み立ちあがる。

 ユオルは掌にのせた、若干青みが増した気のする龍晶をゆっくりと、それでも力強く握りしめている。


「······ところでさ」


「ん?」


「勝負、まだついてなかったよね」


「うん?」


「じゃ、ちょうだい?」


 ロプスが顔を引き攣らせて両手を差し出すマイシャを凝視する。彼女の瞳は背後のユオル──ではなく、あろうことか、自身の持つ白槍へと注がれていた。


「その白い槍、ちょーだい♡」


「なあッ!? だって······だって、どっちも猟果ゼロじゃん!」


「何言ってんの! 崩緑の角だよ!? 見たっしょ!? あれ一つでどれだけの分野の素材になるか······どう見ても私の勝ちっしょ!!」


 いや、確かにそうかも知れないけども。

 ロプスは往生際わるく、槍を庇うようにして後退る。


「だ······だってキミ、初めはユオルがいいってっ······!」


「はあッ!?」


 近寄ってくるアスタミオに意識を向けていたユオルの頬がひき攣る。

 アンタら?······勝手に俺の身柄を賭けてやがった······!


あんなの(・・・・)いいからっ! その槍がいいっ!!」


「っ! これはダメ〜っ」



 ポンッと肩にアスタミオの手が置かれたのをユオルは感じた。


 なんだよ。

 絶っ対振り向かないぞ。どんな面してるのか見なくったって判る。ふり向いたら負けだ······






 それから数日は慌ただしく事後処理に追われた。

 ツガロワの一族は総出で得られた獲物の処理をし、延長滞在がてらロプスらもこれを手伝った。その後には大宴会が開かれ、皆、心行くまで羽目を外したのだった。



 大狩猟祭から五日後。(というのも、帰りも当然大森林帯を抜けることになったためだ)

 ロプサーヌ、ユオル、アスタミオの三人は、ビオヒャイの港口へと立っていた。途中まではシュダルらも同行してくれたが、最後の見送りはマイシャひとりだけだ。



「──では、姫様」


 改まったアスタミオが、踵を鳴らして敬礼をし、いの一番に別れを告げる。


「うん······わざわざありがとうね。姉様にもよろしく」


コクリとアスタミオは笑顔で頷いた。


「──ちょ、ちょっと待ってくれっ」


 良い所で悪いが、まだ終わっていないことがあるだろう。ユオルは慌てて割って入る。



「まだ合否を訊いてないぞ」



 この当然の問いかけに、しかしアスタミオは訝しげな瞳をむけた。何を言っているんだコイツ、という目だ。


「だって······アンタ。もし俺が駄目だったら団長の護衛役を替わるって············」


 ロプスはクスリと笑い、つぎにハアッと息を吐いた。


「あのね? ユオル。彼は姉上の(・・・)従騎士なんだよ? 私の配下になれる訳ないじゃん」


 ······ん?? あッ。


「そういうことです」

アスタミオが珍しく茶目っ気をみせてニッと笑む。


「一部誇張しました。まあ、これも試験の妙薬ということで。合否のほうは──保留ということにいたしましょう」


 ここまできて保留とは、何ともスッキリしない結果だが。


「すまないね、なんせ私には判定を下す権利まではないので。おってグレスクォル卿から何らかの沙汰があるだろう。それまでソレは」


協力の礼に、とツガロワ氏から貰った腕輪に輝く龍晶を指していう。


「貸しとする。失くすなよ?」


 くそっ、謀られた。腹いせに、裏ですっかり懐かれた風狼たちと別れるのに四苦八苦していたことを後で団長にチクってやろう、とユオルはかたく決心した。


 それはそれとしてまあ。

 貸しにしといてくれるってことは、少しは任せても良いと認めてくれたってことなのだよな······


 頷くと、深々と頭を下げる。


「ご指導、ありがとう御座いました」



 最後まで紳士の姿勢を貫いて、赤髪の騎士は去って行ったのだった。




「さってと······お別れだね」


 様子を見守っていたマイシャが、さばさばとした口調でいう。

「次はさ、ちゃんと遊びにおいでよ。ウチの国にはまだまだオモシロい所沢山あるんだからさ。虎層とか、ポロとかね」


 だがその表情は、どこか寂しげでもある。

 うん、と頷くロプスの方も、どことなく煮えきらない。


「······ほら、団長」


とユオルが背中をおすと、彼女はひとつ深呼吸をして、思いきって口を開いた。



「──あのねっ、マイシャ──────」







 船は帆に満々と風をはらみ、静かに港を離れていく。甲板の端ギリギリで、見えなくなるまで手を振っていたロプサーヌが、トタンと板間を踏んだ。


「······良かったんですか。もうちょっとしつこく誘ったって」


「······いいんだよ、あれで」


 すこし寂しくはあるが、ロプスはきっぱりと言った。

 いまはまだ、時ではない。そういうことなのだろう。まだ興せると確約できるものでもない事に軽々しく巻きこむ訳にもいかないのだ。

 打ち明けた時、彼女も言っていた。

 今すぐは無理だ、と。でもその後に続けてくれたではないか。すこし紅潮している頬を隠すような照れ笑いを浮かべて。


『そうだね──考えとくっ』と。



 そうですか、とユオルは笑む。当人同士がそれで良いならそれが一番なのだろう。いつか本当にそうなる事もあるのかも知れない。いや、きっと······うん。


「──とにかく。終わりましたね。無事に済んで正直ホッとしてます」


 たっぷりと息を吐いてユオルが心底をこぼすと、ロプサーヌは勝ち気な笑みをひろげて応えた。


「何言ってんの。まだまだ。これからだよ! ユオル!」




ユオル「あとは報告者を書くだけですね?」

ロプス「うぐぅ······忘れてたのにぃ」


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