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不本意なリザルト


 激動の二日目が暮れていく。

 陽が沈みはじめの頃、霧がくずれて雨となった。暗がりのなかで皆、大樹の葉陰に隠れるようにして、つかず離れず身体を休めている。


「どうしたの、それ」


 ロプスはつっけんどんに声をかけた。

 見下ろす先には、のけられた長い髪のした、背中だけ諸肌脱ぎとなったマイシャの白い肌がある。焚火に照らされたすべらかな肌はどこか艶めいていて、ロプスはなんとなく落ち着かない気分で目をそらせた。

 背中には三本ほどの引っ掻いたような筋がはしっており、そこにシュダルが薬らしきものを塗り込んでやっているところだ。もちろん、若い男連中は遠ざけられているから安心だ。


「······いやー、ヘマやっちゃってさ」


 彼女に気づいて顔をあげたマイシャが、髪と衣の前を抑えながら答える。

 冗談めかしているが、これまでの余裕といったものが今宵は感じられない。ロプスはふーん、とだけ応えたが、用は済んだであろうにその場を動くことはなかった。

 仕方なくマイシャは話を接いだ。


「ど? 狩りの首尾は」


「······芳しくはなかったかな。屍喰いってやつを仕留めたけど、大物って感じじゃないし」


ピクリ、とマイシャの横顔に鋭さが増す。


「そっちは」


「──こっちも同じかな。獲物は屍喰いだけ。勝負はお預け······ってトコかな」


「······そうだね。じゃ、決着は明日で」


「OK」


 ······やっと離れてくれた。

 雨に混じって足音が離れていくと、マイシャはふっ、と息をついた。


「そっちにも現れたんだ」


なにが、とは言わない。


「ああ······」シュダルは傷を、清水でよく洗った薬菜でおおい、まっさらの布をあてる。前へと回されたそれを受けとると、マイシャは自らくるくると巻きつける。


「里へは?」


「ひとり先行させた。間に合えばいいが」


 そうね、と呟くが、間にあったところで結末にそう大差はないだろう。父は退きはすまい。たとえ心底に潜む理由が仇討ちではなかったとしても。


 まして······


 あの時、父はマイシャを責めなかった。誰にも、どうしようもない事なのだと。

 でも、だからこれは仇討ちではない。そう言い張れるだけの根拠が彼女には見つけられない。

 妻と幼い子三人をいっぺんに失えば、人として当然の想いだ。事実、彼女自身にだってその想いはある。

 ゆえにこそ、ケシュカガは戦士の国なのだ。




 雨というものは、無言の圧力をもって自省をうながす。とくに屋外で何もできないとあっては。

 天露をしのげる場は限られてくるし、自然の御業では毒づいてもどうしようもないのだ。

 ユオルはふーっ、と深呼吸すると、不安の塊をどうにか手懐けてから、腰をあげる。足を向けるのは、前方の繁みへもどってきたロプスのもとだ。


「······あの、団長············」


 真顔で青い瞳がこちらを真っすぐに見上げてくる。ユオルは頭をさげた。


「昨日は、申し訳ありませんでしたっ。みっともない事言ってしまって」


「··················」


 ロプスはじいっと彼に目を据えていたが、無言でぽんぽん、と自分の隣をたたく。

 ユオルが素直に従うと、仕草に紛れるように「私こそゴメン」と囁き声が聞こえた。

 これですべてが済み、仲直り、と簡単にはいかない。互いがぶつけ合った想いは、抱えていた彼らの不安をあぶり出した。これから先も共に進むためには、どうしたって越えねばならない······いってみれば宿命への挑戦が立ちはだかっている。


 だが、今その問題について語りあうのは、いたずらに場の雰囲気を重たくする気がして躊躇われる。

 ユオルはつとめて話題を変えようと探し、問おうと思っていたことを思い出した。



「ひとつ、訊いてもいいですか」


「······なに」


「アスタミオって······いわゆる魔法剣士、なんでしょうか」


 意外なことを訊かれた、とばかりロプスは目を丸くしてユオルの横顔にむけた。


「魔法剣士なんて知ってたんだ」


「そりゃ、まあ。これでもウェラヌスギアの隣国出身ですから······」


 魔導興国ウェラヌスギア。太古よりの魔術と叡智の継承をかかげる国。

 そのなかでもやや異色な兵法(スタイル)である魔法剣士の英雄譚は、幼い時から種々耳にしてきた。


「うーん、ちょっと違うかな」


 ロプスは両膝を抱き寄せていった。


「龍装術は龍の力を借りているのであって、自身が魔法を行使する訳じゃないからね。基本道具を媒介にする術だし。

 まあ、見てくれは似てなくもないから、わかるよ」


 だとしても、あの剣技は凄まじいものがあった。

 いま自分が学んでいるのは護りの(すべ)だが、彼はこれを攻めに転用できる水準にまで達しているということか······


 それはそれとしてだ。あの後は本当に大変だった。

 騎士として、自分の隊の記章(ほこり)入りの盾をオシャカにされたのでは、そりゃ怒っても無理はない。無理はないが、だからって龍晶一コもって身体で止めろはないだろう。お伽噺のように土壇場での覚醒を期待して運任せ──なんて尚のことに自信はない。

 まあ、あの場は案内役の彼が器用に木を削って代用品をくっ付けてくれたから、無事真っ当な(?)盾持ちの特訓が再開できたのだが。

 彼には頭があがらないな、あとでもう一度お礼に──とここまできて、そういえばまだ名前さえきいていなかったな、とユオルは思い至った。


「いずれにしても、俺とおなじくらいの歳であれだけ極めてるってのは──まぁ、悔しいですけど凄い、というか······」


「? 彼、そろそろ三十路(アラサー)だよ」


 マジですか······えぇー······


「それと、ウチの国にはちゃんとした魔法剣士、いるよ」


 マジですか! 実在していたのか。さすがは六国盟主にして剣の国。


「それってどんな──」


「姉様」


「··················」


「超絶無双の使い手。本家のウェラヌスギアに留学してそこでも絶賛された、って。いま近衛士団長やってる」


 ······なるほど。また従姉妹(あねうえ)に関して、避けるべき理由が追加された。


「ちなみに、いまの龍装術と魔法剣の話。私とアスタミオ以外の前でしちゃ駄目だよ。そこらへん繊細だから、どっちからも睨まれるからね?」


 わかりました、もう充分です、お腹いっぱいです。





 とにかくあと一日、あと一日だ。身に付けねばならない。なんとしても龍の力をひき出して、(かのじょ)を護れると証明しなければならない。


 そこに希望をついでいたから。


 だからこそ翌朝、突然の通告は、打ちのめすものとなった。



「お客人はここで引き返してもらう。予定がかわった」


 ············はい?




ひとつ納めては、ひとつ出してカラとなり······

我が家の蔵はつねにガラガラ。

更新遅くして、申し訳なし。


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