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暴発④ ユオルの報告(下)


 ズルッ、となにか形容しがたい緑色をした塊が、輝く小片から起きあがる。

 その光は生物めいた動きをみせて揺らぎ、目の前に差し出された指の臭いを嗅ぐ。そうしてケケッ、と笑うと、先をカプリと甘噛みし六角形の緑石のなかへひっこんだ。


 ······これって、絵的にみて相当アレなのだが、死後煉獄いき確定とかそういうのではないんだよな。



「心配無用、あれは龍だ。いや、龍だったものか」



 龍? 龍ってあの──大昔にいたという、あの龍か?


 アスタミオはうなずいて立ちあがる。


「······我が国サヴェリウスのとある奥地に、龍骸の谷、という処がある────」



 龍骸の谷。別名、龍の墓所。

 かつて龍だったものが形を変え集って眠る場所。

 がんらい龍とは超生物の域に位置づけられ、その発生は太古の書にすら遺されておらず、ただ自然の脅威が具象化したものだとだけ伝わっている。

 生物であるからには、肉体が滅ぶと、龍も死を迎える。

 ただしそれは仮初めの死だ。魂は結晶化した心臓に宿り、その状態で外部よりの生命力を吸収し、いつの日にかの復活を待つのだ。




「それが······あの光の幻?」


「アレはまだ小龍だから、節操なく誰にでも懐くがな」



 ユオルは甘噛された指先と、その結晶がはめこまれた薄金板貼りの木盾をもって立ちあがる。

 この小盾は、荷物袋からアスタミオがぬき出してきたものだった。

 それなりに頭を悩ませるはずの旅装の荷に、わざわざこんな嵩張るものを忍ばせてきたとはおそれ入る。ひっくり返してみると紋章が刻まれている。コイツの家紋かなにかだろうか。


「ちなみに年を経た龍ほど、その心臓は形が複雑化、または巨大化する。お嬢様のもつ王家の護身剣に収められているものは、より複雑な形をしているぞ」


 なるほど。時折ロプスがみせる人間離れした跳躍はここに由来するものだったのか。

 じっと結晶に魅入るユオルの単純な思考を読んだか、アスタミオは嘆息する。


「······龍晶は手に入れただけで強くなれる訳ではない。あくまでも武技を己が身に染み込ませる助けのひとつと心得ろ」


 ユオルは神妙な顔でうなずいてみせた。

 なぜ素直に言うことを聞いているのか。

 それは認められる最善の道を彼が選んだからだった。

 すなわち、一時の恥をしのんでアスタミオに指導をうけるという道を。


 どうせ黙っていても確実にクビにされるのだ。なら少しでも主人(ボス)の役に立てると証明できる可能性にしがみつかなくてどうする。

 なにせさっき否応なく魅せられたからな。コイツは強い、と。教えを請うのに頭を下げる程には充分だ。



「では始める」


 ピーッとアスタミオが口笛を吹くと、いまや彼の忠実な臣下と化した風狼が、器用に一頭の獣を追い込んできた。

 この風狼ども、女王を討たれてすっかり恐れ入ったか、すぐに忠実な下僕へとみずから成り下がった。案内人の話によると、群れとして実力を認めた者をトップとして迎える習性があるとか。

 それとも、女王の遺骸をアスタミオが丁重に埋葬したのが効いたか。どちらにしても徹底している。



 あわれにも追い込まれてきたのは、見るも変わった鹿だった。見事に枝分かれした角は、見知った鹿よりも太く、相応して顔もでかく、体もでかい。ふたつに分かれた蹄の先から頭までは人の丈をこえる程にはゆうにある。

 寒冷地に棲むだけあって長毛で、抜け替わりの最中なのか毛色は半白半茶の(まだら)だが、どこかふわふわとしていて撫でたらさぞ感触は良さそうだ。



「ガープゥだ」


 案内役が説明してくれた。

 雄らしきその毛鹿は、唐突に追い込まれたこの苦境に鼻息を荒くして、血走った目を左右へと配った。

 囲みを抜けようにも狼どもが邪魔して抜けられない。となれば当然の帰結として、



〈ブルルッ!〉



囲みの中の最弱点──つまりユオルへと目をつけた。 

 蹄で二、三度地面をひっかくと、勢い込んで突っ込んできた。



「ぬぉぉおぅッ!?」



 とっさに盾を構えてで防ぐが思った以上の力だ、盾が持っていかれる!


「貴様は反撃なんぞ考えんでいい!

 盾は右手でもち、身体は半身! 右足を前! 腰はしっかり落とせ!

 初撃を確実に受け止める気合いをみせろ!」


 危うく吹っ飛ばされるところを何とか持ちなおし、盾裏の握り手をひき絞るように握りしめる。

 ガープゥとかいう鹿は滅多矢鱈と、角を盾に擦りつけるようにしてかき回す。油断すると枝分かれした角が思わぬ角度から当たり、まるで複数人の剣に突きかかられているかのようだ。なんという首の力か。さすが、重い角とでかい頭を支えているだけはあって、すごい力で粘り込んでくる。 



「いいか! 龍装術は我がサヴェリウス武術の基礎中の基! これを修めてはじめて騎士への扉が開かれる! すなわち兵であるか、将であるかがここで別れるのだ!」



 つまりロプサーヌの隣にいるには、騎士なみの適性を見せろってこと──ぐわッ!?



 不覚。

 踏み込んでの突き上げに重心がゆらぎ、その後の頭突きでよろめいたところを突進で吹き飛ばされた。

 ゴロリと一回転して慌てて盾を構えるが、腰がたつまえに突きかかられる。



「馬鹿者! 貴様は考えないでいいと言ったろう! ひたすら護れ! 死んでも護れ! それだけしかいらん!!」


「のわッ!?」



 また転がされて今回こそはと素早く起きあがるが、ガープゥはこれ幸いと穴の空いた網の外へまっしぐらに遁走して消えた。




 嫌味くらい言われるかと思ったが、アスタミオは険しい表情を崩すことはなく、講義をつづける。



「龍装術は個々人によって顕れる特徴が異なる。得意な行動ほどに相性が良い。

 例えにあげるのは些か不敬であるが、これがロプサーヌ様であれば、あの身軽さ、敏捷性といったふうにだ。

 いま貴様に求められているのは護る力だ! それ以外は後! すべて後だ! 次っ!」



 ありがたくもまだまだストックはあるらしい。

 待つことしばし、送りこまれてきたのは先程の鹿とは段違いに小さな生物だった。


 ひと言で表すなら猿だ。ただとても小柄で、はしっこそうではあるが力でいえばまったく脅威とは思えない。全体に黒く尾もながく、頭の両横に白い羽のような房がついている。


「『照り星』」だな」


勇士が口を添える。



「············」


 この期に及んで? そう。一瞬、気を緩めたことは正直に認める。だがすぐに、この森での可愛い=凶悪であることを思い出し、気合を入れなおしたのだ。


 直後、チビの眼が据わり、全身に金光(オーラ)が漲ったかと思うと、一瞬にして姿が掻き消えた。狼狽して目を逸らすと同時、盾にとんでもない衝撃を感じた。



 な!? さっきの鹿以上だ!



 小さくて疾いせいか、盾の陰からでは姿を捉えるのも難しい。そのチビは前後左右へと流星のように光の尾をひいて動きまわり、死角をついては全身を矢の如くなげだして頭突きをかましてくる。

 必死に盾を合わせながらも、ユオルの表情からは血の気がひいた。


 これは······もし背後に回られでもしたら······背骨をへし折られる!!


 手汗で握りが滑る。

 より力をこめて握り手を絞りこんだ瞬間だった。


 嫌な音がした。



 な──待っ



 ドズンと衝撃がきて盾が宙を舞った。

 ゾッとして盾を拾いに走るが、幸いというか、こちらが衝撃に負けたせいで斜めにぶち当たったか、いろいろ頭がどうかしている頭突き猿は森の奥へとすっ飛んでいったらしかった。



「貴様ぁ······」


 かわりにアスタミオの表情が過去イチで悪い。

 ユオルは草のなかから盾と、もげてしまった握り手をぶらんと下げ、バツの悪い笑みを浮かべるしかない。


「我が隊の旗印入りの盾を············ッ!

 死ぬまで止めろ! 死んでも止めろ!! 盾がなければ身体で止めろ!!!」


 無茶いうな、いろいろ中身とび出るわ。



龍装術

我がサヴェリウスの武芸を独自のものに成さしめている最大の特徴であろう。

一種の宝石と化した龍と気脈を通じることで、生命力を譲渡し、代わりに彼らの力を一時的に我が物とする術である。

一定の資質が求められ、また人によって顕れる効果は様々である。そのため効率的運用には少々難があるが、噛み合えば魔法魔術を上回る効果を発揮すると期待される。

なお、もう一段階上の術の存在も確認されている。


        サヴェリウス武術研究機関の記録より



誤字を修正しました。


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