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暴発③ ユオルの報告(上)


 さっきから野郎三人はいっさい会話することもなく、無愛想な面をして進む。

 まあそれも当然か。なんたって三人のうちふたりが険悪な仲ときては、はずむ会話を探すなんて徒労にしかならないだろう。しかもこの場合、共通の話題そのものが仕掛け(スイッチ)になりかねないのだから。


 なんだってんだ全く。雇い主(ロプサーヌ)から俺をひき離してわざわざふたりきりにまでなりやがって。

 まさかここで人知れず獣の餌にしようってんじゃなかろうな······



 ユオルは最後尾に続きながら、むっすりとした調子ではあるが、やっと口を開いた。


「······本当に放っといていいんですか。危険なら売るほどあるでしょう」


 先を行っていたアスタミオはくるりとふり返って答える。


「······必要ない。大使殿は強いからな、君が知るよりも(・・・・・・・)ずうっと。

 それよりも君は自身の心配でもしろ」


 ほぅら来なすった。貴族様はいつもこれだ。



「──何ですか。斬り捨てますか」


「ふん······そう簡単に済めばいいのだがね。私の任務に君の抹殺までは含まれてはいない」



 ふたりが足を止めたからだろう。案内役の勇士は困り顔を浮かべたが、それでも邪魔せぬよう脇に避け、周囲の警戒に移行する。

 この気遣いを知ってか知らずか。アスタミオは負っていた荷物袋をドサリと降ろすと、無行の意の体勢でたった。


「察してはいるのだろう? 私は主、グレスクォル卿より特命を与えられてきた。

 命じられた任務は、君の査定と選別」


「······選別?」


 査定まではまあ、解る。

 仄聞(そくぶん)する限り、どうもいたくロプサーヌを溺愛する従姉妹が、突然ついたどこの馬の骨ともわからぬ奴(しかも男)を警戒し、まずは評価するようにと命じたのだろう。もしも不合格ならば······結末は説明して貰うまでもない。



「そうさ、簡単な話だ。モノになるなら許す、駄目なら私が替わる」



 すうっ、と篭手のはまった腕が右肩の先へとのびる。ゆっくりと威圧感を解き放つように、白銀に輝く刀身の剛剣、バスターソードが引き抜かれていく。

 ユオルもたまらず、比べるにはあまりにも頼りない調理用のナイフを腰から引き抜き、身構える。


「冗談じゃない。不合格だからって素直に殺られてたまるか······!」


この様子に騎士は軽蔑の瞳をむけ、嘲笑った。


「意気地がないかと思えば、諦めは悪いか。まあ最低限、それくらいでなくては。だがまだまだ減点判て──」



「!!?」



 言葉が終わるか終わらぬかの刹那のことだ。まったく不可視の衝撃が襲った。

 地面を抉り、土煙を巻きあげる威力のそれは、どういう理屈か金物同士の甲高い衝突音を残し、これまた不可視の壁によって弾かれた。



「──なっ、なんだッ!?」


「! 気をつけて、風狼ですッ!!」 



 道案内の勇士は言うが早いか、手近の樹にするすると登り、枝の上で周囲に目を配りつつ矢をつがえる。



「藪の中に六! 前方左、樹の陰にご──ぐあッ!?」



 バツン、とまたもや見えぬ矢か幹を爆ぜさせる。勇士はかろうじて首をひっ込めたことでこれを躱せた。



 奇襲の初手に失敗したからか、通常の犬よりはがっちりとした身体の灰色の獣が、ゆっくりとふたりの動きを窺うように現れた。

 とても静かで唸り声さえあげようとしないところに、覇者の風格が漂う。

 毛は灰色で(こわ)く、耳は鋭く前を向いてたち、房をつくる尾はゆったりと垂れる。金の瞳はしずかに戦闘意欲に(たぎ)っている。


 戦獣「風狼」。

 正真正銘の武闘派のお出ましだ。普通種の狼と違うところは、毛の先がほんのわずか、緑に染まって見えることだろうか。あとは明らかに天地の理に反すあの不可思議な攻撃だ。


 講釈の最中に乱入してくれた挙げ句、こちらを獲物として低重心の戦闘態勢を維持する灰の獣に、アスタミオは向きなおる。

 が。

 どういう訳だ? その表情には一種の歓びがあるように感じられてならない。


 なんだコイツ。まさか剣を抜くと人格が豹変するとか言わないよな。



「······風狼、ですか。じつに······じつに感慨深い。まさかかような所で名付け親とも言うべき存在に出遭えるとは······」


ですが、とアスタミオはつづける。


「『風』を通して解っているのでしょう? 無駄な殺生はしたくない。大人しく退くか、(アルファ)をだすか······ふたつにひとつです」



 ゆっくりと静かに傾けた長剣の刀身が一瞬、陽炎のように揺らめいたのをユオルはみた。それに連れられるように、騎士の足元の枯れ草をさわめかした「揺れ」が、地面を這うように伝わる。

 ゆったりと風の輪が同心円状に広がっていく。

 風に触れた風狼たちはわずかに鼻白んだ。が、それでも一頭が勇を奮ってアスタミオに襲いかかってゆく。


「!!」


 左手からの攻撃。が、素通りに終わる。これを合図にもう三頭ほどが一斉に躍りかかる。

 だが赤髪の騎士はまったく動じない。あの長身の剣でよくもこれだけ、という身のこなしで爪牙をかわし、剣で弾き、蹴りで地へと叩きつける。


 すでに獣たちの動きは狩りのものではなくなっている。そう、それはまるで、自らが狩られる側と自覚しながらなおも強者にたち向かっていくような、そんな決死の覚悟を感じさせる動きだった。



「ふッ!」



 ヂィィィン! と高い音をたててバスターソードの腹が風狼の胴をしたたか打ちのめし、獣はついに音を上げて地面から身を起こすと、じりじりと距離をとる。


「さあ、もういいでしょう。続きを所望なら一騎討ちと参りましょう」


 誰に話しかけているのだ、と思うところへノシリと踏み音がして、一頭の、非常なる装いをまとった風狼が深奥より日の下へと姿を現した。



「な······」


 身の丈は十フィート(三メートル強)はあろう。明らかに他の個体よりも大きい。

 先日大格闘していた羊と熊よりは若干劣るが、それでも充二分な巨体。まるで闘志を全面から放出しているかのように、長めの体毛が絶えずゆれ、銀のうねりを走らせている。


「貴女が女王か。なるほど、その座に相応しいお姿に敬意を······   

 我が名はアスタミオ・トゥルパール。

 仲間内での通り名は『風狼』のアスタミオ!

 不遜ながら、我が女王のため沈んでいただく」



 ウオオオオ──────ンッッ!!!



 狼の女王が吠える。瞬時に剛風が吹き荒れ、不覚にもユオルは目を覆ってしまった。

 女王の風とアスタミオの風が正面からぶつかり合う。女王は四肢の力を解き放つと、まっすぐアスタミオへむかう。全身の体重をのせた飛びかかり!

 だがアスタミオは揺るがない。腰をいれ直した剣でこれを一刀のもとに弾き返す。

 女王は鼻に寄せる皺を深くするが後ろへ退がる気配はない。なんとあの巨体で風を操り軽々と宙へ舞い、死角をついて喰らいついた!



 一陣の風が薙ぐ。


「お見事」



 反応してすでに背後をむいていたアスタミオがふたたび前へとむき直り、斬馬の刃をかるく振った。

 赤い筋がはしり、かるく地を揺らしたときには、女王は首を失いすでに事切れていた。



 尻餅をついていたユオルは、呆然として譫言(うわごと)のように呟くより他はない。


「············何なんだよ、アンタは」


「言っておくが、私程度の者はザラにいる。それがサヴェリウスへ連なるということだ。

 要人の傍へ(はべ)ろうというのなら、せめてこれくらいには成ってもらうか。

 出来ない、では済まされない、やってもらう。もしも適わなければ──お前に用はない」



ユ「『浮浪』のアスタミオ?」

ア「『風狼』のアスタミオ!」


「風狼」

アルファと呼ばれる(つがい)の夫婦によって形成された群れによって生きる戦獣。魔導の風を操る。純粋な兵員補助として開発された。

上下関係には厳しく、実力を認めれば人にも従う。

ただし、一年に一度は実力を示さなければ下克上を起こされるため注意。


            ロプサーヌ団長のメモ録より

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