暴発② ロプサーヌの報告
次回更新は、翌週火曜日の9月9日(予定)とさせて下さい。
ひとり別れて道へ分けいっても、少女の神経は昂りを抑えきれないでいた。後ろに続いたマイシャの部下がいなければ、腹立ちまぎれに、槍で周囲の草を薙ぎ払いながら進んでいたところだ。獣相手にどれだけ目立とうが知ったことか。
だってあの喧嘩の場面は、マイシャだってみていたのではないか。それをこうして蒸し返して勝負の出汁にしてくるなんて、なんて女なのだろう。
おまけに自分はあの剛弓をもちだ。間合いを稼げて威力もあり、さらに地元······どんだけ不利な勝負なんだよ、って話である。
勝ち負けの片天秤にひっかかった問題にも煩悶とさせられる。もしこっちが負ければユオルは······
いやいや、いくらなんでも本気ではなかろう。あの間抜けっぷりはみているのだし。
いや、でもでも······
ここはひっきりなしに何かが襲ってくるイカれた土地だ。そんな処に住む蛮族であれば、平気で無体な取引きを強要するかも知れない············
グジグジ考えるうちにも、みるべき光景をどんどんと過ぎてしまう。希少な花にとまる越冬蝶だったり、まだ名も知らぬ野生戦獣のみせる奇態ながらも幻想的な光景だったり。
解ってはいるのだ。三方へ分かれたことは、けして戯れからでた考えではない。
わざわざ自由行動などと称して集団を小分けにしてくれたのも、少ない時間で様々なものを観られるように、との配慮なのだろう。
だがさっきから頭のなかを、そんな考えがぐるぐる巡って、とても自然の観察などに目が回らない。
結局、ケシュカガ首長会の配慮も、自分の短気とマイシャの悪企みでご破算だ。
······とにかくこれだけはいえる。アイツだけには絶対負けん!!
ロプスは拳を握りしめ、鼻息を荒くした。
いったいどこの誰が踏み固めたものか、ひろい道はうねりながらおおきく迂回し、昼をすぎた頃にはついに水場へとでた。
大沼だ。とてつもなく広い。日当たりはよく、大森林の深窓とでも喩えるべきたっぷりとした嵩を湛えたふかい青の水面が、そよとも揺れず凪いでいる。出入りする川が何本か通っているようだが、目につく下流のものにはすべて、あの「堤積み」とかいう野生戦獣の築いたのであろう、丸太堤が築かれていた。
水場か、なるほどね。これなら獲物の種類も増える。つまり大物の獲物を狙う機会も増えるだろう。
さすがに自分で言い出した勝負だ、マイシャもつまらぬ嘘はつかなかったようだ。
ヒュッ、と静かな音がして、シュダルが注意を促したことに気づく。木陰に潜んでよく耳をそばだててみると、何やら水音が聞こえてくる。
かなり大きな何かが、ザンブザンブと豪快にたてるものだが、水音はそれひとつではない。忙しなく跳ねるような水音がいくつか。それにこれは······犬の唸り声に似ている?
一行は身を低くして風下から回り込んでみて、一瞬息を呑んだ。
巨大な、そう、昨日みた巨大羊や熊にも劣らぬ巨大な茶の毛並みの生物が、水の中で格闘していた。
顔は鼠のようにもみえ、出っ張った前歯は白く鋭く、黒く染まる手脚の爪も鋭い。水面を激しく打ちつける尾は、丸みを帯びた板のように平べったい。
それが、なにやら黒灰の、狼のような犬のような生物十頭ほどの襲撃をうけ、応戦しているのだった。
「シュダル······!」
身を潜める勇士のひとりが顔色をかえて囁く。
「ああ······「屍喰い」だ」
「なにそれ、あの黒い奴のこと? あれも野生戦獣なの?」
ロプスの問いをシュダルは肯定する。
「やり合っているデカいのは「堤積み」······俺達の言葉でビシャロッパ。そしてあのチビの黒い奴が「屍喰い」。草原の掃除人だ。
それが森域のこんな奥まで、しかも群れている······」
それが余程の重大事なのか、シュダルら以下の面々は急に重苦しく険しくなった。
訊いても答えてくれそうにはない。そんな雰囲気を感じとったロプスだったが、槍の具合をみて口火をきる。
「いずれにせよ放っておく必要はないんでしょ。ならやろう」
勇士らは迷うことなく頷いた。
「「ウォォォオオオオッッッ!!!」」
ロプスを先頭に、勇士らは雄叫びをあげて突っ込んだ。
突然の乱入に屍喰いどもは一瞬怯んだが、相手が自分らよりも少数、しかも相手どるには不利のない大きさということを把握すると、狙いをしたたかに切り替えたらしい。ロプスらの周囲をかこみ、唸り声をあげる。
気力を充実させてバッ、と飛びかかってくる奴を輝く白槍の刃が受けとめた。
牙をたてられて危険物が塞がったのをみてとった別の一頭が右脇からロプスへと襲いかかる。
わざと刃先の力を緩めておいて一頭目をいなし、柄で二頭目の鼻面を突きあげる。
悲鳴をあげて二頭目が下がると同時、左足下を狙って噛みついてきた奴をステップで踏みつけ跳躍。
風をはらんだこの一歩は背後をねらった三頭目のさらに上空をとり、振り向き様の斬りつけによって地面へと叩き落とす。
その暴れっぷりにシュダルも予想外のものよと唇を笑みに歪め、片眉をあげたほどだ。持っていた山刀で逃げようとした一頭目を容赦なく斬り捨てる。
この背後をねらったものにはたちどころに矢が二本突きたたり、どうと地面に落ちた。
ほかの個体もあらかた勇士らの敵ではなく、大半が討ちとられ、のこった数頭はひと声恨み節に唸ると、パッと藪のなかへ消えていった。
「お見事だ」
ロプスが槍先の汚れを払うと、シュダルは惜しみない賛辞をおくった。
「そっちもね」
ロプスも笑って賛辞を送り返すと、きょろきょろと辺りを見回す。あの大物は──どうやら騒ぎに紛れて逃げてしまったか。傷を負っていたようだし、そう遠くまでは行けそうにないと思ったが。
「んぉ?」
みると、バリケードとはひと味違う、細やかに配慮をなされた丸太の山が、大沼の中央ちかくに島のように浮かんでいた。注意してみなければ本当に見間違えていたろう。
「ね、あれってさ。ひょっとしてビシャロッパの巣とかだったりしない?」
「······そうだが。なぜ?」
「······大物勝負、だよね。だったら──逃す手はないよね?」
なんと、騎士らしく勇ましく飛びだして弱者を救ったのだとばかりおもっていたが、まさか襲撃者の上前をはねる算段だったとは。
こいつはたしかに立派な狩人だ。
ハッハッハ、とシュダルは珍しく声をたてて笑った。
彼の話によると、ビシャロッパの巣は水中に巣の入口があるとのこと。聴く限り、沼のうちにも厄介な生物はいないらしい。
巣への侵入は······たしかに上からじゃ無理か。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
言うやいなや、ロプスは余計な装備をぱぱっと脱ぎ捨て、チュニックとミニパンだけという身軽な恰好になって、槍を背負いなおす。
「え──行くって······中にはいるのは危ないですよ? 番の片割れだっているかも知れないし」
「へーきへーき。その時はちゃんと逃げてくるからさ」
この発言にはさすがの勇士たちも恐れ入って、互い肩をすくめ合った。
どんな肝っ玉をしているのか。それともまだ怖いもの知らずなだけの子供なのか······だが弱っているとはいえ、相手は戦獣である。
「客人を独りで危地に送るわけにはいかん。俺も行こう」
相棒にはシュダルが名乗り出てた。
ロプスは掌に意識を集中する。そよ風が旋回して集約、小さな玉となった。彼女はこれを呑む。
ふたりは呼吸を整えると、するりと大沼に滑り込んだ。
大沼のなかは予想より濁ってはいなかった。
底こそ靄がかっているが、上方であればまずまず視界もきく。やはり緩やかとはいえ川が流れ込んでいるのは大きいのだろう。
ロプスは首尾よくビシャロッパの巣への侵入口をみつけると、シュダルに手合図を送った。
大きな入口をよじ登ったロプスは、そこでシュダルを持たせて、独り槍を手に奥へと侵入していった。
ピチャン、ピチャンと雫が滴る。どちらが獣なのか分からないような恰好でロプスは油断なく進んだ。
まるで洞穴かと思えるほどな丸太御殿の暗闇のなかを、白槍のはなつ輝きを頼りにいくと、わりとすぐ行き当たりにたどり着いた。
グロロロ、と獣の唸り声が聞こえ、のっそりとした黒い影が、紅い目玉を輝かせて立ちあがった。
かなりの迫力だ。まさに追い詰められた獣、その決死の抵抗は、予想以上の威力をもたらせそうだとロプスも心構える。
だがここは彼(彼女?)らの巣の中。そもそも身体を休める場所であるから、罠を仕掛けるなどという悪辣な習性をもたない以上、広さはそう必要としない。あの巨躯では本気で暴れることは出来まい。
対してこちらには充分な空間がある。
配慮すべきは巣をも巻き込んでの大暴れと、こちらを下敷きにしかねない転がりや突進といったところか。
「······わるいけど」
キュウウ。
緊迫した空間に、不釣り合いな声が聞こえた。
モゾモゾとビシャロッパの足下の毛が不自然にうごき、ちいさな毛玉が顔をだしたではないか。
「······へ? まさか······子供??」
すっかり失念していた。
そう。生物である以上、そして今まで百年のあいだ生き延びてきた以上、そんなことは当たり前に起こっていたことではないか。
だが戦のために産み出された暴力的な存在、それが世間一般の戦獣に対してのイメージだし、ロプスにとってもそれはおなじだ。初見からして人真似の二足歩行筋肉隆々の獣もどきだったのだから。
それだけに、我が目でみた目の前の光景は印象的で、ある種鮮烈な衝撃をうけてしまった。
仔らしき小毛玉は二頭。とはいえ、どちらも身体は人の大人くらいはある。一丁前にこちらを威嚇しているつもりなのか、耳を伏せ毛を逆立ている。
ロプスははーっ、と息をついた。
「············それはズルいよぉ」
「どうした、やったのか?」
スタスタと通り過ぎるロプスにシュダルは尋ねかける。
「仔がいた」
返事はそれだけで、シュダルも「そうか」とだけ応じ、少女につづいて水路へと足を向けた。
ふたりが無事沼底から帰還すると、のこった者らによって屍喰いの亡骸は綺麗に処理されていた。水場での作業でほぼ苦はなかったようだから、任せきりにしてしまったという思いも少しは和らぐ。
さすがに玄人の仕事で、怠りはなかった。これなら血の匂いを嗅いで獣が寄ってくる可能性も、そう多くはないだろう。しばらくはあの親子も安泰でいられるのではなかろうか。
あと半日、いや日没までを考慮にいれるとそこまで時間はない。さっさと身体を乾かして進まなきゃ······
ブンブンと腕をふって水を散らしながら、鞄から拭き物をだして頭に乗せる。
わしゃわしゃと髪をやって、熾してくれていた火にむかうロプスだった。
※作中でロプスがつかった術(?)ですが、後々もう少し詳しく出てきます。
「堤積み」ほか、ケシュカガの民にとってなじみ深い一部の野生戦獣には、彼らのつけた愛称がある。
「屍喰い」
外見は狼よりは犬にちかい。風狼の変異種ともいわれる。遺体絡みの証拠の隠滅や暗殺などを担った。
普段は単独で生活するが、特異な条件を満たした場合のみ群れることが確認されている。
ロプサーヌ団長のメモ録より
一部、微修正しました。




