はじまりの焦炎③
一方かわって、こちらはもうひとりの主人公。
ガタゴトと揺れる馬車の座席で、ロプサーヌ・アウルロアはひとつ、大きな欠伸をする。
まったくなんだって学校ってやつは、こう毎日毎日あるのだろう。
【国際基準に達した士官学院】の看板に偽りこそないが、それが自身にとって復習の連続でしかなければ飽きもする。
おまけにその生徒ときたら、学校を社交界の延長としか考えていないようなコばかり。男はまだ、将来の圧迫に備えてそれなりに身を入れざるを得ないにしても、これが女子ときてはもう······
好きで武門の家系に生まれついた訳じゃなし──
将来のため、夫の仕事を理解できる程度で充分──
まともに職をうるため精進に励むガチ勢なぞ、同学年でも片手で足りる程度か。まあ、軍学院そのものの性質上、男性優位の環境では仕方ないのだろうけど······
問題は、両親だけでなく本人たちまでもが良しとしているところだ。それが貴族令嬢だといえばそれまでだが、みんなそんなんで楽しいのだろうか。
ロプサーヌは頬杖をつき、開いた窓からひろがる明るい朝の登校風景を退屈そうに眺める。
ガチガチの権威主義に染まっていない国なら、もう少し面白いと思ったんだけどなぁ······
路がちょうど街路樹の樹間にさしかかり、その横顔を光と陰が斑をつくって過ぎゆく。
そうしているだけでも様になる。
良家の子女にしては短く整えられた癖毛の頭は、思わず手を置きたくなるような柔らかい藁色。絶えまなく行き過ぎる街並みへとむけられた瞳は神秘へと誘う湖水のよう。
顔立ちにはあどけなさが残るものの肌は白く、唇は化粧もしていないのに薔薇の淡桃に息づいている。
いかに個室車で気を抜いているにしても、そこはさすがに一等の貴族令嬢。大きめの座に収まる今年十二の軽々とした身体は窓枠にむかってしなやかに伸び、両の膝小僧はきちんと揃えられている。
纏うのは同地区の国営士官学院の白と黄土色の制服だ。
場が場のため一般の女子生徒のほぼ全ては長裾のスカートで脚を隠しているが、飛び級で編入した彼女はミニパンルックに黒のタイツ履きで許されて──思春期の諸々に付随する問題の対象外であるとみなされて──おり、またそれがかえってよく似合っていた。
がこり、と馬車が揺れて停まった。
ロプサーヌは勉強道具のはいった小鞄と愛用の槍を手繰り寄せる。カチャリと扉を開けてくれた使用人が退くと、ミニブーツが小気味よく昇降段を踏んだ。
「······お嬢様。本当に毎日ここで宜しいので? 仰せになれば爺めが門前までお送りいたしますのに」
馬丁ともどもに付き添いをつとめる黒服老爺の心配を、彼女は鞄を背負いながら一蹴する。
「いーのっ。恥ずかしいでしょっ」
ホントは独りで歩いて行きたいくらいなのだ。そこまで我を通すと徒に使用人たちの存在意義を奪いかねないため、これでも最大に譲歩しているつもりである。
実際、近隣で馬車で登校する者など皆無だった。
ここ、技術興国ディルソムでは、裕福な平民の子息子女らも貴族にちかい学びを受けることが叶う。(勿論、上下の隔てやカリキュラムの差はあるが)
ゆえに、生徒には様々な階層の者が混じっており、仮にも士官学校──軍属を育む場であるので、送迎つきでなければ······というような者はいない。
どうあっても警護が必要な貴族には、専用の寮が学院内にちゃんと完備されている。
ちらほらとおなじ服を着たものが増えるなかで、ロプサーヌは唇の動きと所作だけで『はやく行ってっ』と伝え、馬車を返させた。
「あ、おーい、ロプスっ?」
さっそく、むこうでひと塊になっていた女生徒からお呼びの声がかかる。
彼女はコホンと空咳をしてひと呼吸すうと、
「はーい♪」
と、まるで別人のような──そう、見事に別人のような猫かぶりの笑みを造って集団へとかけ寄った。
「おはようございますっ、ヤシャロ先輩っ」
六人ほどがひとりの貴族子女を取り巻いている一団のなかへとびこんだロプサーヌはまず、ひとつ見栄え抜けする上級生へ挨拶を済ませる。
うんお早う、とどこかボーイッシュな雰囲気をもつその先輩も返してくれた。
「いいご挨拶ね。でも駄目よ、ロプスちゃん? お嬢様のことは『お姉様』とお呼びしないとね?」
おっと、すかさずとりまき上級生から諭すような指導だ。ロプサーヌはこれに、流石にギコチナイ笑みを返す。
「は、は〜い······」
やっぱ慣れないなぁ、この空気······。
ディルソム
技術興国を信条とする国。
おもに機器類の生産・加工を得手とする異邦人を厚遇して、大陸一とされる匠の国へとのしあがった。
豊富な鉱山資源をゆうし、とくに刀剣類の製造に優れる。
異空の、とある島国からの異邦人がおおいことから、その国風の語感の名がいくつも残っており、貴族のなかにもみられる。
比較的、貴賤の差がもっとも少ない国のひとつ。
ミシェル・レビィー・ロライア著「六国案内」より